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第4章
5.
しおりを挟むあたしが働いている会社は、業界ではそこそこ名の知れた広告代理店だ。
短大を卒業して入社してから今まで、必死で働いてきた。
そして今は、広報部のチーフを任されている。
息をつく間もないくらい、忙しい日々だった。
時間はあっという間に過ぎていき、気付けばもう三十路目前。
同期の女子の殆どが寿退社や転職でいなくなり、学生時代の友人からの年賀状も子どもの写真付きが多くなってきた。
三年くらい前までは、そんなに気にならなかった。
どんなに忙しくても仕事は充実していたし、何かを成し遂げた時の達成感は何度経験しても心地よかった。
それに恋愛にだって、手を抜かなかった。
恋はあたしにとって心に潤いを与えてくれる、なくてはならないものだったから。
隆弘は、そんなあたしを認めてくれた。
男だらけの職場で、必死でふんばってるあたしを素敵だと言ってくれた。
――人生は自分のためにあるんだ。後悔しないように、やりたいようにやればいい
その言葉に、どんなに励まされてきただろう。
彼自身、仕事には誠意を持って取り組んでいたし、あたしはそんな彼が本当に好きだった。
だから彼といる時は、いつも張りつめていた緊張の糸を緩ませる事ができた。
そしていつしか、彼はあたしにとってかけがえのない存在になった。
だから結婚も決めた。
「……眩しいなぁ」
パラソルの下に座り、海のなかではしゃいでいるミケと海斗くんを眺めながらぽつりと呟いた。
……遠いなぁ
「なにシケた面してんのよ」
売店から戻ってきたユカ姉が言った。
「いい男を見つけるんじゃなかったの?」
笑いながら、隣りに座る。
「……あのさぁ、あたし…あの子たちに偉そうなこと言っちゃったんだ」
差し出された缶ビールを受け取りながら言った。
「なんかさ…あの子たちを見てたら、たまに自分が悲しくなる」
二人とも不器用だけど、とても純粋で。
お互いのことを、本当に大切に思ってる。
それに比べてあたしは…。
今まで結婚しなかったのは、仕事を辞めたくなかったから。
でも、それだけじゃない。
心のどこかで、自分の人生を犠牲にしたくないって思ってた。
……結局、自分の事しか考えてなかったんだよ
それはきっと、隆弘も同じ。
自分の人生は自分の為にある、やりたいようにやればいいと言った彼もまた、同じように考えてたのだ。
……ほんと、バカみたい…
「……あの子たちのほうがよっぽど、何が大切なのかわかってる気がする」
……大切なのは理解しようとする気持ち、なんて
あたしは隆弘のことを、何もわかってなかったのに。
「………」
あたしはどうして、大切な人と人生を共有できなかったんだろう。
一緒に生きようと思えなかったんだろう。
「……長く生きてれば、誰だって大切なことを見失うことはあるわよ」
ユカ姉は静かに言った。
「でも重要なのは、それに気づいた時にどうするかって事でしょ」
「………」
「大丈夫よ、あんたなら」
よしよしとユカ姉はあたしの頭を撫でた。
「……あたしユカ姉の嫁になりたい」
「イヤよ、あんたみたいな酒癖悪い女」
「ひっどい!!」
笑いながら、あたしは滲んだ涙を拭った。
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