迷子猫(BL)

kotori

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第4章

7.海斗side

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目が覚めると、ミケのアパートの前だった。

「今度、店に遊びにおいでね」

別れ際に、ユカリさんは笑顔で言った。
お礼を言って車を見送ったあと、まだ眠そうに目を擦っているミケの手を引いて三階まで階段を登る。
そしてようやく部屋に辿り着くと、並んで床に寝転がった。

「……疲れた」
「……うん」
「……でも、楽しかった」
「……そうだな」

ちょうど胸の位置にあるその柔らかい髪を撫でると、ミケはくすぐったそうに笑った。

「……あ、お風呂入んなきゃ」
「明日でいいじゃん」
「やだ」

べたべたするし、と言ってミケが起き上がる。
風呂場から聞こえてくるシャワーの音を聞きながら、家に連絡をしてない事に気がついた。

……やっべ、

いつものように裕太にアリバイを頼むLINEをしようとして、手が止まる。

「………」



意味わかんねぇよ、と裕太は言った。
テストが終わった日の放課後、屋上で話をした。
裕太は、茫然としていた。

――……信じらんねぇ…、マジどうかしてんじゃねぇの、

――……そうかもな

ぽつりと呟く。

――わかって欲しいとは思ってねぇよ。……けど、俺は本気であいつのこと、

――やめろよっ、

短く叫ぶと、裕太は嫌悪と侮蔑が混ざったような眼差しで俺を睨んだ。

――……聞きたくねぇよ、そんなん



わかっていたことだった。
普通に考えて、俺とミケのことを理解してくれる人間なんてそういない。
俺がもし裕太の立場だったとしても、きっと同じことを思ったかもしれない。

――気持ち悪い?

いつだったか、ミケが言った。

――俺といると、そういう眼で見られるよ

「………」

とその時、ばたんと部屋のドアが開いた。

「早かったな…って、」

ぽたぽたと滴る水滴。
バスタオルにくるまって、なぜか泣きそうな顔をしているミケ。

「どうした?!」

慌てて起き上がると、ミケは俯いて呟いた。

「……たい」
「は?」
「身体、痛い……」



半裸でベット俯せになっているミケの背中に、氷が入ったビニール袋をあててやる。

「冷たっ」
「我慢しろって」

真っ赤に染まった肌は、まぁなんとも痛々しい。

「けどよかったじゃん、しばらくしたら元に戻るって可奈さんも言ってたし」
「……うぅ」
「てゆうか、こうなるってなんで先にわかんないかな…」
「知るかよ、そんなん…」

涙目のミケ。

「とりあえず、これ塗っとくか」

ビニール袋から出したのは、小さなボトル。

「……なに、それ」
「化粧水」

可奈さんはほてりどめのローションがいいって言ってたけど、近所のコンビニにはこれしかなかった。

「……それ、あんたが買ったの?」
「おう…って、笑うなよ」

レジに出す時はかなり恥ずかしかったけど…ミケの為なら仕方がない。

「……あ、でもスーッとして気持ちいいかも…」
「そりゃよかった」

こうやって肌に触れているとなんだか妙な気分になってくるけど、今は我慢だ。
俺はマッサージ屋になったつもりで、それを丁寧にミケの身体に塗りこんでいった。

「………」

これからもきっと、色々なことがあるだろう。
大切なものを失くしてしまうことだって、あるかもしれない。

……でもそれでもきっと、俺の気持ちは変わらない

「……海斗、」
「ん?」
「そこは、焼けてない」
「……あ」



そのまま眠ってしまったミケに布団を掛け、ベランダに出た。
火をつけた煙草の煙が、すうっと闇に消えていく。



――海斗くん、海にはよく来るの?

パラソルの下でユカリさんが言った。

――そうっすね、泳ぐのは好きなんで。けど今年は、初めてです

――そっか。バイト、忙しいもんね

ユカリさんはとても綺麗な人だった。
化粧や髪形や服装、というより雰囲気がもう完全に女の人のそれだった。
声を聞かなかったら、絶対にわからなかったと思う。

――ミケ、すっかりあなたに懐いてるのね

ちょっと驚いた、とユカリさんは笑った。

――最近、よく笑うようになったし。きっと海斗くんのおかげね

――……そんな、俺は別に…

――ほらあの子、結構一人で抱え込んじゃうところがあるから

遠くを見ながら言う。

――でも、もう大丈夫ね

――………。けど、俺もたまに不安になります

ぽつりと漏れた本音。

――不安?

――俺、あいつをちゃんと支えられんのかなって

これから先、気持ちや勢いだけではどうにもならないことだってあると思う。
そんな時、俺はちゃんとミケを守れるのか。

――………。そうね、他人を支えるには、まず自分がブレないようにしないと

――……はい

――でもね海斗くん、そんなに肩肘張らなくていいと思うわよ?

ユカリさんは笑って言った。

――確かにあの子にはあなたが必要かもしれないけど、あの子自身も強くならなきゃいけないし

守られてばかりでも、きっと辛くなるから。

――大丈夫。焦らないで、二人でゆっくり成長していけばいいのよ



部屋に戻って、眠っているミケの頬に触れた。

――あんたと一緒に、来れてよかった

帰り際、そう言って少し恥ずかしそうに笑ったミケ。
また来ようなと言うと、小さく頷いた。

……そうだよな、

この先何があっても、何かを失ってしまっても、二人だったらきっと乗り越えていける。

「ん……、」

俺は小さく身じろいだミケをすっぽりと腕のなかに納めると、おやすみと呟いた。


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