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第2章
5.
しおりを挟む「……よく、わからない子だったわ」
ユカリさんは細い煙を吐き出しながら言った。
「ただ、何か複雑な事情を抱えてるって事はわかった。だけど私は何も訊かなかった。だから実際、何があったのかは知らないの」
「………」
「あの子は心を閉ざしてた。私はそれを無理にこじ開けようとはしなかった。でも、ちょっとした拠り所になれたらいいと思ったの」
行く場所がない時にふらりと立ち寄って、温かい飲み物が飲める。
そんな、心休まる場所を作ってあげたかったと彼女は言った。
「でもね、きっと無理にでもこじ開けるべきだったのよ」
「ユカリさん…」
ユカリさんにバイトの事は話してないってミケは言ってたけど。
「……知ってたんだ、」
「……なんとなく、ね。狭い街だから」
ごめんなさいね、と悲しげな表情で彼女は言った。
「もっと早く、気づいてあげられれば良かったのに…」
「………」
いつかの自分も同じような事を思った。
もっと早く、出会えていれば良かったのに。
「……ユカリさんは悪くないっすよ」
独りだったミケに、手を差しのべてくれた唯一の大人。
この店でミルクを飲んだ彼は、きっと安心して眠ったんだろう。
そして束の間、現実を忘れることが出来たんだろう。
「……あいつは、救われたんだと思います」
そう言って、いつもミケが座っているカウンターの席に触れる。
そこに、その頃の彼がいるような気がした。
部屋に戻ると、ミケが帰ってきていた。
「おかえり」
「ただいま。いい匂いだな」
コートを脱ぎながら言うと、シチューだよとミケ。
「今日寒いし。食べる?」
「食べる食べる」
「もうちょいで出来るから」
リビングのテーブルには開かれたパソコンと、分厚いファイルが積み重ねてある。
「忙しいなら飯とかいいのに。帰りにコンビニで買ってくるし」
するとシチューなんかすぐ出来るよ、とキッチンからミケの声。
「食べてほしいし」
「………」
……え、なになになんでそんな可愛いこと言うわけ
ストレートな言葉が結構胸にズキュンときて、ソファーにどさっと倒れこむ。
「まぁ、来週は無理っぽいけど」
シチューの皿を手に、ミケがキッチンから出てきた。
「たぶん、泊まり込みになると思う」
「……え、そんなに大変なのか」
「うーん…やった事ないからわかんないけど、引き受けたからにはちゃんとやりたいし」
「えらいじゃん」
「室長も相当気合い入ってるから…」
「室長?」
「華原さんだよ、前に俺をここまで運んでくれた。海斗、会ったんだろ?」
……あぁ、あいつ…って泊まり込み、あいつも一緒かよ!
がばっと起き上がった俺を尻目に、ミケは画面を睨むようにしてキーボードを叩いている。
「………」
……待て待て仕事だし、しょうがないじゃん…それにあの人なら大丈夫だろ、多分…いや、でも…
「なぁミケ、」
「ん?」
「………。俺今日、超美人と会ってきたんだ」
「ユカリさんとこだろ?さっきメール来た。あんまり海斗くんを放っといたらダメよって」
「……そう、」
「ごめん海斗、俺今晩中にこれ仕上げなきゃ」
「……オッケ」
俺はミケの隣りで、大人しくシチューを食べた。
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