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しおりを挟む「いや好きだよ?超本気だよ?」
がばっと起き上がって那波は言った。
「けど、改めてどこが好きかっていうと…」
「……おまえさあ、たまに要領いいのか悪いのかわかんない時あるよね」
かわいい女の子には歯が浮くようなセリフをぽんぽん言えるくせに。
「……だって浩介には、適当な事言いたくねーもん…」
「……どーだか」
……確かに同じような事を言われても、全然嬉しくはないけど
一緒に風呂に入りたいと言う那波を断固拒否しつつ、シャワーを浴びた。
……なんか変な感じ…
まだ、あの感覚が残ってる。
……那波とセックスしたんだ、俺…
痛みが残る尻を触りながらそんな事を思ったりした自分に、また恥ずかしくなったりして。
風呂から出ると、那波はすっかり拗ねていた。
「……一緒に入りたかったのに」
「狭いっつーの」
「だからいいんじゃん」
「……?そんなに入りたいなら、今度銭湯行く?」
「それじゃ意味がな……んんん?それもアリか…?」
「………おまえ絶対良からぬ事考えてるだろ…」
一緒に毛布にくるまっていると、なんだか幸せな気分になる。
戸惑いや不安もその時だけはなくなって、ただほんわかと心地よくて、ずっとこうしてたいと思う。
「……なぁ、浩介」
「……ん、」
うとうとしかけていた俺は、ぽやんとしたまま返事をした。
髪を優しく撫でられていると、すぐに眠たくなってしまう。
俺はこれに弱いらしい。
「さっきの話だけどさ」
「うん」
「………俺さ、あんまり自分の事好きじゃなくて」
「………はい?」
ぽかんとして、那波を見る。
「他人といる時とかさ、こうあるべき自分っていうのがいつもあって。そういうのって必要だと思うし、まぁ楽しければそれでいいんだけど」
「………」
「……けどたまに、すげえ虚しくなったりして」
「那波…」
「でもおまえは、本当の俺を知ってて一緒にいるじゃん。だからなんか、安心できるってゆうか」
たぶん、それだけ長い時間を一緒に過ごしてきたから。
そのなかで、お互いを知っていったから。
「……俺は俺でいいのかもって、思える」
「……中学生かよ」
ぽつり、と言った。
「え?」
「なに思春期の子どもみたいなこと言ってんだ」
「………」
「おまえって、バカでいい加減で図々しくて、ほんとどうしようもないけど」
「それはちょっと言い過ぎじゃ…」
「でもそれがおまえなんだから、それでいいんだよ」
……てゆうか、今更…
「………」
「……眠い」
「……浩介」
「……寝る」
「………」
「……っ!だから眠いんだってば!だいたい明日は授業が…んんっ…!」
無理矢理唇を塞がれて、押しのけようとしたら逆に抑えつけられた。
「……ん…ふっ…」
……ああもう、なんなんだよ…
俺は一体、どうしちゃったんだろう。
キスだけで、なんでこんなに気持ちいいんだ。
なんだか悔しくなって、ぎゅうっと那波の背中を抱きしめた。
いつも人の輪の中心にいて、誰とでもすぐに打ち解けて、ちゃんと関係を作れて。
那波はいつも、俺には到底真似出来ない事をいとも簡単にやってのけた。
だからあんなふうに考えてたなんて、思いも寄らなかった。
あの時はああ言ったけど、本当は自分でもよくわからない。
俺だって、俺が知っている那波しか知らないから。
「あれ?浩介来てたんだ」
講義の後、廊下で和田に会った。
「おまえ午前中の授業、いなかったよな?」
「……寝坊したんだよ」
珍しい、と和田が笑う。
「もしかして、前言ってた子と一緒だったとか?」
そんな冗談混じりの言葉にどきどきしながらも、曖昧に笑い返す。
「あ、朝いたならノート貸して欲しいんだけど」
「はぐらかすなよ。てゆうか無理。寝てたし」
「使えねー奴…」
「ひでぇな!梨香に頼めば?確か、あいつもいたから」
それで梨香が受けている別の講義が終わるのを二人で待っていたのだが、現れた彼女は超不機嫌だった。
「一人千円」
「高っ!なんでよ梨香ちゃん、俺ら友達じゃーん?」
「あたしはあんたと違って真面目に講義を受けてたの!大体なんでこうちゃんまで…。和田っ、あんたまさか昨日の飲み会に無理矢理連れてったんじゃ…」
「ちげーよ!」
「ダメだよこうちゃん、嫌ならちゃんと断らなきゃ。コイツについてったら絶対ロクな事ないから」
「なんでだよ!俺は良い子を悪の道に引きずり込む不良扱いか!」
「てゆうか俺は子ども扱いなの…?」
結局ブツブツ文句を言いながらも、梨香はノートを貸してくれた。勿論タダで。
次の授業は選択していなかったので、空いている教室でそれを写す事にした。
「………」
……集中できない…
一人になると、どうしても那波のことばかり考えてしまう。
あれから、たくさんキスをした。
眠たかったはずなのに、いつの間にか夢中になっていた。
好きだと言われるたびに心が震えて、その綺麗な眼に見つめられると何も考えられなくなって。
そんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。
「すすんでるー?」
教室のドアから、梨香が顔を覗かせる。
「ごめん、もうちょい待って」
「ううん、急いでないからいいんだけど。和田は?」
「バイトだって」
「ふうん」
教室に入ってきた彼女は、持っていた缶コーヒーをくれた。
「ありがとう」
「いえいえ。……なんかこの頃、寒くなってきたね」
目線の先にある大きな窓からは、中庭にある大きな銀杏の木が見える。
黄金色に染まった葉は、陽の光を浴びてきらきらと眩しい。
「就活、梨香はどうするの?」
「まだはっきり決めた訳じゃないけど、法律関係かな。こうちゃんは?」
「俺もそろそろ決めなきゃとは思うんだけど…」
「こうちゃんなら焦らなくても大丈夫だよ。和田と違って成績もいいし」
そんな事ないよ、と言うと梨香はふふっと笑った。
「……そういえば、その和田から聞いたんだけど」
ファッション誌をめくっていた梨香が、ふと口を開いた。
「こうちゃん、好きな人できたの?」
和田はいい奴だけど、ちょっと口が軽い。
別に口止めしたわけじゃないから、いいんだけどさ…。
「……うん」
「そうなんだ。つきあってるの?」
「うん…たぶん」
やっぱりそういう事になるんだよな?
なんか不思議な感じだけど…。
「たぶんって、何?」
「あ、いや。うん、つきあってる」
断言してみると、なんだか照れくさい。
……誰とって訊かれたらどうしよう…
まさか、同じ大学にいる幼なじみだとは言えないし…。
しかも男とか、言えない…うん、言えるわけない。
「そうなんだ…。ね、その子ってどんな子?」
「どんなって…」
「ね、その子あたしとこうちゃんが一緒にいたら、嫌かなぁ?」
「や、それは全然大丈夫だと思う」
那波がそういう事を気にするなんて到底思えないし。
女友達ならあいつの方が断然多いし。
「全然て。ヤキモチとかやかれないの?」
「そういうキャラじゃないってゆうか」
「ふうん…じゃあ案外、遊んでる子だったりしてー」
そう言った彼女は、あっと口をつぐんだ。
「……ごめん、好きな子の事、そんな風に言われたくないよね」
「ううん、いいよ別に。たぶん当たってるし」
「ええっ、そうなの?」
驚いた顔をする梨香。
那波が聞いたら、どんな顔するかな。
想像してつい笑ってしまう。
……でも、珍しい
梨香は普段、文句をつけたり手厳しい批判をする事はあっても、他人の悪口を言ったりはしないのに。
「……じゃあさこうちゃん、あたしと遊んで?」
「え?」
「カラオケ。なんか今日、どうしても歌いたい気分でさ」
「別にいいけど…」
「ほんと?あ、和田もバイト終わったら来るかなぁ?」
「でも梨香、授業は?」
いいのいいの、と彼女は笑った。
「こうちゃんに、彼女ができたお祝いだから」
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