along-side(BL)

kotori

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「すみませーん、あたし、カナに呼ばれて来たんですけどー…」

茶色くて、長い髪。
猫みたいなぱっちりした眼と、口元にある小さなホクロ。
俺は目を見開いた。

「もー、遅いよ!」

座敷から出てきた女の子にごめんごめん、と言いながら彼女はブーツを脱ごうとしたが、立ったままだったのでヨロヨロしていた。
転びそうになったので思わず手を差し出すと、逆にがしっと腕を掴まれる。

「わっ、ごめんなさい!」

……やっぱり、似てる…

「……沙也香?」
「え?」

彼女は顔を上げてしげしげと俺を見つめると、あ…と驚いた顔になった。

「……もしかして、浩介くん?!」

お互いに驚いて何も言えずにいると、ちょうどトイレから戻ってきたらしい和田が割って入ってくる。

「なになに、浩介の知り合い?」
「いや、知り合いっていうか…」
「元カノでーす」

……えええええ

「あっ、もしかして!キザキさん?キザキサヤカさん?」
「はーい」

沙也香は俺の腕を掴んだまま、にっこりと笑った。



びっくりしたぁ、と沙也香は何度も言った。

「まさか、こんなところで会うなんてね」
「……うん、」

結局帰りそびれて、みんなが移動するまで一緒に飲んでいた。
二件目に向かう元気な和田たちと別れて先に帰ろうとすると、彼女もついてきた。

「元気だった?」
「うん。沙也香…木崎は?」
「元気だったよ!てゆうか、沙也香でいーよ」

こうやって話すのは、四年ぶりだった。
早いよなあ、と白い息を吐きながら思う。

「……なんだか浩介くん、あんまり変わってないねえ」
「うん、よく高校生と間違えられるよ」

そうなの?と沙也加が笑う。

「あ、でもちょっと背、伸びたんじゃない?」
「そう?全然そんな気しないけど」
「伸びたよ。それによく見たら、なんか雰囲気変わったかも!」

雰囲気なら、彼女も変わった。
あの頃より、ずっと大人っぽくなった。

「……またこんな風に話せるなんて、思ってなかったよ」

沙也香はちょっと俯いて言った。



「……あ、終電!」

駅の改札で、沙也香は慌てたように言った。

「あたし行かなきゃ!」
「まだ実家なんだ?」
「うん、ほんとは一人暮らししたいんだけど…あ、ねえ」
「ん?」
「よかったら、携帯の番号教えて?」
「え…」

思わず躊躇っていると、ダメ?とたたみかけられる。

「いや、ダメじゃないけど…」

断る理由が見つからないし急いでいる事もあって、番号を告げると彼女は手早く携帯に入力した。

「ありがと!じゃあね!」

彼女は笑顔で手を振って、反対側のホームへ走っていく。

「………」

しばらくその後ろ姿を見送ったあと、俺もホームに向かった。





『遅い』

ちょうど部屋に着いた時、電話がかかってきた。

「だから遅くなるってLINEしたじゃん。…なんだかんだで帰りそびれたんだよ」
『とか言って、結構楽しかったんじゃないのー?』

拗ねた口調で那波が言う。
こいつだったらああいう場でも上手くやるんだろうなぁと思いながら、マフラーを外した。

「てゆうかおまえこそ、今どこだよ」

電話の向こうはなんだか騒がしい。

『気になる?』
「別に…まぁ、ほどほどにしとけよ?」
『ちょっとは気にしろよ。俺、結構モテんのよ?』
「知ってる」
『あっそ…、あっ、おいっ』

ガチャガチャと音がして、もしもし?と声がした。

『浩介ー?』
「あ、皐月さん?こんばんは」

返せよ、と言う那波の声がする。

『こいつさー、さっきまで浩介が俺を置いて遊びにいっちゃったってグダグダさー、超ウゼえの。しかも途中から携帯ばっか気にしててさー』

俺が吹き出すと、皐月さんも笑った。

『ほんとどうしようもねぇし。あ、今度さぁ、俺とデートしない?』
「ええ?」

どうやら相当酒が入っているらしく、皐月さんはいつもより陽気な感じだ。

『――ざけんな死ね!!あ、浩介今の全部嘘だから』
「はいはい。ちゃんと家に帰って寝ろよ?」

まだ那波と皐月さんは何か言い争っていたようだったが、途中で通話を切った。
そしてふぅ、と溜め息を一つ。

……変なの

不安になることなんて、ないのに。
心配なのは、むしろ俺のほうだ。
あいつに近寄ってくる綺麗な(巨乳の)お姉さんや、かわいい(祐希くんみたいな)男の子に俺が太刀打ちできる筈がない。
もし那波がフラッとそっちに行っちゃったとしても、きっと何も言えないと思う。

「………」

そんなことはないって思いたいけど、絶対なんて事はないから。

……俺って案外女々しいんだな…

コーヒーを淹れながら、ぼんやりと思った。
沙也香に会った事は那波には黙っておくことにした。
余計な心配は、かけたくなかった。


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