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ミリィ編②水の都リヴィエール
水の都リヴィエール 現在
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水の都リヴィエール——その名に違わず、街の至る所を透き通る水路が走り、かつては舟が人と物を運び、広場では音楽と笑い声が響いていた。だが、今は静まり返っている。美しい水音だけが、忘れ去られた栄華をわずかに語っていた。
中央の噴水広場には、一人の魔女がいた。銀色の髪を長く垂らし、蒼い瞳はどこか遠くを見つめている。彼女の名はアナスタシア。水の魔女として知られ、かつてはこの都の守護者だった存在。
「……今日も、誰も来ない」
アナスタシアは、そっと手を噴水の水面にかざした。揺らめく水は、彼女の魔力に応じて淡く光り、波紋を生む。だがその瞳には、どこか寂しさと諦めが混じっていた。
「誰か、来るかもしれない。そんな気がするの。ねえ……あなたも、そう思わない?」
誰にともなく問いかけるアナスタシア。その傍ら、水路の片隅に小さな水精霊が顔をのぞかせる。透明な羽を震わせ、頷くように跳ねた。
「ふふ、ありがと。やっぱり、少しだけ希望を持ってもいいのかしら」
その日、空気は少し違っていた。水面を撫でる風にかすかなざわめきが混じり、遠くで旅人たちの足音が聞こえた気がした。
アナスタシアは、記憶をたどるように空を見上げた。
「……そういえば、ザサンの街が解放されたって聞いたわ。あの街を支配していたアウレリアが、負けたんですって」
彼女の口元にわずかに笑みが浮かんだ。
「ふふっ。あの傲慢な魔女が負けるなんて、想像もできなかったけど。負けた理由は……人間?」
アナスタシアは、街の北端に立つ塔を見つめた。かつて情報を集めていた水の観測塔。そこには、あらゆる水流の声が集まる。最近、その水が語る内容が変わっていた。
——アスフォルデの環の魔女たちが姿を消した。
——ザサンにいた恐ろしい魔女たちが、戦いに敗れた。
——アウレリアの配下、ダリア、リーベル、ガーネット、ユミナ……彼女たちも敗北したという。
「まさか、本当に……彼女たち?」
アナスタシアは目を細める。自身と同格、あるいはそれ以上と評されるアウレリアが、何者かに敗れたというのは、冗談では済まされない話だった。
そして、噂には必ず共通する名前があった。
——健司という人間。
その名前を聞いたとき、アナスタシアは水を通じて彼の姿を垣間見たことがあった。特別な力を持っているわけでもない、ただの人間に見えた。しかし、その周囲には魔女たちが集まり、彼の言葉に心を動かされていた。
「健司……人間にしては、珍しい人。いや、人間だからこそ……なのかしら」
アナスタシアは小さく息をつく。水に映る自分の姿を見ながら、静かに独白を続けた。
「この街も、昔は人であふれていたのよ。音楽があって、笑い声があって……。でも、私が守ろうとしたこの街は、守ることができなかった」
その声に、かつての情景が蘇る。人々の笑顔、肩を寄せ合う恋人たち、子どもたちのはしゃぎ声。それらすべてが、アナスタシアの記憶に色鮮やかに残っている。
だが、その日常は崩れた。
かつて、血統主義の魔女たちがこの街に干渉し、人々は「魔女に従うこと」こそが繁栄の道だと洗脳された。アナスタシアはそれに抗ったが、孤立した。人々は離れ、最後には彼女の元からも精霊たちの多くが消えた。
残ったのは、静寂な都と、果たされなかった約束。
「……そんな中で、また誰かが来るというのなら。今度こそ、守れるかしら」
アナスタシアは立ち上がり、ゆっくりと水路沿いを歩く。古びた橋を渡り、かつて子どもたちが遊んでいた広場を通り抜ける。誰もいない街はまるで、彼女の記憶だけが息づいているかのようだった。
しかし、水面に映る空には、小さな希望が灯っていた。
東の空から旅人たちが向かっている。彼らはまだ、リヴィエールの静けさを知らない。だが、アナスタシアには分かっていた。風がそう語っていたから。
——また、誰かがこの都を訪れる。
「……待ってるわよ。健司さん。そして、あなたたち、アスフォルデの環の魔女たち。どんな顔をして、この都に来るのかしら」
微笑みながら、アナスタシアはそっと手を水路に差し入れた。水は柔らかく、冷たく、まるで未来の訪問者たちを歓迎しているかのようだった。
「私はもう、逃げない。もしあなたたちが本当に、この都を変えるために来るのなら——」
水路の果てに広がる街の門。その先には、旅の一行の足音が近づいていた。
アナスタシアは、その日を確かに感じていた。
——そして、静かなる水の都に、新たな物語の波紋が広がろうとしていた。
中央の噴水広場には、一人の魔女がいた。銀色の髪を長く垂らし、蒼い瞳はどこか遠くを見つめている。彼女の名はアナスタシア。水の魔女として知られ、かつてはこの都の守護者だった存在。
「……今日も、誰も来ない」
アナスタシアは、そっと手を噴水の水面にかざした。揺らめく水は、彼女の魔力に応じて淡く光り、波紋を生む。だがその瞳には、どこか寂しさと諦めが混じっていた。
「誰か、来るかもしれない。そんな気がするの。ねえ……あなたも、そう思わない?」
誰にともなく問いかけるアナスタシア。その傍ら、水路の片隅に小さな水精霊が顔をのぞかせる。透明な羽を震わせ、頷くように跳ねた。
「ふふ、ありがと。やっぱり、少しだけ希望を持ってもいいのかしら」
その日、空気は少し違っていた。水面を撫でる風にかすかなざわめきが混じり、遠くで旅人たちの足音が聞こえた気がした。
アナスタシアは、記憶をたどるように空を見上げた。
「……そういえば、ザサンの街が解放されたって聞いたわ。あの街を支配していたアウレリアが、負けたんですって」
彼女の口元にわずかに笑みが浮かんだ。
「ふふっ。あの傲慢な魔女が負けるなんて、想像もできなかったけど。負けた理由は……人間?」
アナスタシアは、街の北端に立つ塔を見つめた。かつて情報を集めていた水の観測塔。そこには、あらゆる水流の声が集まる。最近、その水が語る内容が変わっていた。
——アスフォルデの環の魔女たちが姿を消した。
——ザサンにいた恐ろしい魔女たちが、戦いに敗れた。
——アウレリアの配下、ダリア、リーベル、ガーネット、ユミナ……彼女たちも敗北したという。
「まさか、本当に……彼女たち?」
アナスタシアは目を細める。自身と同格、あるいはそれ以上と評されるアウレリアが、何者かに敗れたというのは、冗談では済まされない話だった。
そして、噂には必ず共通する名前があった。
——健司という人間。
その名前を聞いたとき、アナスタシアは水を通じて彼の姿を垣間見たことがあった。特別な力を持っているわけでもない、ただの人間に見えた。しかし、その周囲には魔女たちが集まり、彼の言葉に心を動かされていた。
「健司……人間にしては、珍しい人。いや、人間だからこそ……なのかしら」
アナスタシアは小さく息をつく。水に映る自分の姿を見ながら、静かに独白を続けた。
「この街も、昔は人であふれていたのよ。音楽があって、笑い声があって……。でも、私が守ろうとしたこの街は、守ることができなかった」
その声に、かつての情景が蘇る。人々の笑顔、肩を寄せ合う恋人たち、子どもたちのはしゃぎ声。それらすべてが、アナスタシアの記憶に色鮮やかに残っている。
だが、その日常は崩れた。
かつて、血統主義の魔女たちがこの街に干渉し、人々は「魔女に従うこと」こそが繁栄の道だと洗脳された。アナスタシアはそれに抗ったが、孤立した。人々は離れ、最後には彼女の元からも精霊たちの多くが消えた。
残ったのは、静寂な都と、果たされなかった約束。
「……そんな中で、また誰かが来るというのなら。今度こそ、守れるかしら」
アナスタシアは立ち上がり、ゆっくりと水路沿いを歩く。古びた橋を渡り、かつて子どもたちが遊んでいた広場を通り抜ける。誰もいない街はまるで、彼女の記憶だけが息づいているかのようだった。
しかし、水面に映る空には、小さな希望が灯っていた。
東の空から旅人たちが向かっている。彼らはまだ、リヴィエールの静けさを知らない。だが、アナスタシアには分かっていた。風がそう語っていたから。
——また、誰かがこの都を訪れる。
「……待ってるわよ。健司さん。そして、あなたたち、アスフォルデの環の魔女たち。どんな顔をして、この都に来るのかしら」
微笑みながら、アナスタシアはそっと手を水路に差し入れた。水は柔らかく、冷たく、まるで未来の訪問者たちを歓迎しているかのようだった。
「私はもう、逃げない。もしあなたたちが本当に、この都を変えるために来るのなら——」
水路の果てに広がる街の門。その先には、旅の一行の足音が近づいていた。
アナスタシアは、その日を確かに感じていた。
——そして、静かなる水の都に、新たな物語の波紋が広がろうとしていた。
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