魔女達に愛を

リーゼスリエ

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セレナ編④高原の街スラリー

帰還

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カリストの中心部。白い石造りの厳格な建物群の奥に、魔女たちの審問官が集う〈審問の間〉があった。冷たい空気が支配するその部屋に、クラリーチェとリズリィ、そして随行していた数名の魔女たちが、重い足取りで帰還してきた。

 部屋にはすでに、審問官のノイエルとヴァルディアが到着していた。鋭い視線を向けながら、ヴァルディアが声をかけた。

「……どうした? 青ざめた顔で戻ってくるとは。まさか逃げ帰ったのか?」

 言葉に棘があった。だがクラリーチェは、それに反論する余力さえないようだった。ただ、力なく首を横に振った。

「逃げたのではないわ……ただ、あれは……」

 その瞬間、リズリィが机を激しく叩いた。

「“あれ”は魔法じゃない! そんなもの、私たちが知る体系には存在しない!」

 ノイエルが片眉を上げた。

「何の話だ?」

 リズリィはしばし息を整え、ようやく静かに語りだした。

「高原の街スラリーにいた、健司という男……あれは、ただの人間ではない。魔女すら凌駕する……いえ、概念が違う。目の前で“死者”を蘇らせたのよ。完全な肉体と意識を伴って」

 審問官の間に、ざわめきが広がった。

「死者が蘇る……? そんなこと……」

「記録にもないぞ、そんな魔法……」

「まさか、幻覚か?」

 否、とクラリーチェが重く言葉を継いだ。

「私の眼は騙せない。確かに、その女は死んでいた。セレナという女の姉。レリア……死亡した者が、肉体と魂そのままで、健司の魔法によって――“出現”した。まるで、あの日に巻き戻したかのように」

 部屋の空気が凍った。ヴァルディアは無言で口元を押さえ、ノイエルはわずかに震える手で水差しに手を伸ばした。クラリーチェとリズリィの目に嘘はない。それが、余計に恐ろしかった。

 そして――

「……その詳細、もう少し聞かせてもらおうか」

 低く威厳ある声が、部屋の奥から響いた。

 ラグナだった。白銀の髪を肩まで垂らし、黒と深緋のローブを纏った魔女の中でも別格の存在。審問官の頂点に近い者。

「ラグナ様……」

 クラリーチェは小さく頭を下げると、できるだけ落ち着いた口調で報告を続けた。

「魔法の構築式も、呪文も、触媒もなかった。ただ、彼が“そうしたい”と望んだだけで……死者が蘇ったのです。拒絶すらされなかった。クラウド・コールのような精霊魔法でも、星辰魔法でもありません。完全な……未知のものです」

 リズリィも続ける。

「私は直接、アウレリアたちとも対峙しました。最初は幻だと思った。かつて死んだはずのダリア、リーベル、ガーネット……そしてユミナ。だが、彼女たちは健司の魔法によって守られていた。私の月の魔法すら、届かなかったのです」

 ラグナは静かに頷きながら、片手を組み、ゆっくりと椅子に腰掛けた。

「……なるほど。おそらく、それは“愛”の魔法だな」

 全員がその言葉に驚いた。

「愛……ですか?」

 ノイエルが疑わしそうに問い返す。愛――この国ではもっとも軽んじられる言葉。冷徹と純血を是とするカリストにおいて、“愛”など幻想、非論理的な虚構として長らく否定されてきたものだ。

 しかし、ラグナは真剣な面持ちで言葉を続けた。

「……西の彼方に、“愛”を教義とし、感情によって世界を変える教団があると聞く。正確な名は不明だが、かつてその国では、すべての魔法体系が“感情”を基盤にしていたとされている。怒り、哀しみ、喜び、そして――愛。その最も強き形が、“死を超える力”となる」

 クラリーチェが口を開く。

「まさか……その教団と、健司は……?」

 「可能性はある。あるいは、彼がそれに匹敵する存在なのかもしれん」

 しばし、沈黙が支配した。

 ラグナの目が鋭くなる。

「だが……私はまだ認めてはいない。愛が魔法に勝るという概念は、危険だ。世界を覆しかねない。健司の存在が証明するのなら、我らカリストの秩序そのものが瓦解する」

 ノイエルが息を呑んだ。

「それほどの……」

 リズリィが、低く囁いた。

「……私は、もう一度彼と対峙したい。認めたくない。だが、否定するにはあまりに完璧すぎた……レリアの復活。セレナとの涙の抱擁。その感情すら、偽物ではなかった」

 ヴァルディアが、苛立ちを隠せず席を立つ。

「ふざけるな。そんな、曖昧な感情で魔法を語るな。カリストは冷徹こそ力だ。そんな幻想に踊らされてなるものか」

 だが、その言葉にも揺らぎがあった。誰もが、理解していた。現実が、変わろうとしていることを。

 ラグナが最後に告げた。

「我らは、急ぎ対策を練らねばならん。……健司。その男の存在は、いずれこの世界の“魔法”という定義すら変えてしまうかもしれん。もし彼が、あの西の“愛の国”とつながっているのだとしたら――」

 審問官たちの沈黙の中で、ラグナの瞳だけが鋭く燃えていた。

 新たなる時代の胎動を、感じ取っているかのように。
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