魔女達に愛を

リーゼスリエ

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ヴェリシア編⑤守護者 ヒシリエ

第3の守護者 ― 緑炎の誓い ―

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戦いが終わったあとの空気には、いつも不思議な静けさがあった。
 風が吹き抜けるたび、焦げた石壁の匂いと共に、青い炎の残滓が消えていく。
 その中心で、健司はファルネーゼに静かに声をかけた。

「ファルネーゼさん、愛は人それぞれです。
 正しいとか、間違ってるとか、そういうことじゃない。
 ただ……分かって欲しいだけなんです」

 ファルネーゼは、燃え尽きたように肩を落とし、ゆっくりと顔を上げた。
 その瞳の青は、もう炎ではなかった。
 深い夜のような静かな光が宿っていた。

「……健司、たしかにお前はどこか違うな。
 戦いの中で人を信じられる者なんて、そうはいない」

 健司は笑みを返した。
 だがその直後、背後からカテリーナの小さな声が響いた。

「ねえ……なんか、やな予感がする」

 エルネアが首を傾げた。

「やな予感って?」

 カテリーナはそっぽを向きながら答えた。

「その……ファルネーゼの目つき。健司を見る目が……なんか乙女っぽい」

「はいはい、また嫉妬してるんだね」

 リセルが笑いながらからかう。

「ち、ちがうっ!」
 
カテリーナは顔を真っ赤にし、健司の背中を軽く叩いた。

 健司は困ったように笑い、話を戻した。

「ファルネーゼさん。伝説の魔女、カルナさんって本当にいるんですか?」

 ファルネーゼは少し考え込んだ。

「今はいない。けれど……彼女の名は、炎の一族にとって“始まり”を意味する。
 詳しいことは、フラム様が知っている」

「フラム……?」
 
健司はその名を聞いて、遠い記憶にあるカルナの話を思い出した。
 炎の一族をまとめる者。その頂点に立つ、紅蓮の魔女。

 その頃――。
 同じ時刻、炎の塔の最上階。王の間には、荘厳な沈黙が満ちていた。

 赤い玉座に腰掛けるフラムの前で、一人の魔女が跪いていた。
 深い緑の髪を持ち、炎ではなく“光る緑の焔”を纏っている。
 第3の守護者――ヒシリエ。

「フラム様。報告がございます」

 フラムが顔を上げた。
 その眼差しは、長き年月の重みを感じさせる静かな光を放っている。

「言え」

「……ファルネーゼが、破れました」

 王の間が一瞬だけ静まり返った。
 壁に刻まれた紋章の炎が揺れ、光がわずかに陰る。
 フラムの指が玉座の肘掛けを軽く叩いた。

「何だと……あの子の青炎は、容易に消せるものではないはずだ。
 アナスタシアと、あの人間……健司という男の力か」

「おそらく。彼の魔力は異質です。人でありながら、魔を拒まない。
 まるで……炎の心を持っているようでした」

「……炎の心、か」

 フラムは目を細めた。
 まるで何かを思い出すように、わずかに笑みを浮かべた。

「皮肉なものだな。人の中に、魔女よりも純粋な炎を見るとは」

 ヒシリエは、顔を上げた。

「フラム様。私が行きます。ファルネーゼの仇は、このヒシリエが必ず取ります」

「お前が行くのか」

「はい。緑炎の誓いにかけて。
 ファルネーゼの青炎が激情なら、私の炎は理性。
 燃やすためではなく、滅ぼすための炎です」

 フラムは静かに頷いた。

「……分かった。お前の緑炎なら、あの連中でも突破は難しいだろう。
 だが、油断はするな。アナスタシアは、ただの氷の魔女ではない」

「心得ております。あの女がかつて水の一族の当主になった時、私はまだ若かった。
 命令の冷酷さを、この目で見た。
 けれど同時に……あの目の奥には、孤独も見えたのです」

 フラムは少し驚いたように彼女を見た。

「……お前ほどの者でも、そんな感情を見るのか」

「私は、復讐のために生きてはいません。
 ただ、炎の一族の誇りのために立つのみです。
 それが、フラム様に仕える理由です」

 ヒシリエの声は落ち着いていた。
 彼女の炎は静かに燃え、しかしその奥にある意志の力は凄まじい。
 理性の炎――それが彼女の名を象徴していた。

「行け、ヒシリエ。お前の判断に任せる。
 だが、忘れるな。……我々は、カルナ様の“遺志”を継ぐ者だ」

 その名が出た瞬間、ヒシリエの瞳が一瞬だけ揺れた。

「……はい。カルナ様の名に恥じぬよう、必ずこの手で止めてみせます」

 フラムは玉座に背を預け、遠くを見つめた。
 その瞳の奥に、かすかな迷いが浮かぶ。

(カルナ様……あなたが言った“争いをやめろ”という言葉を、
 私は未だに信じ切れない。けれど……この戦いの果てに、答えがあるのだろうか)

 ヒシリエが王の間を去ったあと、残された炎の音だけが響いていた。
 フラムは手を握りしめ、低く呟く。

「アナスタシア……おまえとの決着をつけねばなるまいな。
 そして、あの人間――健司。
 おまえが“炎の一族”に何をもたらすのか……見せてもらおう」

 緑炎がゆっくりと灯る。
 まるで新たな意思を象徴するように、燃えながら形を変えていく。
 その炎は、怒りでも破壊でもなく、決意の炎だった。



 その頃、塔の外では、健司たちが夜の野営をしていた。
 空には、まだ青炎の名残が漂っている。
 ファルネーゼは少し離れた場所で、焚き火を見つめていた。
 その炎の色は、もう優しい橙に変わっていた。

「ねえ、健司」

「はい?」

「……ありがとう。私、今まで“燃やすこと”しか知らなかった。
 でも、あなたに会って、“灯す”こともできるって、気づいた気がする」

 健司は笑い、焚き火の薪を一本くべた。
 火が柔らかく弾け、彼女の頬を照らす。

「その炎は、もう怒りの炎じゃありませんね」

「そうね。……誰かを守るための、炎かもしれない」

 彼女の言葉に、アナスタシアが遠くから目を細めた。
 その表情には、わずかな安堵と、懐かしさが混ざっていた。

 しかし――その夜空のさらに高く。
 北の塔の上で、緑の炎が風に揺らめいていた。
 次なる守護者の気配が、確かに動き出していた。
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