魔女達に愛を

リーゼスリエ

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クロエ編②大地の一族 ラグナ

血の魔女の涙

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戦いの終焉を告げる風が、リヴィエールの上空を静かに流れていった。
 砂埃の匂いと土の香りが入り混じる。ラグナの大地魔法が放たれたあの瞬間の衝撃が、まだ空気の中に残っているようだった。

 ――ドォン、と。
 遠くの丘で大地が揺れるような音がした。

「……今の、何の音?」
 
ファルネーゼが健司の袖を掴んだ。
 隣で、ヒシリエも表情を引き締める。

「ただの音じゃないわ。これは……一体?」

 アナスタシアが顔を上げた。彼女の紫の瞳が、一瞬だけ寂しげに揺れた。

「ラグナ……本気を出したのね。普段は重力魔法として抑えているけど、彼女の本当の力は“地そのもの”を操ること」

「地そのもの……?」

「そう。大地の意思を借りる魔法よ。だからこそ、音が空気じゃなく地面から響いてくるの」

 健司は頷いた。
 嫌な予感がした。――誰かが、ラグナの怒りに触れたのだ。

「行こう!」
 
健司は迷わず走り出した。
 ファルネーゼ、ヒシリエ、そしてアナスタシアが続く。カテリーナとヴェリシアもすぐに駆け出し、仲間たちはひとつの列となってリヴィエールの外へ向かった。

 ◆

 そこに広がっていたのは、崩れかけた森の地面と、巨大な岩の檻だった。
 その中央に、紅い髪の魔女が捕らわれていた。肌の白さが血のような魔力に照らされ、薄暗い空気をさらに不気味に染めている。

 ラグナは、無言でその前に立っていた。
 彼女の表情には怒りではなく、静かな覚悟が浮かんでいる。

「……終わりだな、ブラットレイン」

 その名を聞いて、ヒシリエが息を呑んだ。

「ま、まさか……18位の魔女、血の女王ブラットレイン!?」
 
リセルが呟く。

「野蛮な魔女の幹部……本当に現れたのね」

 ブラットレインは薄く笑った。

「失敗したわ……まさかラグナがいるなんて。けど――」
 
その紅い瞳がぎらりと輝く。

「ここからが本番よ。絶望感ってやつを、これから見せてあげる」

 ラグナが無言で歩み寄ろうとしたとき、健司が前に出た。

「待ってください」

 ラグナは眉をひそめた。

「健司。危険だ」

「わかっています。でも、彼女を……ブラットレインさんを救いたい」

 その言葉に、ブラットレインは一瞬だけ目を見開いた。

「救う? ははっ……何を言ってる。人間ごときが、魔女を救う? お前たちが壊してきた世界を、今さら癒せるとでも?」

 健司は首を振った。

「僕は壊してきたつもりはありません。むしろ……繋ぎたいと思ってるんです」

 沈黙が落ちた。
 風がひとつ、木の葉を揺らした。

 健司はゆっくりと近づく。ラグナが止めようとしたが、アナスタシアが小さく手を上げた。

「……いいわ、ラグナ。見てみましょう。彼がどうするのか」

 健司の声が静かに響く。

「ブラットレインさん。あなたは――血のせいで裏切られたんですね」

 その瞬間、ブラットレインの表情が固まった。
 瞳がわずかに揺れ、喉の奥で小さく息を呑む音がした。

「……誰から聞いた?」

「誰からでもない。あなたの目を見ればわかります」

 健司は静かに続けた。

「あなたの魔力は“怒り”じゃなく、“哀しみ”を混ぜている。誰かを信じたのに、裏切られた痛み……それが魔法に宿ってるんです」

 ブラットレインは、震える声で笑った。

「は……ははっ……よく喋るわね、人間。そうよ。私は血の魔女。愛した男に“化け物”と呼ばれた。血を操るから気味が悪いって。あの時、私は誓ったの。男も女も、人間も魔女も……血の流れる生き物なんて信じないって!」

 アナスタシアが目を伏せた。ヒシリエも唇を噛みしめる。

 健司は、それでも微笑んでいた。

「それでも……あなたの“血”は、誰かを救うこともできるんです」

「救う?」

「ラグナさん、そしてリズリィたち。あなたの血を“力”じゃなく“命の証”として見られる人がここにいる。そんな人たちを前に、あなたは本当に壊したいと思えるんですか?」

 ブラットレインの瞳から、ぽたりと一滴の涙が落ちた。
 赤い雫が地面に染み込み、淡い光を放った。

「……私、ずっと……羨ましかったのかもしれない」

「羨ましい?」

「ええ。あの子たちみたいに……誰かと笑い合えること。血じゃなく、心で繋がること。そんな世界、信じられなかった。でも……今、少しだけ、信じたいと思ってる」

 健司はそっと手を差し出した。

「じゃあ、信じてください。今だけでもいい。僕たちを」

 ブラットレインは震える手で、その手を取った。
 冷たい血の魔力が、ほんの少しだけ温もりに変わる。

 ラグナが小さく目を閉じた。

「……健司、本当に不思議な奴だな」

 クラリーチェが微笑む。

「人間なのに、私たちよりも“魔法”を信じてる」

 ブラットレインは小さく呟いた。

「もっと……早く出会っていればよかった」

 その言葉は風に乗って、リヴィエールの街へと溶けていった。
 血に縛られていた魔女の心が、ほんの少しだけ自由になった瞬間だった。

 アナスタシアがそっと健司の背中に声をかけた。

「……あの人を、どうするつもり?」

「しばらくは、リヴィエールに置こうと思う。彼女にも休む時間が必要だ」

 アナスタシアは微笑んだ。

「優しいのね。まるで、昔の私みたい」

 その微笑みの奥には、かすかな嫉妬と、確かな誇りが同居していた。

 リヴィエールの空に、夕陽が沈んでいく。
 血の色に染まった空が、まるでブラットレインの涙を包み込むようだった。

 ――戦いの後、またひとつ、心が救われた。
 それは小さな奇跡だったが、確かにこの世界を変える一歩になっていた。
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