魔女達に愛を

リーゼスリエ

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クロエ編③メルガとスルネ

魂の契約

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――ホワイトヴェル。
 常に曇り空が垂れこめ、月の光すら届かない街。
 黒い塔が無数に立ち並び、風が吹くたびに古い鐘のような音を響かせる。

 この街を支配するのは、野蛮な魔女たち――セイラを筆頭とする狂気の集団。
 今、その本拠の最上層にある「黒曜の間」では、幹部たちが沈黙の中に集まっていた。

 厚い扉が開き、二つの影が駆け込んできた。
 マリエとシミラ――リヴィエール襲撃から命からがら帰還した二人だ。
 マリエの服は焼け焦げ、シミラの右腕は切り傷だらけだった。

「はぁ……やっと、戻れた……」
 
息を切らしながらシミラが壁にもたれかかる。

「ほんと、ギリギリだったね。……ブラットレインさえ、無事ならよかったけど」

 その言葉に、周囲の空気がぴんと張り詰めた。

 円卓の奥から声が響いた。

「どうした、マリエ、シミラ。血の気のない顔をして」

 ルネイアだ。
 氷のような冷静さを持つ副官。いつも笑みを絶やさないが、今はわずかに表情が強張っている。

 マリエは唇を噛み、頭を下げた。

「……報告します。リヴィエールを襲撃しましたが、ラグナに敗北しました」

「ラグナ……?」

「はい。重力の魔法ではなく、本来の“大地魔法”を使われました。まるで地そのものが敵に回るような圧力……とても太刀打ちできませんでした」

 その言葉を聞いた瞬間、部屋の空気が一変した。

 ――ドクン。

 不気味な鼓動が部屋に響く。
 光のない天井から、黒い魔力のような煙が垂れ下がる。

 そして、奥の玉座に座っていた女がゆっくりと立ち上がった。
 金色の瞳、漆黒の髪――野蛮な魔女たちの頂点に立つ存在、セイラである。

「ラグナ、ねぇ……。懐かしい名前を聞いたわ」
 
その声は甘く、しかし刃のように鋭かった。

「まさかあの女が、まだ生きていたなんて。……そしてあなたたち、負けて帰ってきたのね」

 マリエはひざまずいた。

「申し訳ありません、セイラ様。ですが、ブラットレインがそのまま残り。」

「そのまま?」
 
その言葉に、セイラの笑みが消えた。

 次の瞬間、彼女の周囲から凄まじい魔力が爆ぜた。
 空間が軋み、壁がひび割れる。
 マリエとシミラは一瞬で地に押し伏せられた。

「ブラットレインが……捕まった?」
 
その声は静かだったが、底に狂気が潜んでいた。

「私の“血の刃”が……人間ごときに?」

 ルネイアがすぐに間に入り、手をかざした。

「セイラ様、落ち着いてください! 彼女たちは報告を――」

「黙りなさい、ルネイア。……続けなさい」

 マリエは震えながら口を開く。

「……ラグナの力は想像以上でした。地が盛り上がり、空気そのものが重くなった。私たちは撤退するしかありませんでした。そして……ブラットレインは、私達を逃すために――」

 ――その瞬間。

 部屋の隅にいた伝令の魔女が、震える声で報告を上げた。

「セイラ様……! リヴィエール近郊の偵察から、報告が……!」

「言え」

「はっ……その……ブラットレイン様が……」

 沈黙。
 誰も息を飲むことすらできない。

「……降伏し、涙を流していたとのことです」

 部屋の空気が凍りついた。
 まるで全員が時間ごと止まったかのようだった。

「……今、なんて言った?」
 
セイラの声が静かに響いた。

「ブラットレインが、降伏して……泣いた?」

 ルネイアでさえ、言葉を失った。
 マリエとシミラは目を見開く。

「そんな……馬鹿な。あのブラットレインが……情を見せるなんて」

「ありえない……冷血の化身だったはずよ……」

 セイラの口元が、ゆっくりと歪んだ。
 笑っている。しかし、その笑みは恐ろしいほど冷たかった。

「ふふ……ふふふ……。面白い。人間――健司、というのね。あなた、どこまで愉快なことをしてくれるのかしら」
 
その声に、マリエとシミラの背筋が凍る。

「健司、ねぇ……。血を、涙に変える男。悪くない。ああ、ゾクゾクする」
 
セイラは黒い椅子に腰を下ろし、頬杖をついた。

「ねぇ、ルネイア。どう思う? 私、少し……興味が湧いてきたわ」
 
ルネイアは慎重に言葉を選んだ。

「ですが、彼を直接狙うのは危険です。リヴィエールにはアナスタシア、ラグナ、そして他の強力な魔女が――」

「ええ、だからこそ面白いのよ」

 セイラの目が、蛇のように細く光る。

「でも、直接ぶつけるのは退屈。ねぇ――誰か、私の退屈を壊してくれる子はいるかしら?」

 その瞬間、円卓の向こう側で二つの影が立ち上がった。

 ひとりは、銀髪の女性。白い瞳を持ち、どこを見ているかわからないほど虚ろな表情。
 もうひとりは、全身が透明に近く、空気の中に溶け込むような姿。

「……メルガ。スルネ。」
 
セイラが名を呼んだ。

 銀髪の女性――魂の魔女メルガが微笑む。

「セイラ様。私にお任せを。魂を壊せば、どんな強者も二度と立てません」
 
透明の魔女――スルネが続ける。

「私は姿を消せます。狙うは、健司の周囲……彼に心を寄せる魔女たち。内部から崩して差し上げます」

 セイラはゆっくりと立ち上がり、二人に歩み寄った。

「なるほど……。魂と透明――感情と視覚、どちらも“見えない”ものを操る。ええ、ぴったりね」

 マリエが口を開く。

「ま、待ってください! 彼を狙うのはまだ――」
 
セイラが片手を上げた。

「マリエ、あなたはもう十分楽しませてもらったわ。次はこの子たちの番よ」

 スルネが、氷のような声で言う。

「ターゲットは、健司の仲間。愛する者たちを疑わせ、壊していく。信頼を奪えば、彼の心は崩壊する」
 
メルガが続ける。

「そして、最後に……彼自身の魂を、いただくわ」

 セイラは妖しく笑った。

「いいわ。リヴィエールを、もう一度混沌に染めてちょうだい」

 その命が下された瞬間、部屋中に冷たい風が吹き抜けた。
 ホワイトヴェルの黒い塔の外、空は再び雷雲に覆われ、稲妻が夜空を裂いた。

 メルガとスルネは静かに跪き、低く囁く。

「健司……その優しさが、あなたの鎖になる」

 セイラの笑い声が、遠くまで響いた。
 ――新たな闇が、リヴィエールへと忍び寄る。
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