魔女達に愛を

リーゼスリエ

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アスフォルデの環③平穏

甘き幻想と、裏切りの代償

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霧が漂う夜の高台――
そこは、森を一望できる岩の上に築かれた古の遺構。

その中心に立つ一人の魔女。
紫と黒の装束を風にたなびかせ、銀の髪を背に流した女。

カテリーナ。
その瞳は森の奥、かすかに揺れる焚き火の光を見据えていた。

「……なるほど。こういうことだったのね、リセル」

小さく呟いた言葉には、怒りも嘆きもなかった。
あるのは、ただ冷ややかな失望と分析だった。

水晶球が脇に浮いており、そこに映るのは健司たちの姿。
クロエが健司の手当てをし、リセルが謝罪し、会話を交わしている。

まるで“旅の仲間”。
かつての“調停者”が、今や人間に寄り添い、かすかに笑っていた。

「甘い幻想……」

風が吹く。
カテリーナのローブが揺れる。

「そんな幻想が、現実を変えると思っているの? 魔女が人間と共に歩く? 笑わせないで」

その声には、抑えきれない冷笑がにじんでいた。

「健司……だったかしら。リセルを“女”に戻した男」

その名を呟いた時、彼女の眼差しが鋭くなる。

「あなたのせいで、彼女は“魔女”でなくなった。……それは、組織への反逆よ」

そのとき――

「……私もそう思う」

静かな声が、後方から響いた。

カテリーナが振り向くと、数人の魔女を引き連れた女が姿を現していた。

深紅の髪。鋭い目つき。黒金のドレスに身を包み、毅然とした態度で現れたその女――

エルネア。
アスフォデルの環の幹部であり、カテリーナの盟友の一人。

「カテリーナ。監視報告は受け取ったわ」

「ご足労、感謝するわ。……どうやら、あなたの元部下が“完全に堕ちた”みたいね」

「リセル……っ!」

エルネアはその名を口にすると、目に炎が灯った。

「まさか、本当に人間に心を許していたなんて……しかも、“あんな顔”をするなんて」

「“女の顔”ね」

カテリーナは頷いた。

水晶球の中、リセルが健司に微笑みかける姿。
かつての“調停者”にあった冷静な威圧感や誇りは、もうそこにはなかった。

「彼女は……もう、魔女じゃない。私たちと歩んだ時間を、自分で踏みつけたのよ」

エルネアはぎり、と歯を噛みしめる。

「私は、あの子を信用していた。どんなときも闇の均衡を守り、感情に流されることのない者だと……」

その拳が震える。

「なのに、いまの彼女は――人間の男に庇われて、頬を染めている。ふざけてる……っ!」

背後の部下たちがざわつく。
彼女らもまた、リセルを尊敬し、信じていた者たちだった。

「どうしますか?」

ローザが問いかける。

エルネアは一瞬、黙した。
そして――静かに答えた。

「粛清する」

一同に緊張が走る。

「もはや、彼女は私たちの敵。組織の情報を知り、人間と行動を共にする裏切り者。……ここで処分しなければ、次は私たちが崩れる」

カテリーナは、うなずきながら言った。

「“感情”は、時に秩序を壊す毒になる。魔女は強くなければいけない。優しさや恋情は……その強さを鈍らせる」

「それに、彼女はもう“覚悟”を失っている。命を懸けてでも、魔女のために動こうとは思っていない」

「だから、“始末する”しかない」

エルネアは、静かに命じた。

「ヴェリシア、ローザ。次の任務に備えなさい。リセルを“連れ戻す”のではない。“消しに行く”のよ」

その言葉に、部下たちの顔色が変わった。

「……はっ!」

命令は絶対だった。

しかし、カテリーナはふと視線を水晶に戻した。

「……けれど、気になるわね」

「なにが?」

「健司という存在。人間でありながら、彼女の心に火を灯した男」

水晶の中、健司はリセルの手を取り、「君と一緒に町を作ろう」と言っていた。

その言葉が、リセルの目に希望を灯していたのを、カテリーナは見逃していなかった。

「……もし、彼の言葉に力があるとしたら?」

「ありえない。人間が魔女を変える? 幻想よ」

「でも、リセルは変わった。――ならば、あの男には、“言葉の魔法”があるのかもしれないわ」

「まさか、あれを脅威だと?」

「……だからこそ、観察すべき。彼が“ただの優しさ”で動いているなら、すぐに潰れる。でももし、真の力を持つなら――彼は私たちにとって、最大の障害になる」

エルネアは眉をひそめた。

「ならば、そのときは――“町ごと”消すしかないわね」

沈黙が落ちる。

冷たい夜風が、魔女たちの黒衣を揺らしていた。

その視線の先には、焚き火の光がほのかに揺れていた。

まるで、希望の灯のように。

だが、それを睨む目には、もはや“慈悲”という言葉はなかった。

「動き始めましょう。次の夜が来る前に」

カテリーナの声が静かに響く。

夜は、再び動き出す。

そして、幻想と現実が交差する新たな戦いが始まろうとしていた――
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