婚約者の恋

うりぼう

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本戦が始まり、一回戦は何とか勝てた。

だがその次、三日目の二回戦。
相手はアーシャという同級生。
さらりとした金髪が眩しい美少年だ。
緑色の瞳は俺と同じ緑とは思えない程明るく輝いている。
そんな彼に。

「エル・クレイグ……!」
「え?」

始めて会うはずなのに、真正面から対峙した瞬間に物凄い勢いで睨まれた。

(初めまして?だよな?)

なのに何故こんなにも憎しみのこもった目で睨まれているのだろうか。
俺が恨まれる理由といえばダリアの件くらいしかないのだが……
ダリアに心酔している人の一人だろうか。
数がいすぎて個人を覚えていられないんだよな。

アル達は身近だったから覚えていられたけど。
首を傾げつつも、始めの合図と共に試合が始まる。
アーシャは相変わらずきつく俺を睨み付けたまま、最初から全力で叩き潰しにかかってきた。

「うっわ」

アーシャを中心に竜巻のような風の塊が出現し勢い良くこちらに向かってくる。
何とか避けるが、当然それで済む訳がない。
左に避ければ地面が蠢き、右に避ければ今度は空から水の槍が降ってくる。

(こいつ、めっちゃ凄い!)

矢継ぎ早に繰り出される攻撃に思わず感激する。
感激してる場合じゃないのはわかっているけれど純粋に凄いと思ってしまった。

「……何だ、避けるだけなんて大した事ないじゃん。何でこんな奴……!」

自分の起こした風ではっきりと見えるようになったアーシャは顔を憎々しげに歪めている。

その言葉から察するに、やはりダリア関係だろうか。
大方、何でこんな奴と一緒にいるのか、こんな奴に惹かれているのかといったところか。
確かにダリアに比べたら全然全く実力が追い付いていないけれど、それはそれ、これはこれである。
誰と誰が一緒にいようがお互いが納得しているのであれば外野にとやかく言われる筋合いはない。

それはさておき、俺もやられてばかりではいられない。
飛んでくる水の矢を風で吹き飛ばし、今度はこちらから攻撃を仕掛ける。
某モンスターを集めるアニメの黄色い可愛いのを思い浮かべながら両手にバチバチと電気を集め、アーシャの矢を真似して一気に放った。

「ふん、こんなもの」
「おお、すっげ」

あっさりと払われた電気の矢にまたも感心。
なんだろう、簡単にあしらわれて危機感を持つべきなのに何だか楽しい。

予選が二回ともあっさり終わってしまったからだろうか。
まともに試合をしている感じでものすごく楽しい。
ダリア達との試合形式の練習も楽しかったが、あくまで練習だったからな。
ちゃんと対戦出来ていると実感出来るやりとりが楽しくて仕方がない。

「何、ニヤニヤしてんの!?そんなに余裕!?」
「あ、ごめん楽しくて」
「楽しい!?この……!」

俺のセリフにかちんときたらしいアーシャの眉間の皺が更に深くなる。
楽しいは禁句だったか。
真剣勝負の最中に楽しいと言われればかちんともくるか。

お互いの魔法をぶつけ合いながら、気が付けばだんだんと距離が近付いていた。
どちらの魔法が先に破られるかで勝負が決まるだろう。
これ、このまま弾かれたらかなりの勢いで吹っ飛んでいくだろうなあ。

でもやっぱり楽しい。
知らなかった、俺こういう時に笑っちゃうタイプだったんだな。
自覚出来るくらいに笑みが止まらない。
傍から見ると気持ち悪いだろうなと思いながらも止められない。

「笑わないでよ!」
「ごめん、無理」
「っ、ほんとに、何でリュイさんは……!」
「え?リュイさん?」

ここで思いもよらぬ名前が出てきてきょとんとする。
危ない危ない、一瞬力が抜けそうになってしまった。
何でリュイさんが出てくるんだ?
え?もしかしてダリアじゃなくてリュイさんが原因?

「僕の方がずっとずっと好きだったのに……!何でアンタなんか……!」

マジか。
こんな所でも思いもよらぬ告白に驚きつつも手は緩めない。
というよりも俺とリュイさんはただの先輩後輩なのだが、何故こんなにも憎まれているのだろうか。
好きなら好きで良いじゃないか。

(あれ、待てよ?もしかして……)

はたとひとつの可能性に気付く。

(もしかして、リースと同じ勘違いしてる?)

ありえない話ではない。
リースも誤解してたのだから、アーシャも誤解しててもおかしくない。

「大体、ずっと見てたけどリュイさんがいながらあんなに王子といちゃいちゃするなんてありえない!」
「いちゃいちゃ!?」

いちゃいちゃなんてしてませんけど!?

「試合見ながら寄り添ったり『あーん』したり……ありえないありえない!」
「それめっちゃ誤解!」

確かに試合は二人で見たけど寄り添ってなんていないし、『あーん』もしてない!
あれは俺の手を勝手に取ったダリアが悪い。

ん?待てよ?ずっと見てた?
もしかしてあの時感じた視線はこいつのものだったのだろうか。
その可能性が高い気がしてきた、というよりも確実にこいつしかいないな。

「アンタなんかにリュイさんは渡さない!」
「いや、そう言われても……」

渡さないと言われても貰う気がないのだから困ってしまう。
誤解を解きたいがこの状況じゃ落ち着いて説明も出来ない。

(全く、どいつもこいつも)

恋は盲目というが盲目すぎるにも程がある。
いや、こんな短期間で二人も誤解する人がいるのならむしろ俺が態度を改めるべきなのだろうか。
普通に接してるだけなんだけど。

「絶対、絶対……!」
「!」

ふいにアーシャの魔力がふれ始めた。
ぶつかり合っているからかなりの魔力を消費しているのは間違いないが、恐らく感情が昂りムラが出来てしまったのだろう。
これは畳みかけるチャンスだ。

「そりゃ!」
「っ、うわああ!?」

アーシャの力が一番弱くなる瞬間を狙って真横に避けた。
お互い同じくらいの力で拮抗している時に突然片方の力がなくなると、力をかけていた方のバランスが崩れる。

案の定、アーシャはバランスを崩し元々俺が立っていた場所へとつんのめる。
そこへアーシャの後ろに回り魔法をかけ、強い風でその背中を押した。
一度つんのめったアーシャはその勢いに逆らえずそのまま場外へ。
そちらに行くまいと抵抗していたが一度途切れた魔法は勢いがなく、そのまま押し出されてしまった。

「よし!」

アーシャが場外に出た瞬間歓声が響き渡った。
場外へと出てしまい呆然と佇むアーシャに近付く。

「アーシャ」
「……っ」

声をかけるとアーシャはその場でぼろぼろと涙を流していた。

「え!?ちょ……!」

さすがに泣いているとは思わず驚く。

「魔法でも、勝てないなんて……!」
「いや、待って、ちょっと待って!」

目の前で泣かれると困ってしまう。
周りは負けて悔しがっていると思ってくれているようだがこのままにしておけない。
というか美少年が泣く姿めちゃくちゃ可愛いな。
同じくらい庇護欲もそそる。
男に興味なくても思わず喉が鳴ってしまいそうなくらいに可愛い。

それにアーシャの正々堂々とした性格は嫌いじゃない。
やろうと思えば俺を呼び出して影でどうにかこうにかしようと思えば出来たのにしなかったんだもんな。
何度も呼び出しを喰らった身としては大変好ましい。
という訳で早めに誤解を解いておこう。

「エル、どうしたんだ?」
「王子」

ちょうど頭にユーンを乗っけた王子もやってきたので、王子と共にアーシャの手を取る。
思った以上に大人しくついてきてくれるアーシャにホッと胸を撫でおろす。

「?アーシャは何故泣いているんだ?」
「かくかくしかじかで」
「何だそれは」
「色々あるんです」

道中かくかくしかじかの中身を説明しながら人混みをかき分け、人目のない場所まで連れていった。
何故自分も連れていくんだとは聞かれなかった。
単に俺一人が説明するよりもダリアがいた方が説得力が増すと思っただけなんだけど。
途中飲み物を買っておいたのでアーシャに渡す。
ここに来る間に涙は止まったみたいだ。

「落ち着いた?」
「……ごめん、ありがと」

おお、素直。
あんなに敵意剥きだしだったからいらないって言われるかと思ったけど良かった。

「それで、リュイさんの件だけど」
「……何」

少しだけ声が低くなる。
美少年からのその対応傷付くわー。
俺は断然美少女の方が好きだけど。

「誤解だから」
「は?何が?どの辺が?アンタが誑かしてる事に変わりはないでしょ?」

ダリアの前でもガンガン突っ込んでくるところが更に好感度アップだ。
リュイさんしか見えてないからかもしれないけど、俺を敵視するのはダリアの前では猫被って擦り寄ってくるような奴らばっかりだったからなあ。

「誑かしてないから」
「でも、二人で出かけたりしてたじゃん!デートでしょ!?」
「デートじゃない。ただの先輩後輩なんだから出かけるくらいするだろ」
「じゃ、じゃあ家に行ったのは!?」
「それは……」
「あれは街に連れてってくれたお礼に食事をご馳走しただけ」
「だからそんなの恋人じゃん!リュイさんだけじゃ足りないっていうの!?だから王子にも手出してるんでしょ!」
「だから、違うって……」

溜め息を吐きながらダリアの事もリュイさんの事もかいつまんで説明する。

「リュイさんとは正真正銘のお友達。そこに愛だの恋だのはない」
「そうなの?」
「……そう思っているのはお前だけだと思うがな」
「何か言いました?」
「いや、何でもない」

ダリアがぼそりと呟いたセリフは聞こえなかった。
ダリアはそのままアーシャに向き直り、俺の援護射撃をしてくれた。

「アーシャ、安心すると良い。エルはいずれ俺が口説き落としてまた俺の婚約者になる予定だ。竜舎の奴とどうこうなる事は絶対にない」

訂正、援護射撃じゃなかった。
人を後ろから撃たないでくれますかねこの王子。

「何勝手に人の将来の予定立ててるんですか」
「そう言っておいた方がこの場合丸く収まると思うが?」
「……確かに」

小さい声でダリアに抗議をするが、そう言われると確かにその通りだ。
かなり物申したいが仕方がない。
ここで誤解されたままだとリュイさんにも迷惑がかかるからな。

「……本当?」
「…………………………そう、みたい」
「何その間」
「そうです、その通りです」

また疑われそうなので今度は即座に頷く。
ダリアとの婚約云々は置いておいて、リュイさんをどうこうしようとしているという誤解だけなくなれば良い。

「そもそもリュイさんが俺なんかに弄ばれる訳ないだろ?」

全くリースと良いアーシャと良い妙な誤解ばっかりするんだから。
何度も言うがこんな平々凡々群衆に埋もれてしまえば見つけるのも困難な地味男があんな素敵な人を弄べる訳ないだろう。
中身は大人だろうって?
無駄に年齢だけを重ねただけで俺の恋愛スキルはほとんどゼロだ。
自慢出来るような事じゃないけど。

「……そっか、そうなんだ」

ぽつりと呟き渡した飲み物を一口飲むアーシャ。

ダリアからの後押しが効いたのだろうか、納得してくれたようだ。
うん、やっぱり素直だな。
ちゃんと話せばちゃんとわかってくれるし。
良い子だなあと近所のおっさんのように思ってしまう。

「誤解してごめん、後の試合も頑張ってね。それとこれも、ありがとう」

アーシャはそう言ってあげたカップを少しだけ持ち上げ、頭を下げ立ち去っていった。
うん、やっぱり良い子だ。

それにしてもリュイさんかあ。
リュイさんが好きなのかあ。
そうだよなあ、あんなに良い人いないもんな。
カッコイイし優しいし気が利くし面倒見が良いし、なんといっても俺の中の娘のお婿さんにしたいナンバーワンだもんな。
甘酸っぱいなあオイ青春だなあオイおじさんには眩しくてニヤニヤが止まらない。

「……エル、余計な事はするなよ」
「何ですか余計な事って」
「あの竜舎の奴とこいつの仲を取り持とうとかそういう類の事だ」
「え、何でですか」

何でわかったのだろう。
でも余計な事するなって、おっさんにも恋の甘酸っぱさをもっと感じさせてくれよ。
おっさんだって恋を見守りたい時があるんだよ。
特にこういうまっすぐな性格の子のは見ててじれったいけど楽しいんだよ。

「絶対にするな」
「……わかりましたよ」

再度強く言われ、不本意ながらも頷く。

仕方がないか。
ダリアが言いたい事もわかる。
変に手を出すとこじれる場合もあるとわかってるし、むしろ余計なお世話になる場合もあるとわかってる。
それに俺にどうこう出来る問題じゃないと思うし、アーシャなら自分でどうにかしたいと思うに決まってるし。

「話聞くだけにしておきます。そのくらいなら良いですよね?」
「そのくらいなら俺に止める権利はない」

それを言うなら俺の行動を止める権利もないんだけど、それは言わないでおこう。
今度アーシャにリュイさんとの馴れ初めでも聞いてみようかな。
俺とまた話してくれるかどうかはわからないけど、あの調子だときっと話してくれそうな気はする。

(ちょっと楽しみだな)

新しい友達が出来そうな予感にひっそりとほくそ笑む。

その傍らで。

下手に口出ししてあいつがエルに告白でもしたらどうするんだ全く、こいつは危機感が足りない、足りなさすぎる。

なんていうダリアの心の声は、当然ながら俺の耳に入る事はなかった。



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