王子の恋

うりぼう

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(ノエル視点)





(歌って、だって、それは……)

アスターから言われた事に目を見開く。

二度と歌うなと。
冷たい視線と態度でそう言ったのは、他でもないアスターだ。
それを何故今更蒸し返すのか。
俺の疑問に満ちた視線に、アスターは気まずそうに続ける。

「その、以前言ったことは忘れてくれ。あれは本意ではなかったんだ」
「……」

本意ではない?
歌を禁じたのが?

それにしてはかなり強く、はっきりと拒絶された気がしたのだが……

「それに、シャノン王女が素晴らしいと褒めていただろう?以前偶然聞いてしまった時はきちんと聞けなかったし、もし良ければ……」
「……っ」

シャノン。
またシャノンか。
その口から出た妹の名に胸が激しく傷み出す。
これはただのきっかけに過ぎない。
アスターがシャノンを好きだというのは今更の事実。
わかってはいた。
わかってはいたけれど……

(やっぱり、俺に優しくしてたのは……)

見え隠れするシャノンの影。

こうして二人で過ごしている間に僅かな希望を抱いてしまっていた。
もしかしたら自分の事を少しは気にかけてくれているのかもしれない。
興味を持ってくれたのかもしれない。
自分を、少しでも見てくれるようになったのではないかと。
そう思っていたのだが。

(……所詮、影は影か)

自分は陽の目を見る事はない。
俺を通して彼が見ているのは可愛い可愛いシャノンの姿だ。
どんなに望んでも、アスターが自分を愛する事などないのだと現実を突きつけられた気がした。

「……歌は、もう歌いません」
「……何故だ?」

何故だなんて、アスターに言われるとは。
歌を禁じたのは他でもないアスターではないかとひっそりと溜め息を吐く。
だが既に忘れてくれ本意ではないと言われた今、それを本人に突き付ける事はしない。

「もう、誰にも歌わないと決めたんです」
「誰にも?」
「誰にも」

きっぱりと告げると、アスターが僅かに眉を寄せた。
あの時シャノンに歌ったのが最後だ。
もう二度とない。
現に、あれから俺は一度も歌っていない。

「しかし……」

納得しなさそうなアスターに更に言葉を続ける。

「……アスター様、俺には好きな方がいます」
「……何?」

ぽつりと告げた言葉に、今度はアスターが目を見開く。
それもそうだろう。
いくら形だけとはいえ、自分の妻に好きな人がいると告げられたのだ。
眉を寄せるアスターから視線を逸らす。

「その方に……」
「まさか、そいつのために歌わないというのか?」
「……はい」

皆まで言う前にアスターは勘付いてそう言う。
その相手というのもアスター自身なのだが、それには気付いていないようだ。
一時は諦めようと思った。
もう諦めたはずだった。
でも気が付くと目で追ってしまう。
近付くと触れたくなる。
触れて欲しくなる。

「俺の歌は、全てその方に捧げると決めているんです」

本意ではないと言われても、あの時言われたあの言葉は確実に彼の本心だった。
俺の歌など聞きたくないと、一瞬でも本心でそう思ったのだろう。
今更本意ではなかったと聞いたところであの時受けた傷は消えない。

「そんなにも、想っているのか?」
「……はい」
「誰だ」
「言えません」
「言えないような相手なのか?」
「……はい」

貴方だと伝えられたらどんなに良いだろうか。

「そんな相手のどこが……」
「……その方の腕の中はどんなに心地いいのかと、想像してしまうんです」
「……っ」

目の前にいる相手を目の奥に思い描く。
想像の中のアスターは、いつも俺に優しい目を向け穏やかな声で名前を呼んでくれる。
そっと身体を包み込み、俺だけだと、俺しか見えないのだと熱を込めて告げてくれる。

「手を重ねて、微笑み合って、同じ方向を見て歩けたらどんなに幸せなんだろうかと。ただ傍にいるだけで、一目見れるだけで嬉しくて、何度も会話を思い出して、その表情を思い出してしまうんです」

誰とは告げずに想いを吐露すると、静かに俺の言葉を聞いていたアスターが口を開いた。

「何故求めない?何故気持ちを伝えない?」

その言葉に、やはりこの人は自分の心に他の人がいても平気なのだと実感する。

気持ちを伝える事など出来ない。
求める事など到底出来るはずもない。
誰かに何かを求めることを許されなかった。
自分に気持ちが向いていない相手を望むこと程難しい事はない。
自分の手元には何も残らない。
自分の事は誰も見てくれない。
いくら望んでも、それは叶えられないのだとわかっている。

ましてやそれをアスターに望むなど恐れ多い。

「こちらに気持ちが向いていないのに、他に好きな相手がいる方に何を望めば良いのでしょう?」
「他に、好きな相手だと?」

目の前の視線が鋭くなったのを感じる。

「そんな奴がいいのか?他に好きな相手のいる、お前の事などこれっぽっちも視界に入れていない、そんな相手が……!」
「……はい」
「……ッ」

怒り出したアスターに、静かに頷く。
どうしてアスターが怒るのだろうか。
仮にも妻に他の想い人がいたから?
でもそれならアスターだって俺とは別の人を心に住まわせている。
例えシャノンしか見えていないとしても、俺の心にはアスターしかいない。
アスターだけが欲しい。
それは確かな想いだ。

(これで、終わりだな)

何とも思っていない相手だろうが、自分の妻が他の男に心を奪われているなど許せないだろう。
外聞も悪い。

この後は離縁され、リーベルに帰され、やはりお前ではダメだったかと見放されるか。
それともこちらの後宮に押し込められるだろうか。
どちらにしろ後ろ指を指されながら一人寂しく生涯を終える事になるだろう。

アスターから突き付けられる最初の一言は一体何だろうか。
きっと自分を傷付ける一言に違いない。
いや、それすらも言う価値がないと思われているだろうか。
どんどんと下へ下へと向かう想像。

覚悟を決め、じっと床を睨み付けていると……

「……え?」

ふいに影がかかり、肩に手を置かれる。
顔をあげると思った以上に近くにアスターの顔があった。

「……っ、アスター様?」
「それなら俺で良いだろう」
「……え?」
「俺にしておけ」
「何……ッ!?」

その意味を理解する前に、アスターの唇が俺のそこを荒々しく塞いだ。



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