現代物短編中編

うりぼう

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小指の先

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※美形×普通
※赤い糸





ある日突然、小指に赤い糸が見えた。

「……え?」

何これ。
何だこれ。
赤い糸?誰かイタズラでつけたのか?

そう思って外そうとするが何故か赤い糸は掴めない。
糸を掴んだはずなのに指先に触れるのは自分の肌の感触のみ。

「は?」

え?何で?
何で触れないんだ?
どうなってるんだ?

そう疑問に思うのは当然だ。
しかもしかも、その赤い糸の先には……

(……嘘だろ)

羨ましい程の長身に逞しい身体。
ガラスで出来てるんじゃないかと思うくらいに澄み切った瞳は同じような茶色のはずなのに自分達とは輝きが全く違う。
人当たりも良くテストでも常に上位、恵まれた身体はもちろん運動にも適していて体育の授業中は女子全員の目がハートになってしまうほど。

そんなクラス一、いや学校一の色男である伊藤周(いとうあまね)がいた。

(いやいやいやいやいや何これ?は?幻覚?何で伊藤と繋がってんの?どういう事?)

目を擦っても何度閉じたり開いたりしてみても赤い糸はそこにある。
そして何度触ってもさっきと同じように触れないし伊藤に繋がっているし見えるしやはり触れないし、ああもうどうしたらいいのかわからないけどとにかくオレは混乱している。

「五十鈴、どうした?さっきから小指触って」
「……これ、見える?」

五十鈴裕人(いすずひろと)ことオレを不思議そうに見つめる友人に小指を立てて聞いてみる。
こいつは嘘を吐くのが驚く程下手くそだから嘘を吐いていたらすぐにわかるはず。

「?何?小指?」
「赤いやつ、見えない?」
「???何言っちゃってんの?何もついてないけど?」 

きょとんと目を瞬かせるその様子に嘘は全く見当たらない。
ということは……

(これ、オレにしか見えないってこと?)

てことは信じたくないけれどこれはあれか。
いわゆる運命の赤い糸というものか。

(いやいや待て待て落ち着けオレ運命の赤い糸だとしてそれが伊藤に繋がってるのっておかしいよな?絶対おかしいはずだ、うんおかしい)

いわずもがなオレも伊藤も男だ。
しかも伊藤は超のつくモテ男。
対するオレはこれまでのんびりぼんやり生きてきた
だけの地味な男だ。
テストは真ん中から下を行き来しているし運動神経は壊滅的だし少し人見知り入ってるし人生でモテたことなど一度もない。
接点といえば同じクラスであるというだけ。
話した事も数える程しかない。

そんな奴とオレが赤い糸で結ばれてる?
は?

「ありえねえだろ……」

思わず頭を抱えてしまったのは言うまでもない。

(なんで伊藤なんだ?)

伊藤はいつも男女とも派手な人達に囲まれている。
どの角度から見ても男前な顔。
神様の不公平さを嘆きつつ伊藤の方を見ると。

「あ……」

ばちりと視線が交わる。
こちらの視線に気付いたというよりは、ずっとこちらを見ていたような……?
とっさに目を逸らそうとするが、その前に。

「!」

伊藤がふわりと微笑んだ。
天使も裸足で逃げ出す程眩しい微笑みに教室の端々から小さく悲鳴があがる。

微笑みひとつでこんなにも周囲の注目を集めるとはさすがだ。
ていうか、何故微笑んだ?
ん?待て、おまけにこっちに近付いてきてないか?

「おおおおい、伊藤くんがこっち来るんだけど」
「気のせいじゃね?」
「いや気のせいじゃないっしょ!五十鈴なんかした?」
「してない、断じてしてない」
「じゃあなんでずっと五十鈴のこと見てんだよおおお?」
「こっちが聞きたい!」 

そもそも接点がないのだから何もしようがない。
友人と二人、近付いてくる伊藤に戦々恐々とする。
なんといっても地味人間二人だ、人気者の色男に免疫がなさすぎる。

こちらに向かってきているのが気のせいかなとも思ったが伊藤はあきらかにこちらを見ている。
途中で曲がらないかなとも思ったがまっすぐに向かってきやがった。

「五十鈴」
「っ、な、なに?」

あっという間に目の前に立った伊藤。
名前を呼ばれてした返事がどもってしまったのと少し声が上擦ってしまったのには気付かないフリをして欲しい。

頭の中は更に混乱している。
何でこっち来た?
何でそんなににこにこしてこっち見てる?
何の用だ?

「ちょっと良い?」

頭の中いっぱいに浮かんだはてなが、伊藤のセリフによって更に増えていった。









(いやいやいや、何素直についてきちゃってんのオレ)

伊藤に促されるまま、騒めく教室を出て空き教室へとやってきた。
何だろう、何の用事があるのだろうとびくびくしていると、がっしりと赤い糸のついた方の手を両手で包まれた。
これはさすがに驚く。
ていうか指長いなおい!

「え!?何!?」
「やっと見えるようになったんだね!」
「……は?」

きらきらと目を輝かせる伊藤。
やっと?
見えるようになった?
どういう事だ?

「赤い糸だよ、見えてるんでしょ?」
「!伊藤も見えるのか!?」

なんと!
伊藤も赤い糸が見えていたとは驚きだ。 

「見えるよ」
「いつから?」
「入学した頃からかな。いきなり見え始めたんだ」
「そんなに前から?」
「うん、ずっと見えてた。だから五十鈴くんも早く見えるようにならないかなってずっと思ってたんだ」
「え?何で?」
「見えたら意識してもらえるでしょ?」
「意識?」
「そう、意識」
「それは、どういう……?」

聞きたいような聞きたくないような。
知りたいような知りたくない方が良いような。
多分聞かない方が良いし知らない方が良いと思うんだけど、考えるよりも先に口が動いていた。

伊藤はオレの質問にぽっと頬を染めた。

(……ん?いやいや何故赤面?)

ここで顔を染める意味がわからない。
それにしても随分と綺麗に赤くなるもんだ。
肌がぴかぴかだからだろうか。
色気が半端ない。
いやいやそうじゃない、伊藤の色気に当てられている場合じゃないんだ。

「……五十鈴くんが、好きだから」

そっと視線を外して照れながら告げられたセリフに目玉が飛び口がぽかんと開かれる。

「一目惚れだったんだ。ずっと可愛いなって思ってた」
「ひ、か、は???」

一目惚れ。
可愛い。
自分には到底縁がないと思っていた単語である。

「だから五十鈴くんにも見えるようになって嬉しい!これって運命だよね!」
「ぎゃっ!?」

手を離されたが今度はぎゅっと抱きしめられる。

「ちょっ、待て待て待て待てーい!!」
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃない!!何してんの!?」

あっぶねーすげえ良い匂いするこいつ、うっかり流されそうになっちまったあぶねー。
両手を突っ張り伊藤から離れる。
しゅん、と子犬のように眉を下げる伊藤。
そんなしゅんとした顔するな!
オレが悪いことしてるみたいだろ!

「ていうか、運命ってなんだよ!?」
「え?運命は運命だよ、オレ達赤い糸で結ばれてるんだよ?お互いが運命の相手なんだよ」
「いやいやいやいやいや」

なんの疑いもなくさらりと告げられ首を横に振る。

確かに赤い糸で結ばれているのだからお互い運命の相手なのかもしれないがちょっと待て。
伊藤よ、お前は大事なことを忘れている。

「オレ、男だぞ?」
「だから?」

だから、ときたか。
だからも何もない、結構大変な障害だと思うぞ男同士というのは。

「関係ないよ、オレは五十鈴くんが好きだもん」
「お、おう……」

さっきは恥じらいが見えたのに今はさらりとそしてはっきりとそう言われた。

「えっと、伊藤はほもの人なの?」
「そうみたい。自分から好きになったのは五十鈴くんが初めてだからまだわからないけど」
「初恋!?」

嘘だろこんな色男が。
ああ、でも色んな人に囲まれてはいるが特定の誰かと付き合っているという話は聞いたことがない。

「オレ、五十鈴くんに会うまで自分は人を好きになれない人間なんじゃないかって思ってたんだ」
「え?」
「色んな人から声掛けられたり、好きって言われたりしても全然心が動かなかったんだよね。でも五十鈴くんは違った」

せっかく身体を離したのに、また手を掴まれてしまった。
さっきとは違い、そっと壊れ物に触れるように包まれる。

「こんなにどきどきするの初めてなんだ。もっと話したいと思うのも笑顔が見たいと思うのも喜ぶ顔を見る為なら何でもしてあげたいと思うのも全部五十鈴くんが初めて」

話したいと言われてもほとんど話した事はないし、伊藤に笑いかけた覚えも全くない。
何かしてもらった事と言えば……そういえば科学の実験の時に道具片付けるの手伝ってくれたな。
でもそれだけだ。

「今までは我慢してたんだ。いきなり男に言い寄られても困るだろうし、オレの気持ちは五十鈴くんに100パーセント向かってたけど、五十鈴くんの気持ちはわからなかったし……」

人気者の伊藤に色々されたら周りからのやっかみが凄そうだ。
何もしてくれなくて正解だぞ伊藤。
オレは目立たず騒がず平穏無事な毎日を送りたい。

「自分でも不思議なんだよね、何でこんなに五十鈴くんが好きなのか」

そうだろうとも、当事者ですら疑問だからな。

「でも、それってやっぱり運命だからだと思うんだ」
「は?」
「だからね、これからは遠慮しない」
「…………は?」
「良いよね?だって両想いなんだから」

両おも……

「い、じゃねえから!!!」

本日二度目のあぶねー。

「あ、あのな、伊藤。両想いではないぞ?」
「……え?」

言った瞬間伊藤と表情が固まる。

「だから、オレは別に伊藤が好きなわけじゃ……」
「な、何で!?だってこうして赤い糸が……!」
「いや、うん、見えるよ。オレにもちゃんと見えてるけど、でも好きとかそんなんじゃ……」

ない、とははっきり言えなかった。
ごにょごにょと言葉を濁すと、あからさまに伊藤の表情が暗くなり肩が落ちる。

「……オレの事、好きじゃないの?」
「う……っ」

やめろ、その目はやめろ。
そんな風に眉を下げしょんぼりして少し潤んだ目に見つめられて震えた声でそう聞かれるとうっかり否定してしまいそうだ。

待て、血迷うなオレ。
人気者だな色気すごいな男前だなオレもこんな風になりたいな、という憧れはほんの少しあったけれどそれは断じて恋愛感情ではなかったはずだ。
そもそもオレは女の子が好きだったはず。
初恋は保育園のあけみ先生だ。
忘れるな!
オレは!女の子が!好き!
なのだが……

「……五十鈴くん」
「い、今はまだ!」
「え?」
「今はまだ、す、好きとかじゃ、ないかも、なー……なんて」

オレの馬鹿。
伊藤の表情に負け、はっきりきっぱりと言い切れずに思わずそんな風に濁してしまった。
本当に馬鹿。

途端に伊藤の表情が輝き出す。

「ってことはこれから好きになってくれるってことだよね!だって赤い糸で結ばれてるんだから!」
「いや、うん、いやあ、えー?」

はしゃぐ伊藤を尻目に目を泳がせる。
ああ、どうしよう。
今更やっぱり男は無理ですなんて言えない雰囲気だぞこれ。

「じゃあまずはお試しから。良く考えたらいくら赤い糸で結ばれてても順序は大事だよね」
「お試し?」
「うん、お試しの恋人同士。よろしくね、裕人。オレの事は周って呼んでね」
「……あま、ね」
「うん!」

名前を呼ぶとものすごく嬉しそうに笑う伊藤、改め周。
かなり選択肢を間違えた気がするんだが、絶対気のせいじゃないよなこれ?

突然見え始めた赤い糸の存在により、オレの生活はこの日を境にがらりと一変する事になってしまった。




終わり 
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