逃げるが勝ち

うりぼう

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朝。
制服とスーツ姿の目立つ駅前にて。

「よう」
「……げ」

目の前に立ちはだかる男に思い切り顔をしかめた。

男の名は春日。
羨ましい程の長身に逞しい体躯、そしてつり上がった一重の瞼。
天然なのだろうか、緩くウェーブのかかった栗色の髪が目にかかり、ニヤリと笑む姿はマジで人一人くらい葬っていてもおかしくないくらいに凶悪。
現に周りの何人かは顔を青くしてそそくさと距離を取り足早に立ち去っている。

朝っぱらから心臓に悪い事この上ない表情に溜め息を吐く。
心中を例えるならば、うんざり、である。

「またいるのかよ」
「ったりめーだ。今日こそ頷かせてやる」
「だから何回来たって頷かないっつってんじゃん」
「うるせえ。好きだっつってんだ。付き合え」
「無理だって」

このやりとりも今日で何度目になるのだろうか。

それにしても相変わらずセリフと表情がこれっぽっちも合致していないぞ春日。
そんな睨みをきかせてするのは本来喧嘩や脅しの時であって人に愛を囁く時では決してないはずだ。

(ていうか何でオレ……)

再び溜め息が漏れる。

もうお気付きだろう。
この春日という男、何を思ったか同じ男であるはずのオレが好きだと、なんともまあふざけた事をこの二週間毎日毎日目の前にやってきてはしつこく繰り返している。
きっかけなんてわからない。
学校が違うし、接点も何もないこいつがいつどこでオレに目をつけたのかもわからない。
初めて声を掛けられた時はその迫力にびくりとしてしまったけれど、見た目が怖くてどもっていたのなんて最初の二、三日だけ。
あとはもう呆れの方が先を行ってしまっているのが現状。

というか正直うざい。
その都度断っているのだから、いい加減諦めてはくれないだろうか。

「無理ってなんだよ頷けよ」
「仮にも好きな相手に対してその脅しってどうなの」
「知るか。さっさと受け入れねえお前が悪いんだろ」
「自己中もそこまで来ると表彰ものだな」
「良いから流されちまえよ」
「嫌だ」
「ちっ、相っ変わらず強情だな」
「褒めてくれてどーも」
「オンナはもっと素直な方が可愛いぜ?」
「オレのどの辺を見てオンナとかほざいてんのか知らないけど、可愛くなくて良い」
「ばっか、違ぇよオンナっつーのは……いや、まあ良いか」
「?」

言いかけて、もごもごと口に手を当て自己完結しやがった。
何だ、気になる……けど聞いてはいけないような気
がするので聞かない事にしよう。
大丈夫、きっと知らなくても良い事に違いない。
世の中には自分が知らなければならないことはたくさんあるが、知らなくても良いことももちろんある。
この件を掘り返すと自分にとって都合が悪くなりそうだし嫌な予感しかしないから流そう。
右から左だ。
うん、それがいい。

とにもかくにも、このままこんな奴に付き合っていたら電車に乗り遅れてしまう。

「まあいいや。じゃ、オレ学校行くから」

と、木偶の坊の横をすり抜けて行こうとしたら。

「!」

無言のままデカイ手で腕を掴まれ、春日の左腕とオレの右手側がぴったりとくっつくように引き寄せられた。
身長差があって、目のすぐ真横に首筋がくるのが悔しい。

「このまま行かせると思ってんの?」
「離せ馬鹿力」

下手に抵抗しても適うはずがないのはわかりきっているので言葉で言うのだが。
やはりというか、即座に拒否された。

「やだね。今日はサボれ」
「嫌だ」
「嫌でもサボんだよ。ハイ決定」
「人の都合さっくり無視しないでくれますかね」

何様だこのやろう。
大体こいつだって現役バリバリの高校生のはずなのになんでこんなのんびりしてんだ。

「じゃあ離してやるから頷けよ。好きです付き合ってって言え」
「しつこいな。つかどこの乙女だそのセリフ」
「うっせ。嫌ならサボれ。今日はオレといろ」
「……」

遅刻は嫌だ。
けどこいつと一日一緒にいるのはもっと嫌だ。

少し考えて、仕方がないな、と溜め息を吐く。

「わかった、言うよ」

そう言うと春日の目が輝いた。
これだけで目輝かせるなよ単純かお前。
さっきまで睨みきかせてたたあの鋭い瞳はどこにいっちまったんだ。

「え、マジで?」
「マジ。だから手離せ。離さないと言わない」
「おう」

素直に腕を離す春日。
バカだなあ、このままオレが逃げたらどうすんだよ。

なんて思ったけど、今後この手が使えなくなったら困るから言わない。

少し身を離して春日と向き合い、こほんと咳払いを一つ。

「今から言うのはこの場限りの嘘で口から出任せ以外の何物でもありませんが、好きです付き合って。以上、バイ」

早口で一気にまくしたてて、余計な前置きで頭が混乱しているであろう春日にシュタ、と片手をあげてダッシュ。

「…………ってちょっと待てコラ秋吉いいいいい!!!!」

気付いた時には既に定期で改札を抜けた後。
切符を買わなければいけない春日が追い付く前に、オレはタイミング良くやってきた電車に飛び乗ればオッケー。

毎朝毎朝同じような手に引っ掛かっちゃってホント馬鹿な奴。

「降りてこい!!!」

無理だっつーの。

閉じた扉の向こうで怒鳴る春日に、にっこりと満面に笑みを浮かべてひらひらと手を振ってやった。








end.


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