一日だけの魔法

うりぼう

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魔法をかけた。
一日だけ効果のある、禁忌とされる魔法。
人の心を操ってしまうものだ。

(今日だけ、今日だけで良いから)

明日を過ぎて人でなしとなじられようと。
今以上に嫌われようと。
禁忌の魔法を使った事で処刑されようとも構わない。

あの翡翠の瞳に見つめられたい。
大きな手に触れたい。
身体を包まれ、唇を啄まれるのはどんな感触なのだろう。
腕の中は暖かいだろうか。
微笑む目元は優しいだろうか。
低く穏やかな声で呼ばれる俺の名は、どんな風に耳に響くだろうか。

(……いた)

あの人はいつものように大きな中庭のベンチに腰を掛けていた。
この国の近衛隊の隊長で、王からの信頼も厚い彼。
近隣にまでその美貌を噂され、引く手数多で常に周りに人がいるそんな彼が唯一ひとりになれる場所。
それがこの中庭だった。

最初に見かけた時、俺は緊張で何も話せなかった。
彼はここで誰かと過ごす事を良しとしないと知っていたから、頭を下げ足早に去ったのだ。

(こんな下っ端の雑用係なんて、彼が知っていたはずがない)

俺の存在は彼にとっては道端の石ころのようなもの。
だってあの後偶然にもまた見かけた時、きっと邪魔をしたと思われたのだろう、鋭い視線に射抜かれたのだ。
それからも視線は緩む事なく、彼が俺を見つめる目は依然として冷たいまま。

(そりゃそうだよな、こんな俺が、彼に好かれるはずがない)

けれど俺は彼に惚れてしまった。
中庭での一件よりもずっとずっと前。
この国に初めてきた時、トラブルに巻き込まれたところを助けられてからずっと目で追っていたのだ。

優秀な魔術師の叔父に連れられてやってきたものの、仕事はみんなの雑用ばかり。
しかも魔法とは全く関係のない洗濯やら掃除やら買い物やら。
こんな俺にも一応魔法は使えて。

(……まあ、だからあの人にもかけれたんだけど)

うまくいっているかどうかはわからない。
今日一日だけの効果といわれているが、俺の実力では効いていてもそんなに持つかわからない。

俺はゆっくりと足を踏み出した。
一歩近付く毎に、鼓動が少しずつ強く速く跳ね始める。

(あと、少し)

近くにいくのは恐れ多くて、少しだけ離れたところで足を止めた。

「……レイノ、様」
「!」

ぼそりと呼んだ声に、彼は弾かれたようにこちらを見る。
一瞬冷たくなりかけた瞳に、失敗したかと思ったが……

「ニコ」
「……っ」

次の瞬間、花が咲くように表情を綻ばせたレイノ様が俺の名前を呼んだ。

「こっちにきて」

レイノ様は俺をゆっくりと引き寄せ、ベンチの隣へと誘う。
思わず緊張して離れて座る俺を、レイノ様の手がぴたりとくっつくように引き寄せた。

「……!!」
「遠慮してるのか?恋人同士なんだからもっと近付いて」
「は、はいっ」
「ああ、もしかして緊張してるのか?」
「それは……」
「緊張しているニコも可愛らしい」
「……っ」

肩を抱かれ、こめかみにキスをされる。
それだけで体温が上がり頬が染まっていく。

「会いたかった。ずっと来るのを待っていたんだ」

俺の望んだ甘い声で。
俺の望んだ優しい瞳で。
俺の望んだセリフを言ってくれているのに、俺の心は満たされない。

「可愛いな、ニコ。ずっとこうして過ごしたいと思ってた」

ずっとなんて嘘だ。
俺が魔法をかけたから、魔法のせいでそう言わされているだけ。

「不思議だよな、今まではこの庭に誰かが入るのが嫌だったのに、ニコなら一緒にいて欲しい」

俺を好きになるように、俺だけを見てくれるように。

「こんなにも愛おしいと思う気持ちは初めてだよ」

俺が、レイノ様の心をムリヤリ曲げてしまったからだ。

「ねえニコ、私がここにいる時は隣にいてくれないか?」
「……俺がいても、いいんですか?」
「当たり前だ。ニコだからいて欲しいんだ」
「……っ、お邪魔では、ありませんか?」
「邪魔?どうして邪魔だなんて思うんだ?」
「それは……っ」

言葉に詰まる俺に、レイノ様は優しい笑みを浮かべて言葉を続ける。

「ニコは私に何をしても、何を言っても良い唯一の存在なんだから」
「俺が……?」
「そう、他の誰でもない、ニコだけに許してるんだ」

頬を擦る指先も。
優しい目も声も。

(全部、俺が望んだ事のはずなのに)

どうしてこんなにも胸が痛むのだろうか。

(どうして、なんて。そんなの決まってる……)

これは紛い物だからだ。
レイノ様の本心からの言葉ではなく、俺が言わせている言葉だから。
全部が全部、偽物なんだ。

「……ッ」
「ニコ?どうしたんだ?どうして泣いているんだ?」
「な、なんでもありません……っ、すいません」
「泣くな」
「……っ、すいません、レイノ様、すいません……!」
「何か悲しい事があったのか?」
「すいません、すいません……!」
「ニコ……」

ぐずぐずと突然嗚咽を零し始める俺の背中を、レイノ様が宥めるように撫でる。

「ニコ、どうしたら泣き止んでくれる?」
「っ……っ、う……っ」

困ったような声を出すレイノ様に、早く泣き止まなければと思うのに涙が止まらない。

「ニコ」
「……!!!」

顔にかかる影。
柔らかなものが目尻に触れ、次いで唇に触れそうになり、俺は慌てて距離を取った。

「だ、ダメです!」
「?どうして?ニコを慰めたいんだ」
「それでも、ダメです!」
「ニコ?」

立ち上がり、少しずつレイノ様から離れる。
後退りする俺に、レイノ様は訳がわからない様子で首を傾げている。

「どうした?どこへ行く?」
「ダメです、来ないで下さい」
「え?」

追い掛けて来ようとするレイノ様を制す。

(ダメだ、やっぱりこんなのダメだ)

魔法で心を手に入れた事に、自分自身が堪えきれなくなってしまった。

「い、今、俺に触れたら絶対に後悔します」
「後悔?」
「今のあなたは、本来のあなたじゃないんです……!」
「……どういう事?」
「魔法を……」
「え?」
「あなたに、魔法をかけました」
「魔法?」
「俺を好きになるように、今日一日だけの魔法をかけたんです……っ」

真実を告げると、レイノ様の目が見開かれた。

「すいません、ずっと好きだったんです……!レイノ様が、俺の事を嫌いなのはわかってます。ちゃんとわかってるんです」

わかっているけど止められなかった。

「でも、今日だけで良いから恋人として過ごしてみたかったんです。俺が望んだ事なのに、でも、やっぱりダメです。こんなの間違ってる」

何もわからないレイノ様につらつらと告げる。
そして……

「ニコ……?」
「『レイノ様、好きです』」
「……!」

俺は魔法を解除する言葉を言う。
万が一効果が長続きした時の為に作っておいたものだ。

「これで、終わりです」
「何……?」

俺はあの時と同じように、頭を下げその場から立ち去った。





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