消した番号消せない番号

うりぼう

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それから数日は何事もなく過ぎた。
いや、何事もなかったわけではないのだが、ユキを避ける以外はいつも通りだった。

ミヤに気をつけろと言われた事も記憶の奥底へといつの間にか追いやられていて油断していたといえばそれまで。
それは、本日最後の講義を受けに行くかと重い足取りで教室へと向かった時にやってきた。

講師が入ってくるかこないかギリギリのところで最後列のドアの近くに陣取る。
ノートやらシャーペンやらを取り出し準備をしているうちに講師がやる気なさげにやって来て、広い教室の角にまで届くよう備え付けられたマイクを手に、挨拶も出欠の確認もそこそこに淡々と話し始めた。

相変わらずの退屈な講義。
窓際の学生など照りつける太陽の熱に十分かそこらで舟を漕いでしまっている。
俺も相変わらずつまらないなあなんて思いながら、教室中に響く声にぼんやりと耳を傾けていた。

その時。

「……?」

ふいに影がかかった。
誰かが真横でこちらを見下ろすように立っている。
何だ一体誰だとその人物を仰ぎ見て……

「……!」

声にならない悲鳴が漏れた。
先日の電話とは比べものにならない驚いた。

「シマ」
「な……っ」

そこにはアイツが、ユキが立っていた。

講義の真っ最中に一体何をしているのか。
そんな当たり前の疑問も俺は抱けず、いつの間に纏めたのか俺の荷物を攫われ。

「話がある」
「なに……」
「ちょっと来て」
「ちょっ」

講師の声以外に何の音もなかったところへの押さえることのないユキの声。
逃げようとした手を素早く捕えられ、そのまま外へと連れ出された。

静かになった教室にガタガタと耳障りな音が響き。
何事かと驚き好奇の視線に混じり、ミヤがニヤリと笑った気がした。

その表情に『気を付けろよ』との忠告を思い出す。

こういう事か、と。
すぐに理解したけれど一体誰が講義の最中に連れ出されるなんて思うだろうか。

精々また家なりバイト先になり押しかけられて終わるのだとばかり思っていた俺は、突然の出来事に抵抗する術を思い出すまで暫く時間がかかってしまった。

「離せ!」
「嫌だ」

即答される。
怒っているような声音なのは気のせいなどではないだろう。

足を踏ん張るのに腕を掴む手は全く怯まない。
抵抗虚しく、静かな廊下をずるずると引きずられて歩く。
ユキが大股で進むものだから何度も躓いたが転ぶまでには至らず、つんのめりながら連れて行かれる。
大学の敷地の外に出ても手は緩むことはなく、周りの視線が痛い程に突き刺さってかなり恥ずかしい。

気が付けば見覚えのある建物が左右に並んでいて、どこに行くのか嫌でも気付いてしまった。

「い、やだ!どこ連れてく気だよ!」
「わかってるでしょ」

わかってるさ。
嫌という程わかっている。

だから嫌なんだ。

「ユキ」
「抱き上げられたいの?」
「!」

悪あがきをする俺にぽつりと告げるユキ。
こちらを見ようともせずにまっすぐ前だけを向いているのに、ちくりと僅かに胸が痛んだ。

途端に黙り込んだ俺にユキは一体何を思ったのだろうか。

(……なんなんだよ)

流れる沈黙に少しだけ唇を噛み締め、改めて周りを見る。

何度も何度も通った事のある道。
二人でも、一人でも。

付き合う前から数え切れないくらい。
学校の帰りや突然休講になった時。
食材の入った大きな袋を持ったり、課題をこなすための資料を抱えたりして歩いた。

時には喧嘩して怒りに震えたまま走り抜けたり、泣きたいのを堪えた情けない表情のままであったりしたけれど。

何度も、何度も。
飽きる事なく通った道。

この数ヶ月、ここは意識的に避けていた。
万が一道端で会ってしまわないように。
ユキの家に行ってしまわないように。

辺りから、木々や花々の香りだとかどこかの家から漂う美味しそうな匂い。
鳥の鳴き声に、野良猫の鳴き声が聞こえてくる。

どこでも同じような音や香りを感じることは出来るけれど、久しぶりということもあってか妙な懐かしさを感じてしまう。

香りは思い出を甦らせると言うけれど、確かにその通りだ。
付き合い始めの恥ずかしくも嬉しい、くすぐったいもの、笑い合っていた日々を思い出し顔が歪む。

(……もう、忘れようと思ってたのに)

けど、忘れるにはコイツときちんとケリをつけなければならない。
一方的ではダメなのだ。
だからこそユキは俺を追ってきたのだろう。
お互いに納得する結果を導かなくてはならない。

(もう終わりか)

教室で捕まった時点で、もう遅かった。

逃げ続けるのはもうおしまい。
きちんと向き合って、話し合わなければならない時が来てしまったようだ。

(……覚悟、決めないとな)

ひっそりと溜め息を吐きそんな事を思う傍ら、掴まれた腕が異様に痛かった。














開かれたドア。
靴を脱いだらすぐに部屋の隅にあるベッドに身を投げ出された。

「……っ」

抵抗する事なく従った体に僅かな衝撃が加わる。
柔らかい布団の上だから全く痛くはない。

次いで、押し倒すような体勢で覆い被さってくるユキ。
ギシリと少し大きめのベッドが音を立てた。

「どけよ」

肩を押しのけて起きあがろうとするも、その手を掴まれベッドに縫い付けられてしまった。
この体勢で話をするつもりなのだろうか。
まともな話し合いなんて期待出来そうもない。

「……シマ」

外で一度脅すような事を言ったきり黙っていたユキがやっと口を開いた。
じっと真上から見下ろされ、居心地が悪さに目を逸らす。
視線は変わらず降ってきた。

「もう逃げないの?」
「逃がしてくれるのかよ」
「まさか」

講義の真っ最中に連れ出しておいて、しかも今さっき両腕を拘束したくせに逃げるも逃げないもあったもんじゃない。
鼻で笑いつつ問うと、即座に否定された。

「シマ」
「……何」
「シマ」
「……だから、何」
「シマ」
「……」

問いの後繰り返し呼ばれる名前。
返事をするのに一向に話をする気配がない。

さっきまで怒っていたはずのユキの声は、戸惑いやら悲しみやらが入り混じった複雑なものに変わっていた。

何を言おうか。
何と言えばいいのか。
どうしようか。
どうすればいいのか。

それらを必死に悩んでいるように思える。

「……シマ」

再度名前を呼ばれ、小さく息を吐いた。
返事をしたところでこのままでは返ってくる言葉はまた俺の名前だろう。

それならば、とこちらから話を切り出す。

「話って、何」





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