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3 リアム目線
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それからの僕は、嘘のように穏やかな日々を送っていた。
ヴィクターの姿を遠くに見かけても、あえて声をかけない。心の中でそっと微笑むだけ。
「……幸せになれよ」
そんなふうに祈るような気持ちで眺めるだけで、胸の痛みも次第に薄れていった。
――だが、奇妙なことが起こり始めたのは、そのすぐ後のことだった。
フカフカのベッドで寝転びながら、甘いものをつまんで過ごしていた時。
唐突に、玄関の呼び鈴が鳴った。
「……誰だろ?」
立ち上がって扉を開けると、そこには――ヴィクターが立っていた。
「ヴィクター!? どうしたの?」
思わず声を上げる。
彼は、普段の堂々とした姿からは想像もつかないほど沈んだ表情をしていた。
「……部屋に入れてくれないか?」
低く落ち込んだ声。胸がざわつく。
どうしたのだろう?心配になって、僕はすぐに中へ招き入れた。
「ごめん、散らかってて……」
床にはお菓子の袋や本が散乱している。だが、彼はそんなことを気にする様子もなく、真っ直ぐ僕を見つめてきた。
「いや、そんなことはどうでもいい。……なあ、リアム」
そう言いながら、彼はそっと僕の頭に手を伸ばし、髪を撫でる。指先が優しく髪をすくいながら、囁くように言葉を落とした。
「……昨日は会えなかったね。どうして避けるんだ?」
「え……?いや……別に、避けてなんて……」
――そういえば昨日は顔を合わせなかった。けれど一日くらい、どうってことないだろう。そう思っていたのに。
「前みたいに、しつこく話しかけてもこないし……重たい言葉も言わないだろう」
――え?
胸が凍りつく。
あれほど迷惑そうな顔をしていたのに……もしかして、あれを――楽しみにしていた?
「おかげで、今は落ち着かないんだ」
「……は、はぁ……」
確かに、突然やめたのは不自然だったかもしれない。彼が疑問に思うのも当然だ。そう考えていると――
「……えっ!?」
気づけば、僕はベッドの上に押し倒されていた。
「ねえ、リアム」
至近距離で見下ろされ、息が詰まる。
「な、何?」
「このまま……キスしてもいい?」
心臓が跳ねる。
な、何を言っているんだ……そういうのは、リチャードに……。
「……いや、無理矢理はよくない。婚前交渉にもなるし……ごめん」
ヴィクターはすぐに身を離し、ベッドから降りた。その表情には、かすかな後悔と決意が混じっていた。
「じゃあ……帰るよ。明日は一緒に帰ろう」
それだけ言い残し、彼は部屋を後にした。
取り残された僕の胸には、奇妙なざわめきが広がっていく。
だが、必死に打ち消す。
――細かいことはどうでもいい。リチャードと結婚さえしてくれれば。
きっとただ、毎日のルーティーンが崩れたのが気に入らなかっただけだ。
そう自分に言い聞かせながら、僕は深く息をついた。
気づけば、婚約パーティー当日まで、あと数日となっていた。
……僕の計画は、ほぼ完璧に進んでいる。
毎日のように繰り広げてきた“面倒臭いムーブ”――束縛、嫉妬、意味不明な愛の言葉。
その甲斐あってか、ヴィクターには愛想を尽かされ、ついにはリチャードと一緒に高級ジュエリーショップに入っていく姿まで目撃した。
リチャードは今や、毎晩のようにヴィクターと社交ダンスの練習をしている。
夜遅く帰ってくると、頬を赤く染めながら「今日もヴィクターさんに褒められました!」なんて報告してくれるのだ。
……可愛い。まるで天使。すべてが予定通りだ。
「これで……リチャードが選ばれる未来は固いな」
ベッドに寝転がり、僕は心の中で小さくガッツポーズをした。
もっとも、この数日だけは“面倒臭いセリフ”をほんの少し復活させていた。
理由は簡単だ。あの時、完全にやめたせいでヴィクターの様子がおかしくなったから。
中途半端に引くのではなく、自然に「面倒臭い兄」を演じ続ける方が良かったのだと気づいたのだ。
案の定、彼は再び軽く流す対応に戻り、僕の胸に奇妙な安堵が広がった。
ふふふ……勝ったな。
ここまで来て僕の作戦が失敗するなんて、ありえない。
「お兄様、明日の衣装合わせはどうされます?」
扉からひょっこり顔を覗かせたリチャードが、明るい声で尋ねてきた。
「うん、まあそれなりでいいかな。主役は君とヴィクターだから」
「えっ? 主役はお兄様とヴィクターさんですよ!」
「いやいやいやいや」
思わず笑って手を振る。
……ほんとに、この子はまだ分かっていない。
三日後の婚約パーティーで、ヴィクターがリチャードを選ぶ。その瞬間、すべてが決まるのだ。
「……さて、どんな顔して驚いてやろうかな」
思わずニヤリと口元が緩む。
裏切られた“元婚約者”を見事に演じ切れば、リチャードとヴィクターの物語をより引き立てる最高の舞台装置になれるだろう。
その夜、僕は妙な安心感に包まれながら、静かに眠りについた。
ヴィクターの姿を遠くに見かけても、あえて声をかけない。心の中でそっと微笑むだけ。
「……幸せになれよ」
そんなふうに祈るような気持ちで眺めるだけで、胸の痛みも次第に薄れていった。
――だが、奇妙なことが起こり始めたのは、そのすぐ後のことだった。
フカフカのベッドで寝転びながら、甘いものをつまんで過ごしていた時。
唐突に、玄関の呼び鈴が鳴った。
「……誰だろ?」
立ち上がって扉を開けると、そこには――ヴィクターが立っていた。
「ヴィクター!? どうしたの?」
思わず声を上げる。
彼は、普段の堂々とした姿からは想像もつかないほど沈んだ表情をしていた。
「……部屋に入れてくれないか?」
低く落ち込んだ声。胸がざわつく。
どうしたのだろう?心配になって、僕はすぐに中へ招き入れた。
「ごめん、散らかってて……」
床にはお菓子の袋や本が散乱している。だが、彼はそんなことを気にする様子もなく、真っ直ぐ僕を見つめてきた。
「いや、そんなことはどうでもいい。……なあ、リアム」
そう言いながら、彼はそっと僕の頭に手を伸ばし、髪を撫でる。指先が優しく髪をすくいながら、囁くように言葉を落とした。
「……昨日は会えなかったね。どうして避けるんだ?」
「え……?いや……別に、避けてなんて……」
――そういえば昨日は顔を合わせなかった。けれど一日くらい、どうってことないだろう。そう思っていたのに。
「前みたいに、しつこく話しかけてもこないし……重たい言葉も言わないだろう」
――え?
胸が凍りつく。
あれほど迷惑そうな顔をしていたのに……もしかして、あれを――楽しみにしていた?
「おかげで、今は落ち着かないんだ」
「……は、はぁ……」
確かに、突然やめたのは不自然だったかもしれない。彼が疑問に思うのも当然だ。そう考えていると――
「……えっ!?」
気づけば、僕はベッドの上に押し倒されていた。
「ねえ、リアム」
至近距離で見下ろされ、息が詰まる。
「な、何?」
「このまま……キスしてもいい?」
心臓が跳ねる。
な、何を言っているんだ……そういうのは、リチャードに……。
「……いや、無理矢理はよくない。婚前交渉にもなるし……ごめん」
ヴィクターはすぐに身を離し、ベッドから降りた。その表情には、かすかな後悔と決意が混じっていた。
「じゃあ……帰るよ。明日は一緒に帰ろう」
それだけ言い残し、彼は部屋を後にした。
取り残された僕の胸には、奇妙なざわめきが広がっていく。
だが、必死に打ち消す。
――細かいことはどうでもいい。リチャードと結婚さえしてくれれば。
きっとただ、毎日のルーティーンが崩れたのが気に入らなかっただけだ。
そう自分に言い聞かせながら、僕は深く息をついた。
気づけば、婚約パーティー当日まで、あと数日となっていた。
……僕の計画は、ほぼ完璧に進んでいる。
毎日のように繰り広げてきた“面倒臭いムーブ”――束縛、嫉妬、意味不明な愛の言葉。
その甲斐あってか、ヴィクターには愛想を尽かされ、ついにはリチャードと一緒に高級ジュエリーショップに入っていく姿まで目撃した。
リチャードは今や、毎晩のようにヴィクターと社交ダンスの練習をしている。
夜遅く帰ってくると、頬を赤く染めながら「今日もヴィクターさんに褒められました!」なんて報告してくれるのだ。
……可愛い。まるで天使。すべてが予定通りだ。
「これで……リチャードが選ばれる未来は固いな」
ベッドに寝転がり、僕は心の中で小さくガッツポーズをした。
もっとも、この数日だけは“面倒臭いセリフ”をほんの少し復活させていた。
理由は簡単だ。あの時、完全にやめたせいでヴィクターの様子がおかしくなったから。
中途半端に引くのではなく、自然に「面倒臭い兄」を演じ続ける方が良かったのだと気づいたのだ。
案の定、彼は再び軽く流す対応に戻り、僕の胸に奇妙な安堵が広がった。
ふふふ……勝ったな。
ここまで来て僕の作戦が失敗するなんて、ありえない。
「お兄様、明日の衣装合わせはどうされます?」
扉からひょっこり顔を覗かせたリチャードが、明るい声で尋ねてきた。
「うん、まあそれなりでいいかな。主役は君とヴィクターだから」
「えっ? 主役はお兄様とヴィクターさんですよ!」
「いやいやいやいや」
思わず笑って手を振る。
……ほんとに、この子はまだ分かっていない。
三日後の婚約パーティーで、ヴィクターがリチャードを選ぶ。その瞬間、すべてが決まるのだ。
「……さて、どんな顔して驚いてやろうかな」
思わずニヤリと口元が緩む。
裏切られた“元婚約者”を見事に演じ切れば、リチャードとヴィクターの物語をより引き立てる最高の舞台装置になれるだろう。
その夜、僕は妙な安心感に包まれながら、静かに眠りについた。
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