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第一部
第33話
しおりを挟む二人で馬に乗り闇夜の敷地を駆け抜ける。遠く屋敷の方で騒ぎが聞こえた。音の方に目を向ければたいまつの明かりが複数見える。
ごめんなさいルイーサ‥どうか無事で‥
ルイーサの身を案じエルーシアは目を閉じて顔を伏せた。その体をエデルがしっかり抱き寄せた。
二人乗り用の鞍。横座りで乗るエルーシアが落馬しないよう鎧が片側に二つついていた。エルーシアが鎧に両足をかけ鞍を掴みさらにエデルが前に乗るエルーシアの腰を抱き寄せる。
「しっかり鞍に掴まって下さい。この馬は二人乗りに訓練されていますから暴れないので大丈夫です。エルシャ様が慣れたら少し早足にします」
エデルは危なげなく片手で手綱を引き馬を操る。エデルの馬捌きを初めて見たが全く危なげない。エルーシアにとって初めての乗馬だったが逞しい腕に腰を抱かれ安心して身を任せられた。
おとなしいのか二人乗りに慣れているのか二人を乗せた馬に動じた様子はない。最初は常歩、慣れたところで歩速をあげる。そして夜更けなのになぜか開け放たれていた裏門から二人は外に駆け出した。
人けはないように見えたが二人を乗せた馬が駆け出た後に蹄の音に混じって門が閉まる軋んだ音がした。これも誰かの手引きだったのだろうか。
馬車ではない馬の疾走感がすごい。エデルと乗馬で遠乗りに行く約束が果たされてしまった。こんな時なのに嬉しくてエルーシアから笑みが溢れる。
雲が切れ月光で明るくなり出した夜道を馬で駆けた先は屋敷から一番近い小さな村だった。急いで逃げないといけないのにそこに立ち寄った理由がわからない。
「こちらへ。先にすることがあります」
戸惑うエルーシアを抱き下ろしエデルは馬から荷を二つ解く。そして一軒の教会の扉を叩いた。そこは夜も更けているのに煌々と明かりが灯っている。間もなく出てきた初老の牧師にエデルが迷いなく言った。
「エデルです。結婚の宣誓をお願いします」
「お待ちしておりました、こちらへ」
小さな教会内はろうそくが幾つも灯されすでに儀式の準備がなされていた。目を瞠るエルーシアにエデルがすまなそうに目を細める。
「すみません、追手がかかるかもしれません。先に儀式を。誰も神前の宣誓を侵せません」
「ううん、うれしいわ」
神前の結婚の宣誓。誰も二人を引き離せない。エデルはここまで考えて準備していてくれた。
エデルに手を引かれ奥の小部屋に入る。そこでエデルから差し出されたものにエルーシアは驚いた。
「ドロシーからこれを預かりました。侍女たち全員で準備してくれたそうです」
それは白い膝丈の美しいワンピースドレスだった。肩口から袖には透けるレースが配われている。全身総レースで愛らしい。それに長いベールに小さな造花のブーケ。今日邸を逃げ出したエデルの準備が良すぎる。流石に問わずにはいられない。
「どうしてここまで‥?」
「計画ではもう少し先でした。備えておいてよかったです」
「計画?」
「今日こうならなくても近いうちにエルシャ様に結婚を申し込むつもりでした」
エデルの真摯な告白にエルーシアの血圧が一気に急上昇した。
「ええ?!け?!」
「その‥日中会っている時はそういう雰囲気でもなくてなかなか言い出せなくて‥鉄格子越しでしたし、最近夜も会えませんでしたので。紛らわしかったですね。エルシャ様にあらぬ誤解をさせてしまいました」
「え?」
「逃げる準備をしていたのに今日、エルシャ様に先に別邸に逃げる話をされてしまって本当に驚いてしまって。あの時は本当にすみませんでした。あの時旦那様に見つからなければこの事をお伝えできたのですが」
「え?!」
「まあ結果的にあの時結婚を申し込まなくてよかったです。厩舎の裏でなんてあんまりですね」
エデルが言いにくそうにしていたのは別れ話だと思っていた。昼間にその誤解は否定されていたのだが。エデルが何度も話を切り出そうとしていたあれは別れ話ではなく結婚を申し込もうとしていた?!思っていたのとは全く逆な展開にエルーシアは唖然としてしまった。
「ごめんなさい‥私ったら」
「いえ、エルシャ様は不安だったんですね。僕が至らないばかりに」
「ううん、エデルのせいじゃないの」
それは弱い自分のせい。あの時負の思考になったのは心のどこかでエデルとの将来を諦めていたから。だからエデルのことを信じきれずいつもと違う様子に別れたいんだと決めつけてしまっていたと今ならわかる。エデルはあの状況でもエルーシアとの未来を描いてくれていたのに。
「エルシャ様の情報が欲しくてドロシーに近づいたのですが、すぐにバレてしまいまして。ドロシーにはたくさん協力してもらいました。これなら夜着の上から着られますね」
知らなかった。外に行く時もエデルが捕まった時も確かに侍女たちに迷いがなかった。
“その時が来たらどうか迷わないでください“
これ以上ここにいてはいけない。ドロシーは、侍女たちはきっとエルーシアの事情を知っていた。
当主に人払いされた夜、そして翌朝寝室に残された行為の跡に身の回りの世話をする侍女が気がつかないわけがない。その相手が義兄しかいないということも。翌日エルーシアは塞いで大好きな義兄に会おうとしなかった。それが答えだと。
だから皆はエデルの味方をしていたのだと今ならわかる。ドロシーはエルーシアの幸せがあの鉄格子の部屋の中にないことを知っていた。だから———
エルーシアは黒いコートを脱いでドレスを重ね着で纏う。エデルにベールをかけてもらいブーケを手に取れば花嫁衣装となった。この場にいない皆に祝福されているようで今日何度目かの涙が溢れそうになり目を閉じる。今日は涙が枯れないようだ。姿見の前で涙ぐむエルーシアの背後にエデルが立ち肩に手を置いて囁いた。
「とても綺麗です」
「嬉しい‥みんな‥」
「ドロシーにエルシャ様を大事にするようをきつく言われました。すでにそのつもりです」
少し低い良い声で耳元で囁かれエルーシアが頬を染めた。もうわざとやっているとしか思えない。エデルも黒いシャツとスラックスはそのままに白い上着を羽織り白いタイを身につければ花婿の衣装になった。
準備を整えエデルに導かれエルーシアは神前に歩み寄る。二人だけの儀式。自分の手を取るのは大好きなエデル。この幸せが信じられない。牧師の祝福を受け宣誓書にサインする。簡易的な式であったが牧師の立ち会った正式な結婚の宣誓だった。
エルーシアの手を取ったエデルがエルーシアの左手に指輪を滑らせた。薬指の指輪は銀色のシンプルなもの。でもサイズはぴったりだ。エデルの準備の良さにエルーシアの笑みが弾けた。笑顔なのに涙が溢れてしまった。
「エルシャ様‥必ず幸せにします」
「もう充分幸せよ?」
エデルから手渡された指輪をエルーシアもエデルの指に嵌めた。エデルから降る誓いのキスをうっとりと受け入れる。そしてエデルに優しく抱きしめられた。
「エデル‥大好き‥」
「エルシャ様‥これで僕たちは夫婦です」
これからは二人ずっと一緒に———
エデルの腕の中でエルーシアはほぅと幸せのため息をついた。
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