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039:開かずの扉③

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「えっと、その、なんかゴメン」
「お前ってヤツはホントにもう‥」

 ダイニングテーブルを囲み大精霊四人が話し込んでいる。ルキナは壊れた扉の前で膝を抱えてうずくまっていた。

「ま、いつかはこうなると思った。あいつ地雷持ちだしな」
「そうですわね。ですが地雷を踏み抜いたのが二回ともヴァルキリーというのがホントですわ」

 ヴァルナの言葉のトゲにヴァルキリーがしゅんとなる。前回はあだ名で地雷を踏んだ。

「ホントごめんなさい」
「それはサクヤに言え。あの扉はあいつのだ」
「ヴァルキリーは下界に帰らなくて大丈夫ですの?」
「こんなままで帰れないよ」
「まぁそうだな」

 はぁとニクスがため息を落とす。

「なんつっか、ここだけの話な。あいつ、おかしいだろ?色々と」
「あいつってサクヤ?何かおかしいの?」
「ヴァルキリーはあまりサクヤと一緒にいませんでしたからわからないですわね」
「お人好しで単純。妙な倫理観を持ってるが基本面倒見のいいヤツで面白い‥んだけど‥。あいつすげぇ歪んでる」

 ヒカルの出した茶をニクスがぐびっと飲んだ。茶であろうと酒飲みだ。最後の言葉に同席のファウナがぴくりと反応した。

「あたしも下界には散々行ってる。あれくらいの歳の人族のオトコがどれだけしょうもないかはわかってるつもりだ。アレも欲しいコレも欲しい。食いたい遊びたい寝たい女とシたい。大精霊のあたしにすらやらしい目を向けてくる。ホントバカだよな。まあ普通はそういうもんだし?今まで召喚された王でさえバカも多かった。だがサクヤは違う。あいつその手の欲求を出さない。側女ソバメにも目を向けない‥ってか完全拒絶だし」

 ヴァルキリーがこくんと頷いた。

「それはなんとなくわかる。ウチらをオンナとして見てないっていうか?仲間って感じだよね?」
「その方が都合が良かったんだろ?あいつの宗教観もありそうだがな。だがな、あれはよくない」

 再びファウナがピクリと反応したが無言だ。絶対の忠誠。ファウナは王を卑下することをこころよしとしていなかった。それをわかった上でニクスもファウナを無視する。

「サクヤも真っ当なオトコだ。怠惰、性欲、物欲、食欲に睡眠欲。あいつが言うとこの煩悩って言うんだっけ?別にサクヤに煩悩がないわけじゃないんだと思う。なのになんていうか、我慢‥でもなくて、無自覚になんかこうひどく歪められてて‥」

 ニクスが言葉を探すも歯痒そうだ。そこをヴァルナが補足する。

「あれは抑圧‥ですわね。虐げられてますもの」
「そうそれだ!そんな感じだな。歪めて押さえつけられた欲望が全部実害のない食欲に向かってるんだと思う。こっちに来て眠くないはずなのに寝てるのはおそらく昇華しきれなかった欲求の一部が睡眠欲にも行ってる」

 ふと思いついたようにニクスがヴァルナに問いかけた。

「そういやミズキを創った時にあいつ全然精霊魔法使えなかったんだよな?」
「ええ、制御はてんでダメでしたわ。小精霊は召喚できますのに」

 頷くヴァルナにニクスは怪訝顔だ。
 
「んー、畑やってた時はあいつできそうな感じだったけどな」
「ルキナが手伝えばできるという感じでしたわ」
「こないだの散策の最後もそうだったな。持った力は強いが制御不能‥と。ふぅん」

 どれだけ大量に燃料があっても着火し制御できなければまるで意味がない。

「どんなに弱い、性悪な王でも今までそういうのはなかっただろ?制御は必ず出来た。あれほど精霊力が強いのに制御できない。王なのに流石におかしい。だがあたしの見立てだと制御機能がないという感じでもない」
「つまり?どういうことでしょうか?」
「あいつはあいつの事情で力の制御ができないということになる。多分あの抑圧のせいであいつはまだ精霊王になりきれてないんじゃねぇかな。制御する部分が未覚醒だから精霊魔法も使えない。未覚醒であの強さはデタラメだけどな。まあ確かなとこはわからんが」

 ファウナが無言で目を閉じる。それはファウナも感じていた。あの王は何かおかしい、と。歪められ未覚醒ということであれば今までの極端な矛盾も納得がいく。

「あいつさ、あっちには思い残したことねぇとか散々言っててさ。最初は耳を疑った。どの口が言ってんだよって。笑っちまったよ」

 ニクスが面倒臭そうに頭を掻きむしった。イラついているとわかる。

「ここ、サクヤの家だっけ?天地創造の力を使って?時空を歪めて?あっちの部屋のコピーまで作ってさ。服も食事もあっちのまま。朝起きて夜寝て一日三食食って。あいつせっせとメシ作って。ここは常世か?別にいいんだぜ?王サマだし?アッチを恋しがる王は今までもいた。好きにすればいい。飯も旨いしウチらもゴチになってるし?なのにあいつは口ではアッチの世界はもういいとか言う。本音は帰たがってんじゃねぇ?って思うだろ?未練タラタラじゃねぇか。未練タラタラ大いに結構!あたしらが無理矢理連れてきたわけだからそれでいいのに。本心を隠すのがかえって気になるって言うか」
「サクヤが最初に帰りたいって言っていたのは本当ですの?」

 ヴァルナの問いにファウナが頷く。召喚された頃に朔弥と共にいたのはファウナとルキナだけだ。

「はい、初日にどうすれば常世に帰れるか、と尋ねられました。肉体を失い帰れるかはわからないと申し上げれば、それ以降はそのお話はなさってません。ですがこちらの世界の話も興味深げになさっておいででした」
「それは知ってる。地図だっけ?結局ヨナに乗って近場のは作ってたよな?」

 頷くファウナがふと思いついたように口を開いた。

「そういえば‥キッチンができた時に陛下は帰ってこられたと大変喜ばれておられました。帰ってこられたわけではないと気がついて落ち着かれましたがあの時にはもうあの扉はありました」
「アレ最初からあったのか。あー、やっぱあいつ常世に執着あんじゃねぇか?」
「でもサクヤはこちらの世界も気になってるんだよね?」

 ずっと沈黙を守っていたヴァルキリーの問いに黒い大精霊が盛大にため息をついた。人差し指で机をトントンと叩く。


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