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グライド編
鬼が笑って立っていた
しおりを挟むバースの下に入ったグライドは普段着崩している仕着せをきちんと着て、呼び出された庭にやってきた。
魔術の勉強なのに外?一体何をやらさせるのだろうか。
バースは公爵家の家令を古くから担っている。グライドがアレックスと共にあったと記憶している時から公爵家を仕切っていた。見た目は無害そうな初老の紳士なのだが、怒った時の恐ろしさは子供の頃から身に滲みてわかっている。
ずっとアレックスを鍛えてきた家令にして魔術士。子供の頃から付き合いのあったそのバースにグライドは今日初めて教えを乞うことになった。
「来ましたね。私の許で死ぬ気で全うする覚悟を決めなさい。」
待っていたバースが言い放つ。いつもと雰囲気がだいぶ違う。随分と黒い。その殺気、まるで魔王のようだ。
死ぬ気?魔術の勉強で死ぬの?一体何を言っているんだ?グライドは訝ってバースに応えた。
「ええっと。まずは何をすれば‥‥。魔術はからきしなので初期の勉強から始めないとですが、外で実践ですか?」
「まずはこれに耐えなさい。」
グライドは目を疑った。バースの手から黒い靄があがる。
あれは知っている。魔封の森から垂れ込める魔素。アレックスが暴走する時に放出する。過剰に取り込むと精神が侵され発狂、最悪死に至る。魔獣は魔力に変換できるが人の身ではあれは猛毒だ。
あれに耐えろと?ゾッとした。
「守りの魔道具は身に付けていますね。その状態で魔素に慣らしていけば死にはしない。安心なさい、発狂したら私が治しましょう。」
グライドが後ずさる。こんなの正気じゃない。
「ま、魔術の勉強じゃないんですか?!」
「その前に魔力抵抗値を上げる。お前は魔力が低すぎる。なあに、若いからすぐ上がるでしょう。今日は初日だ。手加減はしよう。」
バースがニヤリと笑う。
鬼だ。鬼が笑って立ってる。こいつ、こんなキャラだったのか?!
バースの手から放たれる黒い靄にグライドは逃げる間も無く囚われた。魔素に全身の力を絡め取られる。息苦しい。全力で魔力抵抗をするも魔力が枯渇しすぐに意識を奪われた。
「起きなさい。行きますよ。抵抗なさい。」
バースに頭を掴まれ強引に魔力を流し込まれグライドは覚醒する。
体に魔力が満ちているのに冷や汗が、震えが止まらない。抵抗?できるわけがない!
「む、無理ですっこんなの‥‥っ」
言葉の途中で黒い靄がまとわりつき意識が飛ぶ。
騎士訓練はキツかった。飛竜を手懐けるのも大変だった。アレクの側で何度も死にそうになったのを生き抜いた。でも今回は本当にヤバい。
無防備な精神が狙われる。死を感じて恐怖で発狂する。しかしそれさえも許さないと回復される。魔力が枯渇して失神しても魔力を押し込まれ叩き起こされる。そして漆黒の魔素に囚われる。それの繰り返し。エグすぎる。
こんなの、死にそうではなく本当に死んでしまう。
四度目に嘔吐、七度目に魔力暴走、今はもう何度目だろうか。頭がぐちゃぐちゃで朦朧とする。体が動かない。
そうしてグライドは完全に意識を手放した。
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