【完結】公爵閣下付き侍女の恋愛

ユリーカ

文字の大きさ
2 / 17
グライド編

鬼が笑って立っていた

しおりを挟む



 バースの下に入ったグライドは普段着崩している仕着せをきちんと着て、呼び出された庭にやってきた。
 魔術の勉強なのに外?一体何をやらさせるのだろうか。

 バースは公爵家の家令を古くから担っている。グライドがアレックスと共にあったと記憶している時から公爵家を仕切っていた。見た目は無害そうな初老の紳士なのだが、怒った時の恐ろしさは子供の頃から身に滲みてわかっている。
 ずっとアレックスを鍛えてきた家令にして魔術士。子供の頃から付き合いのあったそのバースにグライドは今日初めて教えを乞うことになった。

「来ましたね。私のもとで死ぬ気で全うする覚悟を決めなさい。」

 待っていたバースが言い放つ。いつもと雰囲気がだいぶ違う。随分と黒い。その殺気、まるで魔王のようだ。
 死ぬ気?魔術の勉強で死ぬの?一体何を言っているんだ?グライドは訝ってバースに応えた。

「ええっと。まずは何をすれば‥‥。魔術はからきしなので初期の勉強から始めないとですが、外で実践ですか?」
「まずはこれに耐えなさい。」

 グライドは目を疑った。バースの手から黒いもやがあがる。
 あれは知っている。魔封の森から垂れ込める魔素。アレックスが暴走する時に放出する。過剰に取り込むと精神が侵され発狂、最悪死に至る。魔獣は魔力に変換できるが人の身ではあれは猛毒だ。

 あれに耐えろと?ゾッとした。

「守りの魔道具は身に付けていますね。その状態で魔素に慣らしていけば死にはしない。安心なさい、発狂したら私が治しましょう。」

 グライドが後ずさる。こんなの正気じゃない。

「ま、魔術の勉強じゃないんですか?!」
「その前に魔力抵抗値を上げる。お前は魔力が低すぎる。なあに、若いからすぐ上がるでしょう。今日は初日だ。手加減はしよう。」

 バースがニヤリと笑う。

 鬼だ。鬼が笑って立ってる。こいつ、こんなキャラだったのか?!

 バースの手から放たれる黒い靄にグライドは逃げる間も無く囚われた。魔素に全身の力を絡め取られる。息苦しい。全力で魔力抵抗をするも魔力が枯渇しすぐに意識を奪われた。

「起きなさい。行きますよ。抵抗なさい。」

 バースに頭を掴まれ強引に魔力を流し込まれグライドは覚醒する。
 体に魔力が満ちているのに冷や汗が、震えが止まらない。抵抗?できるわけがない!

「む、無理ですっこんなの‥‥っ」

 言葉の途中で黒い靄がまとわりつき意識が飛ぶ。

 騎士訓練はキツかった。飛竜を手懐けるのも大変だった。アレクの側で何度も死にそうになったのを生き抜いた。でも今回は本当にヤバい。

 無防備な精神が狙われる。死を感じて恐怖で発狂する。しかしそれさえも許さないと回復される。魔力が枯渇して失神しても魔力を押し込まれ叩き起こされる。そして漆黒の魔素に囚われる。それの繰り返し。エグすぎる。
 こんなの、死にそうではなく本当に死んでしまう。

 四度目に嘔吐、七度目に魔力暴走、今はもう何度目だろうか。頭がぐちゃぐちゃで朦朧とする。体が動かない。

 そうしてグライドは完全に意識を手放した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...