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グライド編
アニス
しおりを挟むグライドは意識を取り戻した。木の枝を見あげしばらくぼうっとした。芝生に寝ているのはわかるが、頭の下の暖かくて柔らかいものはなんだろう。
「あ、気がついた?」
アニスが見下ろしてくる。アニスの顔が近い。なんでだ?
「あれ?俺‥‥」
「バース様の訓練中に倒れたって。大丈夫?」
アニスからの気遣うような口調にグライドはぼうっと考える。思考がまとまらない。俺は何をしていた?少しの間考えてグライドはびくりと震え半身を起こした。呼吸が浅くなり肩で息をする。苦しい。気持ちが悪い。体の震えが止まらない。
あれが魔力暴走。とんでもないものだった。意識が強引に囚われ狂わされる感覚。アレクはあんなのを子供の頃からやっていたのか。
震えるグライドの頭を撫で、アニスはグライドを柔らかいものの上に寝かせる。額を撫で、目元に手を置く。
「今はもう大丈夫でしょう?もう少し休んでて。ね?」
そう囁くアニスの手の心地よさにグライドはほうと息をつく。精神が摩耗している。疲れている。だからなんだろう。優しくされてらしくもない弱音が出てきた。
「アレクは‥旦那様はなんでこんなことを俺にさせるんだろう。いろんなことをさせられて、でも身につく前に違うことをさせられる。こんなのちっとも役に立たないだろう。今回だって魔術なんて適正ないのに‥‥。とうとう旦那様付きからも外された。」
「あら、ずいぶんしおらしいのね。」
「だめか?」
「‥‥いいえ。いいんじゃない?たまには。」
こんな弱音、アニスに叱られると思っていた。だから予想外に肯定されてグライドは不覚にも言葉をつまらせた。
確かに普段の自分ではありえない。でもアニスに縋りたいこの気持ちも本当だ。アニスの手が、声が柔らかくて癒される。
「旦那様は何かお考えがあるんでしょうけど。グライドはどうしたいの?」
そう、俺のしたいこと。やりたいことは決まっているが、どうすればいいかわからない。自分で見つけるしかないんだろうが。
ただ一人、公爵家を守る運命を負わされた幼馴染。『魔狼』という厄介な体質をかかえながら一人立ち向かうあいつに俺は何ができるだろうか。
この訓練の果てに答えがあるのか?アレクは俺にそれを望んでいるのか?
俺の望みはどうやったら叶えられるのだろうか。
ぐるぐる考えていたグライドは目を閉じてごろんと寝返りを打った。ついでに柔らかいものを無意識にするりと撫でる。するとアニスが悲鳴をあげた。
「きゃぁっ ちょっと、なにするのよ!!」
悲鳴で目を開けると、グライドの手は柔らかいもの‥アニスのお尻を触っていた。んんん?なんで?
「最っ低っ 倒れたから労ってあげてるのに、レディに触るなんて!このすけべ!変態!」
悪態と共に耳まで赤いアニスが立ち上がりグライドはごろんと芝生に投げ出される。あれ?今膝枕されてた?そんな馬鹿な?!グライドは投げ出された格好のまま固まった。
「全然わからんかっただけだ!そんなんじゃない!」
「わからなかったってなによ?!人の膝を枕がわりしにしておいてこんな仕打ち。いやらしいっ 最低っ ほんと最低っ」
「最低最低連呼するなよっ 俺が何かしたみたいじゃないかっ そんなんじゃない!ほんと、勘弁してくれ!!」
本当に聞こえが悪い。しかもアニスの声はよく通った。
声が大きい!邸中に聞こえちまう!
「あんたが何かしたのよ?!信じられない!馬鹿馬鹿馬鹿!!」
「だからわめくなって!んなことしてねぇだろ?!誤解招くわっ」
「珍しく弱ってたから慰めてあげたのに‥‥!バース様ー!グライド目を覚ましましたー!!」
「うわ——っ それもマジでやめて!頼むから!!」
庭で騒ぐ二人を、アレックスとメリッサが部屋から見下ろしていた。アレックスがやれやれとため息を落とした。
「グライドも人の事言えないじゃないか。相当鈍い。」
「案外自分のこととなるとわからないものなんでしょうね?」
傍のメリッサがくすくす笑う。
グライドがアニスを推してくることは予想がついた。
グライドのテリトリーは意外に硬い。信頼できるものなどアニス以外いないだろう。アニスもなんだかんだ言いながらグライドの頼みは断らない。良い関係なのだ。
グライドが倒れたと聞いてアニスは外に駆け出していたのだ。
まったく、気を利かせて人払いしたが、欠片もいい雰囲気にならなかった。俺の時は散々言ってたくせに、あいつこそヘタレだ。
あいつはアニスの好意に、自分の気持ちにいつ気がつくのだろうか。
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