4 / 17
グライド編
駒
しおりを挟むグライドを自分の下につけて欲しい。
バースからそう言われたのはグライドの異動の二日前。グライドはアレックスの親友で唯一無二の腹心。バースはそれをわかった上で言ってきたのだ。
「一年で仕上げて見せましょう。その上でどのようにお使いなるか決めてくだされ。あの男は化けますぞ。」
グライドは軽口を叩きながらいつもアレックスについてきた。口に出さないが、裏で必死に努力していたことは知っている。
騎士訓練も脱落者が多い中、二年で騎士団を指揮するまで成長した。相性が必要な飛竜にも懐かれた。危険な局面でも打破する策を必ず出してきた。不思議なやつだと思った。
試しに領地運営補佐をさせてみたが、当主不在でも雑務を捌けるようになった。
本人は気が付いていないようだが、恐ろしい程の適応能力だ。
おそらく魔術訓練にも適応できるだろう。バースのしごきに耐え抜けたら、だが。あれは短期間で魔力をあげられるが、あのエグさはやった経験がある者にしかわからない。
「あの男は己がいかに幸運か分かっていない。私はそれが無性に腹立たしいのです。」
昔アレックスとグライドが共にいる時、バースはたまに含みのある視線をグライドに向けることがあった。その時は意味がわからなかったが、バースの言葉で理解した。
「私が主に、先代様に巡り会うのに三十年を費やしたのです。あの男は生まれながらに主と共にある。その意味をきちんと理解させねばなりません。」
ラウエン家に来る前バースは王宮にいた。先代たるアレックスの父に出会い、王宮を出奔して家令になったと昔聞いた。
アレックスのことを若と呼ぶのは愛称であり、主たる父の息子であるという意味なのだろう。
もちろんアレックスにも忠誠を誓ってくれているが、こういう時その忠誠心が少し危ういとも思う。
「私の元で徹底的にしごきます。一年後、あれは若のお役に立つ駒になっていることでしょう。そのように育てます。」
「俺はグライドをそんな風に思ったことはない。バース、お前もだ。」
バースは無言で礼をとり部屋を辞した。
バースにしてみれば俺は為政者として緩いのだろう。冷徹に手駒と割り切れない。
領地運営も補助しか置かない。獣の本性なのか、本当に信頼できるものが、自分の命を預けられるものがいない。グライドが一番近いが、いざという時に、大義の犠牲として切り捨てられない。自分の駒として近くに置くには二人は付き合いが深すぎた。
これだからお前はまだまだ甘い。
陛下のそう言う声が聞こえるようだ。アレックスはため息を落として天井を仰ぎ見た。
バースはあいつが化けると言った。ならば待ってみよう。あいつがもし本当に鉄壁の駒となっていたのなら、その時は身を切って覚悟を決めよう。あいつを駒にする覚悟を。
この翌日グライドは配置換えを言い渡される。
グライドは知らない。二人の思惑も異動の意味も自分の可能性も。
そして自分の望みが形になったと理解したのはそれから一年後のことだった。
グライド編 完
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる