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アニス編
異動しました
しおりを挟むラウエン家当主アレックス付きになったアニス・ガドナーは盛大なため息をついた。異動日初日の執務室である。
アレックスの執務室は書類の山であった。あちこちに資料やら図面やら書類やらの山。
今日からここで働くの?一体何をさせられるのだろうか。
領地管理補佐をしていた前任のグライドが配置替えとなり、その代わりとしてグライドはアニスを推薦した。
アニスは元々は公爵夫人・メリッサの専属侍女だった。公爵の補佐なんぞやったことがない。アレックスから直接指導があると言われたが、異動初日、約束の時間に公爵本人がいない。これはどういうことだろうか?と思っていたら、窓からアレックスが部屋に入ってきた。
「お、アニス。もう来ていたのか。時間厳守だな。」
「旦那様、部屋へはドアからお入りください。心臓に悪いです。」
「すまん、グライドの頃からの癖だ。庭から直通だしな。」
軽々と二階の執務室に窓から入ってきたアレックスは、口では謝りながらも悪びれなく笑った。
木もれ陽のような淡い金髪に新緑色の瞳、柔らかく整った顔立ち。ぱっと見は見目麗しい紳士であるが、性格は大変はっちゃけている事を使用人達は理解している。
先月メリッサと結婚してからだいぶマシにはなったのだが、手はかかるとバースは言っていた。
「本日よりお世話になります。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」
メリッサ付きを外れたのは不本意だったが、引き受けた以上は全力でやるつもりだ。
異動を打診されたのは昨日。侍女頭ロザリーの許可を得てとりあえず来たので諸々の手続きは追ってとなりそうだ。
「こちらこそ頼む。いきなりの話ですまんな。仕事は領地管理の補佐、となっているが内容は多岐にわたっている。わからないことがあれば都度聞いてくれ。これは今朝の分だ。」
と、大量の書類の束を渡された。アニスは目を見張る。
「了承済み分はサインしてある。付箋は不備があるので差し戻しだ。あとこっちは詳細を確認したい。追加資料の依頼を流しておいてくれ。透かし入りの封筒と封蝋は‥‥どこだったかな。ん?アニス?」
ありえないものを見るかのようにアニスがアレックスを見上げる。
「あの‥‥、とんでもなく多いのですが、これを一人でやるのでしょうか?」
「んー、グライドにはさせていたが、やはり多いか。」
あんの馬鹿男!こんな激務、一言も言ってなかった。いや、むしろ気がつくべきだった。広大な領地、ガイア領をこんな執務室で二人で処理していた。普通では回せるわけがない。
「頑張ってみますが、不慣れなので厳しいかもしれません。」
「初日だしペースは任せる。緊急事案は幸いないし。やり方もやりやすいように変えてもらって構わない。グライドも最初はずいぶん時間かかってたな。」
でしょうね。そしてその力押しのままアニスに引き継いだ。ほんとあの馬鹿馬鹿馬鹿!!
アレックスは執務机に座るが、そこにも書類の山がある。おそらく昼にはあれがくるのだろう。アニスはゾッとした。
アニスの実家は商家でバベルで手広くやっている。だから家の手伝いとして書類を扱った経験があったが、これはとにかく量が多い。午前中で朝の分を頑張って半分捌いたが昼の分も追加されもう手が回らない。さてどうしようか。
と考えていたらグライドがぶっ倒れたとの知らせがあった。
あいつ、一体何してるんの?!一発ぶん殴ろうと駆けつけたら思ったより酷い状況で逆に驚いた。
去り際のバースに様子を見ているように言われグライドの頭を膝に乗せる。顔色がひどい。微かに震えている。相当無理をしているようだ。
「しょうがないなぁ。文句を言おうと思ったのに。」
アニスはグライドのぼさぼさの頭を撫でた。
あーあ、いつもこんなのばっかり。
無茶をしてのびたこいつをこうして膝に乗せる。こいつは私の気持ちに気が付いていない。私が断れない事をいいことに無自覚で無茶振りする。そして私は振り回されっぱなし。
「もう、そろそろ気がついて欲しいんだけどな。」
アニスはそっとつぶやいた。
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