【完結】公爵閣下付き侍女の恋愛

ユリーカ

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アニス編

出会い。それから

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  アニスがグライドに初めて会ったのは、ラウエン家に奉公に上がる前のこと。

 街に出た魔獣からアニスを庇いながら血まみれで戦った騎士がいた。
 魔獣を討ち取ったがそのままその場に倒れたその男をアニスは介抱した。怖かった。守ってくれたこの男が死んでしまうのではないか。グライドと呼ばれたその男は他の騎士達に搬送されていった。

 怪我は大丈夫だったのだろうか。守ってくれたお礼が言いたい。ただそれだけでラウエン家への奉公を受けた。

 そして初日。なぜか隣にその男が座っていた。

 騎士だったはずなのに、なぜ使用人の顔合わせにこの男がいる?仕着せを着崩し不貞腐れたようにふんぞりかえる男があの騎士と同一人物と信じられない。
 きちんとすればかっこいいのに、とかしつければ艶やかそうな蜂蜜色の頭はボサボサ、襟元も緩めている。なんだこのだらしなさは。お礼が言いたかったのに出た言葉は違った。

「初日くらいきちんとしたらどうなんですか?」

 ふて顔のグライドは横目でアニスを見てニカッと笑った。心臓が止まりそうになった。
 笑顔に惹きつけられる。淡かった想いが現実になる。ああ、これは——

「いいのいいの。堅苦しいの苦手だから。」

 一度会っているのだが、たぶん気が付いていない。彼にとって自分は仕事で助けた領民の一人程度なのだろう。それはちょっと寂しい。

 バースと名乗った家令にも注意されてグライドは面倒くさそうに身なりを整えていた。やれやれといった雰囲気に二人の旧知の様子を感じた。これからは使用人として働く様だ。
 あの怪我で騎士を辞めて中勤めになったのだろうか。

「いや。単に配置換えになっただけ。ほんと、勝手だよな。」

 同期の気安さからか、グライドは休憩によくアニスを誘った。
 それとなく話を振れば、どうも旦那様の命で今は飛竜小屋にいるらしい。畑が違いすぎるだろうに。
 一度騎士になればそれこそ死ぬか退役するまで騎士でいるのが普通だ。異動とはどういう事情なんだろう。

 グライドは割とお喋りだ。アニス相手に仕事の愚痴やら邸の裏事情やらを話した。にこにこと笑う気やすい感じが居心地いいが、これ以上距離が縮まらないのではないかとアニスは心中焦っていた。

 それからアニスはグライドをよく見かけるようになった。
 主に飛竜の世話をしていたが、そこらへんに転がっていることもあった。本当にボロボロで倒れてたり単に寝てたりと色々だ。その度にアニスは介抱し部屋に追い立てた。人のことを言えない、この男のめちゃくちゃぶりも似たようなものだ。

 そしてある日、グライドは泥だらけで飛竜に乗って飛んでいた。あのなかなか人に懐かない飛竜に鞍もつけずに。唖然としたアニスに何を勘違いしたかグライドは照れたように笑った。

「なんか懐いてもらったのが嬉しくてついこいつらと遊んじまった。うわっ」

 そう言っている側から泥だらけの飛竜達がグライドに頬擦りしてグライドが潰される。

 飛竜使いは貴重な人材だ。この邸でもアレックスとほんの数名。グライドは一年もしないでそれになっていた。しかも使役ではなく懐かれている。なんだかすごいやつだ。めちゃくちゃだけど。

 しかしグライドはまた配置換えになった。今度は従者兼領地管理補佐。今度こそ畑が違いすぎる。

「流石にこれはひどすぎないか?!あんなに苦労したのに!!」

 菓子を手にグライドがアニスに愚痴る。騎士、飛竜、事務職。どれも前職を活かせない職ばかり。確かに謎だ。いいように使われているようでいて意味がありそうにも思う。

「聞いてみればいいじゃない。」
「すげぇ雑な答えが返ってきそうで嫌だ。てか、紙仕事とかっ 俺ができるわけがない!しかも上司はあいつだし。」
「今までだって旦那様直下だったんでしょ。今更変わらないじゃない。」
「今度は直属ってあたり嫌な予感しかしない。絶対面倒に巻き込まれる!」

 やけ食いとばかりに菓子を頬張るグライド。そういうあんたもそうとう面倒だよ、とアニスはその頃思ったものだ。あの方の側にいては仕方がないが、でもなんで自分が普通と思っているんだろう。

 そういえば旦那様付きになった頃もよく廊下で寝てたなぁ。あんな無茶してたらそうなるに決まってる。ほんと、馬鹿なんだから。

 そして今日、グライドはとうとうアレックスから外れてバース付きとなった。
 グライドは荒れた。今回は魔術訓練。またしても畑が違う。ここまでくると何か作為を感じるが、本人はただただ愚痴りまくっていた。

 紳士なバース様だしもう無茶しないだろうと思っていたら、魔術の訓練でなんでぶっ倒れているんだろう。
 辛そうにしているのは見たくない。もうやめて欲しいのに。何も言えない。

 —— ほんと、馬鹿な私。

 アニスは膝の上のグライドの額を撫でてため息をついた。
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