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アニス編
手綱を掴め
しおりを挟む翌日、アニスは朝から書類に着手したが早々に諦めていた。これは物理的に無理だ。
ただできませんというのも悔しい。まだ二日目で上司と険悪にもなりたくない。
ということでアニスなりの腹案を出してみた。
「事務方を揃えていただきたいです。」
「なんだそれは?」
「私の実家で設けている部隊です。書類を専門に整えます。分業することで経営者は議題の精査と稟議に集中できます。」
「いいぞ。それ採用。」
「え?よろしいのですか?!」
あっさり許可がおりて驚いた。何か事情があってこの惨状だと思っていたのだが。
「先代の頃は父の部下がいたのだが馬が合わず蹴散らしたんだ。爵位を継いで人を増やさなかったのは、グライドには一人でさせる必要があったから。だが今後はそうもいかないからな。立ち上げは任せていいか?」
「はい。使用人の中から二、三名選びたいと思います。」
不可解なことを言われた。だが許可がおりたので、実家が商家な者を三人選んだ。
バースと相談し執務室向かいの倉庫化した空き部屋を事務室とした。掃除を終え、四人で書類を捌いてみる。量は多いがやることは決まっている。覚えればさほど難しくはない。最後アニスが確認して何とか当日分を完了できた。封蝋して発送する。人手をかけられて良かった。これを一人でやっていたグライドの処理能力がおかしいのだ。
事務問題が片付くと、今度は執務室の書類の山が気になった。この山は明らかに使っていない。
聞けばアレックスはほぼ全て覚えているとのことで、納戸になっていた資料室を片付けてそこに押し込んだ。これでやっと一息つけた。
「アニスはすごいな。部屋が綺麗になったよ。」
「これが普通です。明日からレイアウトを変えますので。」
入り口近くに自分専用の机が欲しい。それと応接セット。執務室なら普通あるでしょ?本棚とバーカウンターもつけてやる!
その後、執務室を自分好みにできてアニスはちょっと満足した。
アレックス付きになって二週間が経ち、アニスは色々と問題が見えてきた。
まずアレックスが気まますぎる。
気がつくと消えていて、森に行ってきただの、片道二日の港街バベルにある本宅に様子を見に行ったなどという。
行動範囲がおかしい。そして無計画。いきなり消えないで欲しい。
「勝手に外出しないでください。業務に支障が出ます。」
「すぐ戻ってるから問題ないだろう?」
「そういうことではなく。至急事案が来たら困ります。行くなとは言いませんが、せめて行き先と帰宅予定くらいは残してください。」
「んー。行先は変わることあるしなぁ」
アレックスは面倒くさそうだ。
ああ、やっぱりダメか。仕方がない。
「行き先を奥様に聞かれた場合お答えできません。」
「‥‥‥‥。」
「メリッサ様、ご心配なさいますでしょうね。い・ろ・い・ろと。」
奥様は旦那様の浮気なんて考えもしないでしょうが、ここはそういう風に匂わせる!旦那様の一番恐れているあたりをついた作戦!ちょっとずるいけど効果はあるはず。ですよね、旦那様?
腹黒くニヤリと笑うアニスにアレックスはぐぅと声をあげ、そして観念した。
「わかったよ。出る時は予定を残す。」
「ありがとうございます。」
「メリッサを出すのは卑怯だろう‥‥」
「申し訳ありません。奥様付きでしたので、奥様に事をつい第一に考えてしまうのです。」
澄まして答えれば、アレックスは参ったというように吹き出した。
とりあえず手綱は掴めた。外出を控えさせる手はおいおい考えよう。
第二の問題はすぐ解決できた。
アレックスは気になることや確認要請を口頭でアニスにいう。考えがまとまっていないうちに言うから、せっかくアニスがメモをとってもすぐやめることもある。アレックスが書いたメモを探すこともある。これが地味に、ものすごく面倒だ。
実家にあったような黒板を置いてみた。実家では打ち合わせの板書用だが、アレックスは気に入ったようでメモではなく黒板に色々書き込んでは唸っていた。程なく執務室の壁一面を黒板にしてしまった。今では書庫にあったはしごに乗って書き込んでいる。
執務室というか研究室みたいになってしまったが、まあいいか。
そして第三の問題。時間配分。
アレックスは気ままが故に仕事するタイミングが日によりバラバラだ。これでは面会や会議の設定もできやしない。稟議が期限ギリギリになることもある。朝来たら机に夜処理した書類が山積みにされてるのも嫌だ。
というかよくこんなで今まで大丈夫だったなと呆れてしまった。
グライドは旦那様に甘い。色々と甘すぎる。放し飼いしすぎでしょ!
という訳でこちらで管理することにした。事務室の方が起動に乗って手が空いてきたところだった。
「おいアニス!なんだこれは!午前分とんでもなく多いぞ?!」
「午後来客が二件入っていますので全て午前決裁でお願いします。緊急が三件あるのでいつもより多くなってますね。」
「アニス、お前恐ろしいやつだな。」
「ありがとうございます。午前に全て処理いただけましたら、奥様と昼食後のお茶の時間を確保できますよ。」
「褒めてない!そういうとこが怖いんだよ!!」
そう、名付けて「ご褒美は奥様」作戦!
旦那様も私も幸せになれる奇跡の作戦だ。本気になりさえすれば旦那様の処理はとても早い。
この作戦、意外とうまくいっているのだ。
という具合に業務は進み、気がつくと異動から一月が経っていた。
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