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第二章 ウサギの教育編
第二十ニ話 「貴方たちどんだけよ?!」
しおりを挟むアウル様は私がいつまで経っても本気で戦わないのがご不満なようだ。そこでアウル様がぴーんと何か閃いたような顔をする。そしていつもの意地の悪い笑みがアウル様の顔に滲み出た。
「俺のウサギはホントに無自覚だな。その熱くなる体質を自覚するべきだろ?」
「はぁ?いつ私が熱くなると?」
「すぐキレる。すぐ手が出る。すぐ熱くなる。ベッドの中でも俺の手でとろけそうに熱くなるだろ?そこがホントにいい。もっともっとドロドロに可愛がりたくなるんだよな」
そのセリフにセレニティ嬢が目を剥いて赤面、絶句する。
私もガチンと固まって言葉を失った。脳は一瞬混乱したが、すぐに意味を理解し顔が沸騰し体がわなわなと勝手に震える。血圧が一気に上がり脳内でプチンと何かがキレた音がした。
人前で!淑女の前で!この変態エロ王子は何を言った?!毎晩のイチャイチャ焦らし合いのことなんだけどさ!聞こえがとっても悪いんです!!
そこで何でも備えるトリスが絶妙なタイミングで私の背後のテーブルにトンとバスケットを置く。そこにはいつものカトラリーが山盛りだ。それを私はわなわな震える手で掴む。陶然としたアウル様の笑みがさらに深まった。
「お、やるか?お前にそんな風に煽られると興奮してホント堪らんな。腰にクるぞ。さあこい!お前の愛なら二十四時間いつでも大歓迎だ!」
「人前で!!その変態発言はおやめ下さいと言っております!!!」
両手に三本ずつナイフを構え一気にアウル様に投げつける。
先程のセレニティ嬢との戦闘から学んだ。おそらく私のスピードではアウル様に敵わない。異常能力なアウル様にとっては私の投げるナイフなど緩く飛んでいるようだろう。
ならば手数を増やす。緩いナイフでも滝のように降ってくれば避けられないのでは?
その発想でバスケットのカトラリーを鬼のように投げまくる。たった今編み出した必殺乱れ打ちだ。バスケットから弾を補給しつつ豪雨のようにナイフを放つ。一気にバスケットの中身が半分になった。
しかしそれらを迎えうつアウル様の笑みが悪辣に深まったのが見えて私の呼吸がその刹那止まった。
鋭い音と共に大量のナイフが芝生に叩き落とされた。アウル様の手刀で落とされたようだ。
「なるほど、スピードではなく数でくるか。参ったな。この戦闘センス、ホントに俺のウサギは可愛いなぁ。血が騒いでゾクゾクする。だがな」
膝をついてナイフを拾ったアウル様の両手にはナイフが六本ずつ。それを屈んだまま満面の笑みで構えて見せる。笑顔でナイフを構えるアウル様、怖すぎるでしょ?!私は思わずゾッとして一歩退いてしまった。しかも数がおかしい。
え?両手でじゅうにほん?
「数が足りない、俺にはな。最低でもこれくらいの思いでこいよ」
「無理無理無理!絶対無理です!」
「なぁに少し鍛えれば出来るようになる。何せお前は俺の最終兵器で出来る子だからなぁ。鍛えがいがある」
鬼畜なセリフと獰猛な笑みを湛えアウル様が牙を剥いて十二本のナイフを同時に放った。さらに矢のようにナイフが乱発射される。その非道ぶりにもう悲鳴さえでない。
手加減されたいつものスピードだけど!スピード的には対処できるはずだったけど!数がとんでもないよ!!
例によって本能とカン、動体視力で見極めて避け叩きおとし受け止める。その合間でアウル様へカウンターを投げることも忘れない。
そんなことをしちゃったら、なんでかアウル様がもんのすごく嬉しそうに笑った。恍惚の笑みというやつだ。
あ。やば。これが煽るってやつ?
控えていた侍女たちは慣れたものでその鬼訓練を微笑ましく見ていたが、セレニティ嬢は怯えたように涙目茫然でその様子を見ていた。ガクブルである。
そして例によって私のスタミナが切れた。息を切らし膝を折る私の頭上からアウル様の呑気な声がする。
「まぁ今日はこんなもんだろ。コツは掴んだみたいだしな。ただスタミナ問題はどうしたもんかなぁ。こんな短いと全然楽しめないな」
「‥なんで‥‥?‥‥アウル様は‥‥私と‥どうなりたいん‥ですか?!」
「もちろんイチャイチャ幸せになりたいぞ?」
「‥‥この鬼畜で!非道で!それをおっしゃる?!」
「ああ、お前もそうなりたいだろ?」
そう言ってアウル様は満面の笑みでしゃがんだ私を抱きしめた。その甘い抱擁に不覚にも胸がキュンとした。なんて私はチョロいんだろう。せめてと憎まれ口を叩いて見せる。
「もう!そんなことで誤魔化せませんからね?」
「すまん、つい熱くなった。ホントお前は刺激的で最高だ。頑張ったお前に今晩褒美をやる。楽しみにしてろ。褒美は———」
そしてボソボソと耳元で囁かれた卑猥な言葉に私は真っ赤になってアウル様の胸に顔を埋めた。
その様子を見ていたセレニティ嬢は何か悟ったような深い深いため息をついていた。
ストックデイル公爵家から早々に詫びが来た、とアウル様から説明があった。
誰の為かわからないエロエロネチネチなご褒美で散々貪られベッドでぐったりする私に、お腹いっぱい満足げなアウル様が状況を語ってくれた。
あ、誤解がないよう言っておきますが、私はまだ処女ですから!これでも!
致してないだけ。自分で言って泣けてきたけどね。
「まああれを見てまだ俺の妻になりたいという根性はないだろう」
「あれ?」
「お前の実力。お前に敵う令嬢はファシアにはもういない。お前が最強だ」
「そうでしょうか?」
「セレニティもあれでも結構な使い手だったんだよ、貴族令嬢ではな。ストックデイル公爵家も文武両道な家だ。そのセレニティに勝てていればインパクトがあったんだが」
その話に唖然としてしまった。
ええ?!だから?だから?!
「だから私を戦わせようと?女の子同士なのに?!」
「お前の実力なら問題ない。あいつもそこそこに手練れだしな。実際問題はなかっただろ?」
「まあそうですが‥‥」
「だがお前は相手が俺以外だと手加減する。そこは厄介だ」
「えーっと?別にアウル様だから殴っていいと思ってるわけではなく‥‥」
確かにアウル様相手にはナチュラルに手加減してない。今更だけど、別に殴っていいと思っているわけじゃないのになんでだろ。
「わかってる。お前は俺なら本気を出しても大丈夫だと本能でわかっているから全力でくる」
「え?そうでしょうか?」
「無自覚か?悪漢が相手でも潰していいと本能で反応するからその判断基準でいい。だが相手の実力がわからないと、さらに格下相手では躊躇うのは当たり前だ。優しいお前なら尚のことな」
アウル様は私の頭を撫でて微笑んだ。
確かに私はセレニティ嬢を相手にするつもりは全然なかった。そこで初めて気がついた。
「じゃああの時アウル様はわざと私を煽って?」
「俺相手じゃないとお前は本気を出さないからな。セレニティにはお前の実力を見せる必要があった。ついでに俺の本性も見せておきたかった。俺は優しいだけの王子ではない、とな。口で言ってもわからないやつだったからちょうどよかった」
煽りのためとはいえあの変態エロ発言はどうかと思うが。見た目は非の打ちどころもないハイスペック王太子なのに真の姿は変態エロ鬼畜で戦闘狂、誠に残念だ。
優しい王太子然のイメージは木っ端微塵にされただろうな。セレニティ嬢がちょっと可哀想だ。
「三日後にお前との面会を望む申し出があったから受けておいた。もう理解しただろうから会っても大丈夫だろうよ。あんなんでも筆頭公爵家令嬢だ。仲良くしておけ」
アウル様がニヤリと笑った。
そしてそれから三日後、お茶の時間にセレニティ嬢と相対した。どうやら何か燃え尽きた様子だ。以前の勝ち気な様子は一切なく、随分としおらしかった。
「私ではアウレーリオ殿下のお相手は無理だと理解いたしました」
「はい?」
「とても無理です、あんなこと。とてもついていけません、色々と」
ん?あの鬼訓練のことを言っているのかな?だとするとちょっと複雑だ。それについていけている私は一体?
セレニティ嬢がはぁぁと気の抜けたため息をついてなんともぬるい表情をした。そして自分の猫を引き剥がした。
「悔しいけど認めるわ。貴方ならきっといい正妃になるわよ。可愛らしくて優しくて、国民にも貴婦人の皆様にも人気があって。しかもあんなに強くって。アウル様にもあんなに愛されてさ。敵うわけないじゃない。殿下も思ってたのとだいぶ違うし」
少し寂しげに、拗ねたようにセレニティ嬢が恨み言のように言い放った。
猫も強気も取っ払ったセレニティ嬢はなんだかサバサバしたご令嬢だった。気さくに話しかけてくれるのは嬉しいところだ。何せこっちは真正のぼっちだし。
そんなセレニティ嬢がずいっと顔を近づけて声を顰めた。侍女に聞こえないよう口元に扇を添えてひそひそ話す。
「で?貴方は大丈夫なの?」
「はい?」
「ねえ、ホントに酷いことになってない?辛いとかは?」
「はい?酷いこと?辛い?」
きょとんとした私の顔をじぃと見るセレニティ嬢は一瞬訝しる顔をしたが、やがて深いため息をついた。
「素で根性が据わってるの?それともこれが愛の力?だとしたらものすごいわ。どっちにしろ私じゃ無理だったわけね」
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あのエロエロ攻撃はもうその耐性がついたから今のところ困っていることはない。
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でも頼れるお友達が出来たみたいでなんだか嬉しくなってしまった。セレニティ嬢は思いの外、面倒見がいいようだ。
「あ、別に何もなくてもウチに泊まりにいらっしゃいな。なんか色々話してみたくなったわ。王太子妃になったらお泊まりも夜遊びもできなくなるから今のうちよ!」
「ホントですか?嬉しい!是非お泊まり行きたいな!‥‥あ、でもアウル様もついてきちゃうかも」
「はぁ?!なにその執着?貴方たちどんだけよ?!」
苦笑する私にセレニティ嬢はしばし唖然として、ぷっと吹き出す。そして二人で大笑いしてしまった。
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