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第三章 ウサギとオオカミの即位編
第二十九話 「もちろん弱い方だ!!」
しおりを挟むお目当ての店は混んでいたがなんとか奥のテーブルに座れてホッと息をつく。ここでもアウル様に女子の視線が集まる。胸のモヤモヤがおさまらずつい顔を顰めてしまう。
ホントに面が割れてないんだよね?王子様風のイケメンなだけ?ホントの王子様だけど。
「チーズケーキでいいのか?」
「ここはパフェも美味しいんですって。どっちにしよう!」
「両方頼めばいい」
「そんなに食べられませんって」
真剣に悩んでいればアウル様から提案が出る。
「残ったら俺が食えばいいだろ」
「え?いいんですか?」
「好きにしろ。逢引はそういうもんだろ?」
アウル様が甘やかしてくる。顔に熱が集まった。チーズケーキとストロベリーパフェに紅茶とコーヒーを注文する。
ケーキもパフェもすごく美味しくて思わず身悶えた。さすが大国ファシア!お城のスイーツも絶品だけど、街中の普通のケーキがこんなにも美味しい。
その様子を見ていたアウル様が苦笑してケーキを刺したフォークを差し出してきた。それをおずおずと口に入れる。パフェのスプーンも差し出せばアウル様は嬉しそうにパクリと食べた。
一つのケーキを分け合うのも食べさせ合いっこするのも、ラブラブ仲良しみたいで気恥ずかしい。
あれれ?逢引いいじゃん?お城と違って二人きりだし?
珍しく甘々イチャイチャな展開に私はうっとりしていた。
だがこのまま無事にイチャイチャで終わるなんて私たちにはあり得ないことだった。
ケーキ屋を出て私たちは街中をぶらついた。はぐれないようにという言い訳でアウル様の腕に縋りつく。実際行き交う人も多かったがアウル様に集まる視線も気になった。
アウル様はそんな女子の視線に気にした風もなく祭りを見て呟いた。
王族って視線が集まるもんだから慣れちゃってるとか?
「今年は気候も穏やかで作物も豊作だった。一安心だ」
「そうみたいですね。みんな楽しそう」
「ああ、だな。流石の俺でも天候ばかりはどうしようもない。不作に備えて備蓄はしているがそうならない方がいい」
ふとアウル様が為政者の顔になる。それは国を憂いあらゆる事態に備える賢王の姿だった。
現王に国民に望まれて即位する。凄いことだ。その上見た目もカッコよくてハイスペックだし。自由奔放だけど何事にもとらわれない規格外王子だ。
底なしにえっちで困った変態なんだけどね。英雄色を好む?秀いた人物に欠点の一つや二つは仕方がないんだろうか。倫理観がしっかりしてるのが救いか。女性に無節操でも困るし。不幸中の幸い、えっちが陵辱系とか痛い系じゃなくてよかったのかな。まあ多くを望んじゃダメだね。
「お前、今俺をディスってなかったか?」
「え?なんでですか?アウル様カッコいいなぁって思ってましたよ?」
「どうかな?なんかすげー残念そうな目で見られてた様な」
ギクギク!もう鋭いな!王の資質かもしれないけどさ、機微に聡すぎるのもどうよ?
そんな時遠くで叫び声がして気が逸れる。大きく怒鳴る声。それに破壊音。お皿が割れる音?
それに反応してアウル様は私の手を取って走り出した。騒ぎの方に。
おいおい!身を隠して逢引してるのに騒ぎにわざわざ突っ込むんかい!ここは騒ぎを避ける方でしょ?野次馬が過ぎますって!
祭りには喧嘩がつきものというか。そこはすでに数人の男の乱闘となっていた。酒を出す店で客同士がいざこざになった様だ。よく見られる光景とも言える。時間が経てば勝手に解決するやつだ。そこまではまあいいだろう。
だが私の旦那様がどういうわけかそこにイキイキと混ざろうとしていらっしゃる。目を疑ってしまった。
なぜ?!なぜにこんなに参加意識が高いん?
シラフなのに。全く関係ないのに。
獰猛な笑みで飛び込もうとするアウル様を寸前で捕まえ小声で諌めます。
「何しようとしてます?!」
「喧嘩の仲裁だ!」
「仲裁?事情もどっちが悪いかもわからないのに?!」
「そんなもん後でどうにでもなる!」
「うわぁ!ただ喧嘩したいだけですね?!」
「まぁそうとも言える」
「何をしれっと‥‥」
平然とするアウル様に愕然としてしまった。
え?ええ?!確かにアウル様お強いけど?王族なのに闘争本能がお盛んとかダメでしょう?期待の次期国王が喧嘩早いってヤバくない?!血の気が多すぎます!
そこそこ付き合い長いはずですが?まだ私の知らないアウル様がいらっしゃるとは!
初夜でも思ったけどどんだけ引き出しをお持ちですか?!もうないですよね?
「大体どちらに加勢なさるんですか?!」
「もちろん弱い方だ!!弱きを助け強きをくじく!!」
「はぁ?なにそれ?!ほっとけば鎮火するのに余計炎上するじゃあないですか!ダメですって!ああもう‥‥!!」
喧嘩の仲裁?正義漢のフリして!
それはホントにただの戦闘狂ですって!!
アウル様は変装用のメガネを投げ捨てて牙を剥いて参戦した。
メガネなくてもいいんです?イキイキと乱闘に参加してる男が次期国王とかって身バレしたらマズいって!こんな凶暴な王様なんて全国民が泣きますよ?!広報担当も卒倒しちゃいます!
アウル様は乱闘の中で殴られそうな紳士を庇い相手を蹴り飛ばした。相手は一発K.O. 普通であれば英雄的行為であったのですがね。
喧嘩の仲裁をしようとしていた店主に見えましたが、その気持ちを今台無しになさいましたね?
蹴られた相手の仲間なのか別の男が猛然とアウル様に殴りかかる。それもアウル様の手刀で易々と地面に叩き潰された。さらにさらに!襲いかかる男達を殴り蹴り、ちぎっては投げ、急所を抉って楽しそうに沈黙させていく。
おう!相変わらずめちゃくちゃお強くていらっしゃる!呆れる程に全く危なげない。イケメンなのに笑顔が修羅すぎて怖いってば!
新手剛拳の参戦で現場はさらにヒートアップ。我先にとギャラリーからも乱闘に飛び込んできた。こうなるともう収拾がつかない。アウル様という燃料投下で思った通り大炎上だ。私は目元を手で覆ってしまった。
ここは次期王妃として私だけでも鎮火に努めなくては!
「もう!喧嘩はダメです!みなさん落ち着いて!」
「邪魔すんじゃねぇぞこのアマ!」
体が勝手に動いた。弾き飛ばそうと私に突進してきた酔っ払いの大男をひらりと躱し、身を屈め男の背中から横蹴りをお見舞いする。大男は吹っ飛ばされて地面に撃沈した。
「不可抗力!これは正当防衛です!」
スカートの下は黒スパッツ装備。お陰で思いっきり蹴り上げられた。
もう戦闘前提の装備じゃないですか?先見の明?予知能力?アウル様が周到過ぎるよ!
私の蹴りでギャラリーからわっと声援と口笛が湧いた。フードをすっぽり被った小柄女子が大男をふっ飛ばしたわけで。もうバカウケだ。
違う違う!
私は参戦したいんじゃないんだって!
「か弱い乙女に何するんですか?!思わず蹴っちゃったじゃないですか!」
「毎度過剰防衛だな。か弱くない。凶暴なウサギだ」
その声にカチンと来て側のテーブルの上のものを咄嗟に握り声の主にシュっと投げつける。もう条件反射だ。アウル様がそれをするりと避ければ、背後の男の顔面に胡椒ビンがジャストミート。男が鼻血を噴いて倒れれば、さらに群衆が沸いた。
だから違うんだってば!!
「もう!また当たらない!!」
「安心しろ。ものすごく腕は上がってる。俺のウサギは戦闘狂だな」
「アウル様に言われたくありません!!!」
もうね、当てたい的に褒められてもね!
こうなりゃ必殺乱れ打ちじゃ!!
側にあったカトラリーから皿からめちゃくちゃにアウル様向かって雨あられと投げつける。それを涼しい笑顔でクールにカッコよく避けて見せる。避けられた物は他の皆様に全部クリーンヒット。群衆から黄色い声が上がるのがさらに忌々しい。あっという間に弾切れだ。
「悔しい!一発くらい当たってもいいのに!!」
「上達速度が速い。そんな日が近く来そうだな。将来が楽しみだ」
「その上から目線やめてください!!!」
もうこの場に立っているのは私とアウル様だけ。ギャラリー的には私達の一騎打ちを望んで熱気がすごい。
あれ?結果的に鎮火完了?
私の出番終了じゃん。
さらにウチらで戦えと?
これでも王太子夫妻なんですが?
そしてアウル様がなぜか不敵な笑みで手のひらを上に向けてコイコイして私を煽る。目を疑った。
「は?本気で私と戦うと?」
「ギャラリー湧いてるからな。サービスだ。お前ときちんとやり合ったことがない。ちょうどいい」
「どうせやるなら私は勝ちに行きますよ?」
「いいねぇ、俺のウサギは煽りがうまいな。そんな風に誘われたら堪らん!すごくイイ!興奮するぞ!」
「その変態発言はおやめくださいと何度も言ってます!!!」
目を鋭く細め身を屈め、私は一気に距離を詰めた。
アウル様の目の前で前蹴りを放つ。ボディを狙ったそれを笑顔で軽く躱すアウル様。
躱されるのは予想済み、空を斬った足を踏みつけ地面を蹴る。身を躍らせて抉る様に下から後ろ蹴りを入れた。だがこの蹴りはアウル様の腕で止められた。しかも片腕一本で。
体重を乗せても私は打撃が軽い。軽いが故にスピードで確実に急所に打撃を入れるのが私の持ち味なのに、軽い為に腕で止められると読まれてしまった。急所への狙いが正確すぎていっそ蹴りも予測されて防御されたし。
「いい蹴りだ。急所を狙う筋もスピードもいい。まさに一撃必殺。そろそろ手技を身につけるか?コンボの質とバリエーションが上がるぞ?」
「もう!余裕腹立つ!全然効いてないじゃないですか!!」
腹立ち紛れに繰り出した首を狙った上段回し蹴りや下段回し蹴りから後ろ回し蹴りのコンボも見切られて腕や足で止められた。スピード乗ってたのに!
ヤケで繰り出す乱れ蹴りをことごとく躱され止められ、たまらずアウル様から距離を取った。ギャラリーからどっと歓声と囃し立てる声がする。
強い!硬い!実力差ありすぎて子供扱いだよ。
わかってたけどさ!ここまで敵わないもん?
こっちはスタミナないのに。多撃は不利だって!
アウル様が嬉しそうな獰猛な笑みで私を煽る。
「ハハッ楽しいなぁ。さあもっとガンガンこいよ!お前の愛を全部受けてやるぞ!」
「それなら私の愛の蹴りにさっさと吹っ飛ばされてください!!」
「俺のウサギは加虐性欲者決定だな。俺に強要するなよ、染まっちまうだろ?」
「もうすでに染まってるくせに!私のせいにしないで下さい!!」
その時辺りを砂混じりの突風が襲う。私は咄嗟に身を屈めて目を庇った。が、被っていたフードが頭から外れて顔が衆目に晒されてしまった。熱狂で大騒ぎだった群衆が一気に静まり返る。
ヤバい!と一瞬息を呑んだが冷静に立ち直り誤魔化そうと微笑んで見せた。
「えっと‥‥」
こういう時は慌ててキョドッてはいけない。返って怪しくなるものだ。ここは冷静に、と。
いやいや、私もこの国に来て日も浅い。
耳を隠したツインテールだし?
そう簡単に面なんて割れ‥‥
「あれ?あの子ノワゼット様に似てない?」
「ホント!あの笑顔!噂の『天使の微笑み』?!」
「すごく可愛い!きゃぁぁ!」
げげげ?!なんでだ?!
咄嗟にフートを被るがもう遅い。
「ひッ人違いですぅぅ!!!」
「バカ!何やってんだ?!」
アウル様が私を小脇に抱えてものすごいスピードで走り出した。群衆が私達に駆け寄ろうとしたところに破裂音といくつもの煙が立ち上る。それは目眩しをする様に私達の姿を隠した。
その煙の中をアウル様は裏路地に向かって駆け抜けた。
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