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第三章 ウサギとオオカミの即位編
第三十話 くー?でたー?
しおりを挟む「もう勘弁してくれよ。あんな人だかりじゃ暴動騒ぎになりかねないぞ?」
誰もいない薄暗い裏路地深く、アウル様が私を下ろしてはぁと嘆息をこぼした。そしてぎゅっと正面から私を抱きしめる。
先ほどの逃走劇でなんとなく納得する。
逃げる時の煙は煙幕。あの目眩しを起こしたのは影だ。
お忍びなんて言いながら、護衛の影は連れてきちゃってる。最初から二人きりではなかったのだ。
まあ本当に二人だけのお忍びなんてアウル様だって怖くてできないか。
「とにかく無事でよかった」
「あれは事故です!仕方がなかったんですって!アウル様だってあんな喧嘩‥‥」
「すまん。そうだな。お前が強くなっててちょっと血が騒いだ。俺もまだまだ血の気が多い」
ほろ苦く笑うアウル様にずっと気になっていたことを聞いてみた。
「アウル様のあの技、どこで身につけられたのですか?」
「技?」
「格闘術です。私が攫われた時に使っていたアレです。私の知識は大したことありませんが、あんな技見たことありません」
「——— ふうん。どう思った?」
アウル様の少し低い静かな声に内心慄きながらも思ったことを言ってみた。
「なんというか、相手を殲滅することに徹底しているというか。ものすごく意図がはっきりしていて冷酷というか‥‥暗殺術のようですね」
「暗殺術か。核心をつく。なるほど、俺のウサギは鋭いな」
壁に寄りかかりアウル様は瞑目し天を仰いだ。しばらく押し黙っていたがアウル様が仰向けのままふと口を開く。
「———あれは無音殺傷法と呼ばれるものだ」
サイレント?
初めて聞くその耳慣れない発音が気になった。
「無音‥‥?初めて聞きました」
「だろうな。フェアバーンシステム。もともとこの世界には無かったものだ」
目を閉じて上を向いていたアウル様が目を細め顔を下ろした。その刺す様な鋭い気配に私が息を呑んだ。纏う気配、剣呑なそれは殺気だ。
「目の前の標的を破壊することに拘り特化した近接戦闘術。オレは特殊空挺部隊時代に身につけた。拳法と柔術から発展させた体術とナイフを主に使う。相当に残虐だ」
「‥‥は?」
意味がわからない。謎かけの様な言葉だ。所々わからない発音の単語も出た。
「この世に無い?えっと?それはアウル様が編み出されたという意味ですか?」
「違う。俺ではない。考案者でそれを極めたものは別にいるが、この世界で初めての習得者という意味ではこの世界ではオレがそれに当たるのかな」
「えっと?アウル様?」
アウル様は遠い目でそんなことを呟いた。そして首を傾けきょとんとする私にフフッと溢れるように微笑んだ。私を抱き寄せて優しく頭を撫でてくれる。
「つまらないことを言った。忘れろ。もうずっと昔の話だ。俺が生まれる前のな」
「アウル様?」
「今はお前がこの腕の中にいる。それがどれだけ俺にとって幸せなことか言ってもわからないだろうな」
言葉を切り私の肩口に顔を埋めるアウル様が軽く息を吐いた。
「お前は知らないだろうが、俺はお前に救われた。お前がいなければ俺は今日ここで正気を保てていなかったろう」
何やら恐ろしい言葉に目を瞠る私をさらにきつく抱きしめる。
「十年前のあの日俺はお前に出会えた。孤独と猜疑の中でお前が俺を照らし導いてくれたんだよ。今だってそうだ。こうしてお前の許に帰って来れる。だからずっと元気で、生きて俺の側にいてくれ。お前を失っては俺は正気ではいられない」
「えっと?ずっと一緒ですよ?」
「ああそうだな。ずっと一緒だ。病める時も健やかなる時も、———死ぬ時でさえも」
そしてアウル様はくすくすと嬉しそうに、でもどこか切なげに笑い続けた。
この時は私は語られたその意味がわからなかった。
それがしばし後にある意味を持つということにも。
即位の儀に向けて準備は怒涛の勢いで進み、あっという間に一ヶ月が過ぎた。そして明日は本番という日に私はまたアウル様に攫われていた。
いやね、直前のリハーサルとか死ぬほど忙しいはずなのに?毎度のことだけど王太子妃防衛のバリケードをぶっ壊し罠を蹴散らして。私は颯爽と攫われました。
しかも今日は小脇ではなく肩に抱き上げられています。荷物のように担がれてるというか。
どんどん扱いが酷くなってないかな?気のせいか?ん?
明日が本番だっていうのに!
これはもう流石に苦言を言ってもいいよね?
肩に担がれた私は身を捩ってアウル様に苦情を申し立ててみた。
「アウル様、いい加減にしてくださいって。もう本番前で時間ないのに。夜以外は控えてくださいよ!」
「そうもいかないんだな、これが」
アウル様の少し冷ややかな声音にウサギ耳は異変を感じ取った。
「何かあったんです?」
「クーデターだ」
「——— はい?」
アウル様のサクッとした返答に私は目を剥いてしまった。
くー?でたー?何だっけそれ?
真っ白になって絶句する私を肩に担いだアウル様はいつもの数倍の速さで城の庭を通り、姿を隠すように森の中を駆け抜ける。そして裏門の逢引によく使う納屋にやってきた。
中にはアルフォンス王子殿下に宰相のクレマン卿が待っていた。そこで初めてすとんと肩から降りされた。
「ご無事でしたか姉上。よかったです」
アルフォンス様がにっこりと微笑んだ。
アルフォンス様とは仲良くなって私は姉上と呼ばれるほどになった。まあそう呼ぶように私がお願いしたんだけどね。可愛い弟がずっと欲しかったんだよ!
アルフォンス様は見慣れない緑色の服を着ている。これは戦闘服だろうか。ポケットのたくさんついたベストには色んなものがぶら下がっていた。首にはゴーグルをかけている。
いつも纏っている王族の盛装と違うのにこの格好もしっくり似合っているのが不思議だ。
傍のクレマン卿は普段の格好で相変わらずにこにこしている。一見は優しいおじいちゃん紳士、私とも仲良く接してくださる。でも怒るととっても怖いらしい。アウル様やアルフォンス様は子供の頃からの付き合いだそうだ。ファシアで長く宰相職を勤められた重鎮だ。
そのクレマン卿がくつくつと笑う。
「攫ってくるとおっしゃいましたが、妃殿下をそのように運ぶのは殿下のみでしょうな」
「こいつもだいぶ慣れたからな」
「あれだけ攫われれば慣れます。でも雑なのは許せません」
「すまん、時間がなくてな。敵が動き出した」
「敵?」
その響きに私の耳がピクリと反応する。前より怯えなくなったのはトラブル体質の危険なアウル様に慣れてしまったんだろうか。そのアウル様からさらに物騒な言葉が出た。
「反乱だ。標的は俺とお前だからな。まずはお前の安全確保だ」
「はッ?!んッ?!」
反乱?くーでたーって反乱か?!
流石にそれは驚いた!偽装挙式で反対勢力一網打尽したって言ってたじゃん!不穏な雰囲気なかったのに?!
これまた聡いアウル様が私の心情を理解して状況を説明して下さる。
「挙式の日の反対勢力な。実は証拠不十分で少し取りこぼしてたんだ。まあどうせまた動くだろうと泳がせておいたんだが、俺の即位に合わせて私軍を出してきた。この俺の記念すべき日に国家転覆を企てる。万死に値する罪だ」
「その憤りを挙式の時も見たかったですね」
低い声で厳かに激怒するアウル様に私は冷ややかにツっこんだ。アルフォンス様がそれを見てくすくす楽しそうに笑っている。その笑顔は十六のまだ少年らしさがある。
「まぁその気配はあったのでこちらも準備しておりました。国軍は掌握されてませんので反乱というほど酷いものでもないでしょう。既に国王陛下妃殿下、テトラにアナスタシアは避難済みです」
「え?でも一昨日からご公務で皆様お出かけでは?」
「あれは偽装だ。実際はそのまま俺の準備した避難場所に身を隠している。場所は俺とアルとごく少数しか知らない」
アウル様の言葉に少し安堵した。反乱なら王族全員が標的になりかねない。アウル様の上のお姉さまは他国の王家に嫁がれているから大丈夫だろう。
そこでふと気がつく。
「わかっていたのならなぜ私たちは避難してないのです?」
「俺とお前が動くと敵に気取られる。あくまで標的は俺とお前だからな」
そこで私は目を剥いた。
「はぁ?!それって囮ですよね?!それはダメだとあれほど!!何で私も標的?」
「安心しろ。お前は俺が完璧に守る。ミゲルも今討伐軍を指揮してるところだ。お前も標的になったのは、最悪俺を取り逃してもお前を捕まえれば俺が言うことを聞くと思ってる様だ。まあ一理あるな」
呆れる私にアウル様はこれまたサクッと世間話のように説明した。
この王子!また囮作戦やりおった!しかも今度は私もセットだ!!完璧に守るってどうせ命だけは守られるってアレですよね?討伐軍?めっちゃくちゃ緊迫状況時なのに何故こんな緊張感がないん?!
「え?!城の皆を避難させなくて良いのですか?!」
「反乱軍はまだ遠い。私軍程度だし決起は明日の予定だからな。まだ安全だ。だから兵を置きにきている今が叩きどころだ。私軍であれ兵を動かした。もう言い逃れできまい」
また!罪の証拠を押さえるためにここまで泳がせたと?!
私が理解した様子にアウル様は物騒にもニヤリと笑った。
「油断している今、本部隊を攻めて首謀者を捕らえ反乱による戦闘を未然に防ぐ。お前もそのために呼んだ」
「え?私?」
「戦力として。それに敵も同じことを考える訳さ」
「城に敵の密偵が放たれたようでしたので安全の為に姉上には僕たちに合流いただいたわけです。僕たちと一緒が一番安全ですので。反乱前にお二人を押さえられれば敵も楽でしょうから」
にこやかにアルフォンス様が補足する。
おおう?私も密偵に攫われるところだったと?攫われるのはもう二度とごめんです!
そんな思いでアウル様の手をぎゅっと握ればアウル様も微笑んで手を握り返した。
「大丈夫だ。今度こそお前を守ってやる」
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