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034: アリスの騎士③

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「レオナード殿下、ごきげんよう」
「急に呼び出して済まないね。後ろの彼が手紙に書いてあった君の騎士か?」
「はい」
「リオンです」

 頬を染めたアリスに紹介され警戒しつつ挨拶をすればレオナードが気さくに微笑んだ。

「レオナードと呼んでくれ。アリスの婚約者なら君も友人だ」

 もっと王子マウントが来るだろうと思っていたのに思いの外人懐っこくて内心ビビってしまった。

 あれ?タイマン上等と思ってたのに?
 展開が全然違う。

 そもそも猫は人族の言葉がわからない。よって語気や雰囲気で様子を判断する。おそらくアリスがダリアに虐められている、や王子の恋人、というのも二人のこの人柄からの誤解だったのだろう。

 王子とアリスは仲がいいが恋人というよりは共通の価値観を持った親友といったところ?まあ?傍目には仲がいいところだけ見れば恋人にも見えなくはない?噂とは恐ろしいな。

 その噂だけで第二王子襲撃を企てた自分のことをリオンはさらっと流した。

「それはそうと!シルバー!久しぶりね、元気だった?」

 第二王子の手の中の灰色がかった毛皮がむくりと上品に顔を上げた。長毛種の美しいチンチラだった。リオンの視線を受けてその猫の目が鋭くなる。明らかに敵意があった。リオンの視線と絡まりバチバチ火花が散った。

「急に呼び出してすまなかったな。こいつがアリスを急に恋しがって。久しぶりに撫でてやってくれないか」
「もう!殿下はこの猫に甘すぎますわ!ほっとけばいいんですのよ。アリスをわざわざ呼び出さなくても」
「私は大丈夫ですよ?寂しかったんだよね?」

 銀猫を撫でようとアリスが伸ばした手を気色ばんだリオンが掴んだ。アリスが驚いて目を瞠る。

「りおん君?」
「ありす!なでなでダメ!」
「え?」
「ありす(の神の手)はボク専用だから!他の子を触っちゃダメだよ」
「あ、そうだった!ごめんね!」
「ボクのありすだから、もうこの(神の)手で(他の猫に)触るのはダメだからね?」
「うん、私(の神の手)はりおん君だけのものだから」

 不用意に妖精殺し“神の手”で猫に触れてはいけない。妖精殺しの名がついているが妖精以外の動物も魅了する。リオンがアリスに最初に説明したことだ。それを思い出しアリスがこくんと頷いた。アリス的には猫に触れないのは残念だがその分黒猫リオンを毎晩メロメロに撫で回している。リオンもデレデレに喜ぶしでお互い幸せになれているのだ。

 だが二人手を取り合い見つめあっていう言葉としては意味のとりようによっては熱烈すぎる。聞いていたダリアが赤面絶句していた。傍のレオナードが嘆息混じりのセリフを吐いた。

「あー、なかよしいいなぁ。ああいうのがラブラブカップルっていうんだよね?私たちはどうかな?」
「わわわわ私たちは政略的な婚約ですので!」
「えー、ダリアは私を嫌いか?」
「きッですから!嫌いとかそういうことではあり」
「じゃあ好き?」
「!!!!」

 耳まで真っ赤にして絶句するダリアにレオナードはにこにこ嬉しそうだ。一方でレオナードの腕の中の銀猫がリオンにガンを飛ばしていた。リオンも威嚇を込めて銀猫をにらみ返す。

『アリスの久しぶりのなでなでじゃますんじゃぇねぇ!オレは第二王子の愛猫だ!オレに逆らってただで済むと思うなよ』
『誰に物を言っている?脅してるつもりか?バァカ、ボクはありすの婚約者だ』
『婚約者?アリスの騎士気取りか。妖精崩れの飼い猫のぶんざいが!』
妖精シーを愚弄するな!ボクは猫族の妖精ケット・シーの第二王子だ!お前こそ人族の第二王子の、たかだか飼い猫のくせにほざくんじゃねぇぞ!』
『妖精猫ごときが妖精殺し持ちのアリスと添えるはずがなかろうが!頭イカれてんのか!』
『もういっぺん言ってみろこの腐れ駄猫!ボコボコに潰して海に沈めるぞ!』
『やってみろよクズ黒猫が!!』

 一触即発、ドスの効いた念話が飛び交いシャーッと威嚇音が聞こえてきそうなほどにリオンとチンチラの目付きが鋭くなる。木の上から様子を見ていたギードは目元を覆っていたが、アリスは微笑ましく見ていた。

「やっぱり仲良しになった。きっとりおん君とシルバーなら仲良しになれると思ったの」
「いやぁ、これは威嚇しあってるようにしか見えないよ?」

 そこでふとレオナードの手がポンとリオンの頭の上に置かれた。アリスとダリア、銀猫が目を見張る。頭を撫でられたリオンは威嚇からの一転、恍惚な表情だ。

 にゃぁぁ?なんだこれ?ありす程ではないがパパさんクラスでいい手だにゃ~至福ぅ

「なんだろうな。この頭を見てると無性になでなでしたくなるな」
「ヤダ!ダメですレオナード様!りおん君は私だけがなでなでできるのに!」
「いや、すまない。だがなんというか、手を離しがたいな」

 アリスにもなでなでされてリオンは恍惚の表情だ。その様子にダリアが脱力したように腹の底からため息を吐き出した。

「なんでいつも最後はこんな和やかな雰囲気になるのかしら。なんだか疲れましたわ。私は失礼いたします」
「え?もう帰られてしまうのですか?」
「なら私が送ろう」
「いいえ、近くに馬車を待たせてますので。ありがとうございます」
「じゃあ馬車までご一緒しますわ!」

 丁寧な所作で退こうとするダリアにレオナードはとてもいい笑顔だ。

「明日は私とお茶する約束だからね。久しぶりの二人きりだし楽しみにしてるよ。仮病で欠席したら家まで見舞いに押しかけるから」
「そそそのようなことは致しませんわッ」
「どうだかなぁ。前科あるし」

 リオンの視線の先、公園の外の道沿いに馬車が見えた。あそこまで送っていくのかとリオンもアリスについていこうとしたところでレオナードに呼び止められた。アリスも大丈夫とリオンに手を振った。

 男二人残された。ここからタイマンか?と内心リオンは身構えたのだが。レオナードは付き従っていた護衛らしき者に抱いていた猫を渡している。相手の手が空いたことでリオンはさらに毛を逆立てた。
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