長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

まこさん

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第十九話 秋深きたまには恋バナしてみるか

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「ねぇ、聞きたい事があるんだけど」
 神殿の柱に凭れて立つにこりが、渡りに腰掛ける隆輝に話しかける。 
 大欠伸をして涙目の隆輝が、不思議そうな顔で見上げた。
「俺?」
「あんた以外に誰が居るのよ」
 にこりは大きく溜め息を吐いた。
 今日は平日。十五時半を過ぎたあたり。
 本来ならやっと下校時間なのだが、校舎全体に清掃業者が入る為、一限短縮されたのだ。
 十一月上旬になって、日の入り時刻がぐんと早くなった。にこりは部活動に所属していないので下校後直ぐに駅へ向かうのだが、電車を待っている間に辺りは薄暗くなってくる。
 過保護な親兄弟が暗くなるまで出歩くのを良く思うはずもなく、夏場のように朔太郎の神社に頻繁に通うのを控えていた。
 下校時間が早まる。それは、自由時間が増えるという事。
 久しぶりに平日に朔太郎に会えると浮かれて足を運んでみれば、朔太郎は出かけており留守だった。
 代わりに居たのは、サボリーマンこと隆輝だったのだった。
 さらりと吹く冷たい風に傾き始めた太陽光が心許なく感じ、ブレザーの袖を指先まで伸ばす。
「朔太郎さんの好きなタイプってどんな人?」
「好きなタイプ?」
「例えば、可愛い系とかキレイ系とかさ。年上か年下か、とか」
「聞いた事ねぇけど、派手な人は多分苦手だろ。知らんけど」
 隆輝の適当な回答に眉を顰め、また溜め息を吐く。
 質問を変えてみよう。
「じゃぁ、今まで付き合った人はどんな感じの人だった?」
「それも知らねぇなぁ。つーか、恋愛経験あんのかな?」
「何なの、さっきから! 朔太郎さんが子供の時から知ってるんじゃないの」
 隆輝の曖昧さに、にこりは苛立ちを覚えた。
 自分の朔太郎に対する気持ちはこの隆輝も知っているはず。なのに何故、今日はいつにも増して曖昧な態度をとるのだろう。
 隆輝にとったら自分の五倍以上長く生きている朔太郎の人生は計り知れず、あまり恋愛遍歴等プライベートな事に頭を突っ込むのは如何なものかな、と思っていた。全く興味がない訳ではないが、生きてきた時代と境遇が違い過ぎるので自制していたのだ。
 にこりはまた溜め息を吐き、質問を変えた。
「朔太郎さんの誕生日っていつ? もしかしてもう終わってる?」
「まだ。十二月一日だよ」
 戸籍上は、と心の中で付け足す。
 朔太郎は万延元年(一八六〇年)生まれだが、正しい月日は分からない。
 先代宮司に拾われた時の推定月齢から逆算し、キリの良い日付で十二月一日に。そして、「ついたち」に因んで「朔太郎」と命名されたのだ。
  朔太郎の誕生日まで一ヶ月を切っている事実に、にこりは焦る。
「プレゼントどうしよう。期末テストもあるのに……」
「朔さん、甘い物好きだから、大福でもあげたら」
「か、可愛いけど……大福買うなら普通にケーキ買う方が良くない?」
 次に、にこりは、隆輝は何をプレゼントするつもりなのかを尋ねた。
 付き合いの長い者同士。何を贈るのか。少しでも参考にしようと考えたのだ。
「大容量使い捨てカイロ一箱」
 隆輝が言い放った色気のない一言に、にこりは盛大に溜め息を吐いた。
 全く参考にならない。
 隆輝は、めちゃくちゃ喜んでたけどなぁ、と呟いて頸を掻いた。

 それから数分間続いた地獄の無言空間を、自転車のスタンドをかける音が破った。
 次に土を踏む足音が、徐々に近付いて来る。
 境内と居住区を隔てる垣根から、朔太郎が現れた。
「おや、お二人さん。いらっしゃったのですね」
 ニコッと微笑む朔太郎は浄衣姿ではなく、私服。チャコールグレイの厚めの生地のカーディガンを羽織っている。
 手に提げているのは膨れたトートバッグ。
 文具や消耗品のストックや神事で使用する物の不足分を調達してきたのだった。
 それらを片付ける為に社務所の鍵を開ける朔太郎に、にこりはちょこちょこっと駆け寄った。
 貴重な朔太郎の私服姿を写真に収めたいが、朔太郎が写真を撮られる事があまり好きではないと聞いているので我慢する。
 その代わり、もっと近くでこの目に収めようという涙ぐましい乙女心である。
「寒いでしょう? 温かいお茶を淹れましょうね」
 社務所の窓越しに見つめるにこりに、朔太郎は微笑んだ。
 電気ケトルに水を汲んでセットする朔太郎に、にこりは話しかける。
「ねぇ、今日のサボリーマン、いつもよりおかしくないですか?」
「あぁ、実は……」
 数日前に付き合っていた女性にフラれた、という。
 交際期間は二ヶ月程で、まだまだこれからという時に突然、一方的にフラれてしまったのだ。
 仕事関係で知り合ったので隆輝の仕事の都合については理解されていたが、源田家当主としての家と土地の管理や、自治会や地域の催し諸々の都合は理解されなかった。
 更に、隆輝の性格や思考にも難色を示した。
 好奇心旺盛で愛想が良く、他人にも寛容な所が魅力だったのに、付き合っている内にどうにも子供っぽく見えてしまった。
 名家の十五代目でそれなりの資産はあるはずなのに、ハイブランドの物を殆ど持たない。愛車はスポーツカーでも高級車でもない、中クラスのコンパクトカー。公共交通手段が限られている地方都市では、自家用車は道楽やステータスではなく、生活必需品である。
 維持費や使い勝手の良さを考慮してのコンパクトカーなのだが——
「思ってたスパダリと違う、と言われたそうです」
「何か、可哀想になってきた……」
 お茶の入った湯呑みを三つ乗せた盆を隆輝の隣に運んで、朔太郎もその隣に浅く凭れるように腰掛ける。にこりは座らずに、朔太郎寄りの対面をキープ。
 隆輝は、しっとりとした雰囲気のままお茶を啜った。
「こんな腑抜けみたいになるなんて本気だったんだね、サボリーマン」
 同情したにこりが、憐れむ。
 朔太郎は、苦笑いだ。
「遊びで付き合った事ねぇけど。何つーか、この歳になってそんな理由でフラれる?と思ってさぁ」
 これまで隆輝は交際してきた女性の多くに、理想のスーパーダーリンではない、という理由でフラれてきた。
 皆、隆輝はイケメンで優しいから、自分を無条件に溺愛してくれる。また、源田家は名家だから金持ち。だから結婚すれば不自由なく贅沢に暮らせる、と思っていた。
 実際は、優しいし溺愛もするが、公平で平等。結婚して源田家の一員になる以上、家を守る為に最低限の役割と責任は発生する。それらが嫌で、フったのだ。
 今までで一番まともな理由は「源田家に加わる自信も責任も無いから」である。
「外見の期待値が高すぎるんですよね」
 歴代源さんの恋愛模様を見てきた朔太郎は、苦笑いしつつお茶を飲む。
 にこりは、そんな貴方の恋愛遍歴はどうなのよ、と内心ソワソワしていた。
「日も暮れてきたし、変な男に引っかかる前に帰んなさい女子高生」
 にこりがお茶を飲み終わったのを見計らって、隆輝が言った。
 確かに、先程よりも太陽は地平線に隠れ始め、空の青色が濃くなっていた。早くしないと、神社から駅に向かって歩いている内に暗くなってしまう。
 時計代わりにスマホを取り出してみると、父親から駅まで迎えに行くというメッセージが入っていた。
「ヤバッ。もう行きますね」
「お気を付けて。またいつでもいらしてくださいね」
「はい。サボリーマンも、あんまり思いつめないでよね」
「心配してくれてサンキュ」
 隆輝は、朔太郎の肩に腕を回して寄りかかり、ウインクを投げた。
 それを見たにこりは、朔太郎の前という事を忘れて眉根を寄せて舌打ちをする。
「キモッ。心配して損した!」
 にこりは通学鞄に手を突っ込み、取り出した一粒の飴を隆輝に投げ付けた。
 じゃーね、と言って走り去った後の境内は、風が落ち葉を運ぶ音がよく聞こえた。
 飴は、小さなハート型のイチゴミルク味だった。

 今日は元々半休だった隆輝だが、フラれた事により予定が白紙になった為、朔太郎とスーパーに行って食材を買い込み、自宅でしこたまお好み焼きを焼いた。
 大きく分厚くて外はカリッと中はふっくら。
「はぁ、最高です」
 朔太郎は口の端に付いたソースを小さくぺろっと舐めた。
 大満腹、大満足だ。
 隆輝は最後の一枚を豪快に頬張る。
 スポーツで思い切り体を動かすか、食べたい物を思い切り食べる。このどちらかが隆輝にとってのストレス発散方法である。
 缶ビールをぐいと煽って、隆輝は小さな溜め息を吐いた。
「ジイさん、俺は結婚出来んのかなぁ」
「良きお相手が見つかれば……としか言えませんね」
「だよなぁ」
「毎度同じような理由でフラれ続けても結婚願望がまだあるんですね?」
「まぁね。甥っ子達とか、会社のイベントで社員の子供達の相手してると可愛いなと思うし、我が子はもっと可愛いんだろうなぁと考えたりする訳よ。それに、身近に仲良くて幸せそうなお手本みてぇな夫婦が居るしな」
「成る程」
 隆輝の両親は誰もが認めるおしどり夫婦である。
 この二人を見て、結婚って良いなぁと思って婚活し、家庭を築いたカップルが数組居る。
「ジイさんは今まで結婚したいと思った人は居ねえの」
 朔太郎は隆輝が新たに缶ビールを開けるのを見ながら、うーんと短く考えて、口を開く。
 居ませんね、と。
「僕には結婚願望というものがありませんので」
「ふーん。じゃぁ、恋愛にも興味ない感じ?」
「興味がないと言いますか……怖いんです」
 不老不死になってしまった自分が、必ず訪れる配偶者や子、孫に曾孫の死を精神の均衡を保ったまま見届け続ける自信はない。
 それに、もし、我が子まで不老不死の力を授かっていたら、大切な人との別れを何度も何度も経験させる事になる。
 悔やんでも悔やみ切れないだろう。辛く悲しい経験をし続けるのは自分だけで良いと思う。
 そもそも生殖能力があるのかも不明だ。
「不老不死になる前は?」
「いいえ、全く」
「ジイさんの事好きだった人とか居そうだけどなぁ」
「まさかぁ」
 明治初期の田舎、色素が薄くて中性的な見た目の男が好奇の目で見られても、好意を持って見られる事は少なかったと思う、と朔太郎は言う。
 朔太郎は常々、何だか神秘的で済まされる神職で良かったと思うのだった。
 付かず離れず、良い人止まり。徐々に記憶から消えてお別れ——その繰り返し。
(にこりみたいに恋愛感情あった人は居たと思うけどなぁ。ジイさん、そこら辺鈍感だから気付いてなかっただけで)
 しかし、これでハッキリした。
 朔太郎に恋愛願望は一切無いという事。つまり、にこりに脈は無いという事。
 夕方、朔太郎の好みを聞いてきたり、誕生日プレゼントを何にするか悩んでいた彼女の姿を思い出した。
「気不味い……」
 不思議そうに見つめてくる朔太郎に、溜め息を吐く隆輝であった。
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