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サイドストーリー
朔太郎と五代目夫婦(前)
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ある日曜日。
五代目源さんこと源田善輝は、縁側に腰掛けてぼんやりと庭を眺めていた。
つい最近剪定した庭木の上には蝶々が一頭、ヒラヒラと舞っている。ふわっと生暖かい風が吹いて、蝶々を離れた場所に追いやった。
(春だなぁ……)
善輝は、捲り上げた薄手のトレーナーの袖を更に捲って溜め息を吐いた。
つい先程まで敷地内の草むしりをしていたのだ。
息子の隆輝と共に作業する予定だったのだが、急遽出張の予定が入ってしまい、已む無く善輝一人で挑む事となった。
「お疲れ様ぁ」
陽気な声と共に、善輝の妻・みどりが現れた。
手に持つお盆の上には、冷やした緑茶とみどりのお手製パウンドケーキ。
善輝の横にそのお盆を置き、みどりも縁側に腰掛けた。
「今日はちょっと暑いくらいねぇ。お茶に氷入れようか?」
「いや、大丈夫」
氷を入れずとも十分に冷えている緑茶をゴクゴクと飲んで、ふぅと息を吐く。
続いて、二センチ程の厚さに切られたパウンドケーキを頬張る。ブランデー漬けのフルーツが良い風味を醸し出していて、肉体労働後の体に染みた。
みどりが作る食べ物は、おかずもスイーツも全てプロ並の出来栄えで、美味しい。善輝はみどりの作る全ての物が好物である。
大満足した善輝はぐぐっと背中を伸ばし、そのまま右に倒れた。
頭はみどりの太腿の上。
膝枕の状態になった。
「みどりちゃんのケーキ美味かった。もっと食べたいなぁ」
「草むしりが全部終わってからまた食べようねぇ」
会計事務所の経営者で大学でも教鞭をとっている男の姿とは思えない甘えっぷりである。
普段、子供達や他人の前ではお互いを「お父さん」「母さん」と呼んでいるが、二人きりの時は「みどりちゃん」「ヨシくん」と呼んでいる。
まだ草むしりの作業が残っているのに、ぽかぽかの春の陽気に微睡み始めた。
「うーん、みどりちゃぁん……」
「お邪魔します」
軒の陰からひょっこりと顔を出した朔太郎が、気まずそうに声をかけた。
善輝はうわーっと絶叫して庭に転がり落ちた。
「すみません、表から声をかけたんですけど」
「よ、呼び鈴は? 全然聞こえなかったんだけど」
「押したんですけど、反応が無かったので」
「あ、音が鳴りにくくなってたの。ヨシくんに言うの忘れてたぁ」
「みどりちゃん……」
腰を擦りながら起き上がる善輝を支えながら、みどりはごめんねぇと一言、謝った。
別に怒っていなかったが、みどりが可愛いので全てを許した。
朔太郎は隆輝から実家の草むしりを自分の代わりに手伝ってほしいと頼まれ、出張先の名物をお土産に貰う事を条件に引き受けた。午前中は神社の用事を済ませる為、午後から合流すると伝えていた。
いざ、源田家を訪ねてみると人の気配はあるのに返事がない。勝手知ったる何とやらで庭に回り込むと、五代目夫婦がイチャ付いていたので、いつ声をかけるべきか困った。
「隆輝に言うなよ」
軍手を嵌めて、雑草をブチブチと引き抜きながら善輝は朔太郎に釘を差した。
朔太郎は、二人が俗に言うおしどり夫婦で非常に仲が良い事を十二分に知っている。
それは隆輝もその姉も、同級生や町内の人々に至るまで周知の事実なのだ。
「態々言いませんよ、そんな事」
くすりと小さく笑った朔太郎は、二人の馴れ初めを思い出していた。
五代目源さんこと源田善輝は、縁側に腰掛けてぼんやりと庭を眺めていた。
つい最近剪定した庭木の上には蝶々が一頭、ヒラヒラと舞っている。ふわっと生暖かい風が吹いて、蝶々を離れた場所に追いやった。
(春だなぁ……)
善輝は、捲り上げた薄手のトレーナーの袖を更に捲って溜め息を吐いた。
つい先程まで敷地内の草むしりをしていたのだ。
息子の隆輝と共に作業する予定だったのだが、急遽出張の予定が入ってしまい、已む無く善輝一人で挑む事となった。
「お疲れ様ぁ」
陽気な声と共に、善輝の妻・みどりが現れた。
手に持つお盆の上には、冷やした緑茶とみどりのお手製パウンドケーキ。
善輝の横にそのお盆を置き、みどりも縁側に腰掛けた。
「今日はちょっと暑いくらいねぇ。お茶に氷入れようか?」
「いや、大丈夫」
氷を入れずとも十分に冷えている緑茶をゴクゴクと飲んで、ふぅと息を吐く。
続いて、二センチ程の厚さに切られたパウンドケーキを頬張る。ブランデー漬けのフルーツが良い風味を醸し出していて、肉体労働後の体に染みた。
みどりが作る食べ物は、おかずもスイーツも全てプロ並の出来栄えで、美味しい。善輝はみどりの作る全ての物が好物である。
大満足した善輝はぐぐっと背中を伸ばし、そのまま右に倒れた。
頭はみどりの太腿の上。
膝枕の状態になった。
「みどりちゃんのケーキ美味かった。もっと食べたいなぁ」
「草むしりが全部終わってからまた食べようねぇ」
会計事務所の経営者で大学でも教鞭をとっている男の姿とは思えない甘えっぷりである。
普段、子供達や他人の前ではお互いを「お父さん」「母さん」と呼んでいるが、二人きりの時は「みどりちゃん」「ヨシくん」と呼んでいる。
まだ草むしりの作業が残っているのに、ぽかぽかの春の陽気に微睡み始めた。
「うーん、みどりちゃぁん……」
「お邪魔します」
軒の陰からひょっこりと顔を出した朔太郎が、気まずそうに声をかけた。
善輝はうわーっと絶叫して庭に転がり落ちた。
「すみません、表から声をかけたんですけど」
「よ、呼び鈴は? 全然聞こえなかったんだけど」
「押したんですけど、反応が無かったので」
「あ、音が鳴りにくくなってたの。ヨシくんに言うの忘れてたぁ」
「みどりちゃん……」
腰を擦りながら起き上がる善輝を支えながら、みどりはごめんねぇと一言、謝った。
別に怒っていなかったが、みどりが可愛いので全てを許した。
朔太郎は隆輝から実家の草むしりを自分の代わりに手伝ってほしいと頼まれ、出張先の名物をお土産に貰う事を条件に引き受けた。午前中は神社の用事を済ませる為、午後から合流すると伝えていた。
いざ、源田家を訪ねてみると人の気配はあるのに返事がない。勝手知ったる何とやらで庭に回り込むと、五代目夫婦がイチャ付いていたので、いつ声をかけるべきか困った。
「隆輝に言うなよ」
軍手を嵌めて、雑草をブチブチと引き抜きながら善輝は朔太郎に釘を差した。
朔太郎は、二人が俗に言うおしどり夫婦で非常に仲が良い事を十二分に知っている。
それは隆輝もその姉も、同級生や町内の人々に至るまで周知の事実なのだ。
「態々言いませんよ、そんな事」
くすりと小さく笑った朔太郎は、二人の馴れ初めを思い出していた。
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