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第166話 拒絶の悪魔・季里姫⑧

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「………………………………」
「………………………………」

 しばし見つめ合う二人。
 クロードはしばらく思考を停止していたが、やがて寝ぼけ眼《まなこ》を左右に踊らせると、

「ん? なんだ……この状況は??」

 途方に暮れた。
 周囲一面に広がる赤い呪気。
 さっきまで戦っていたはずの怨霊は、なぜか大ダメージを負って怒り狂い、胸の上には口から血を吐いたアルテマが乗っかっている。
 その他のメンバーはみなやられて……どうやら負け戦のクライマックスにでもタイムスリップした気分。

「え……? おれは……いつ倒されたのだ??」

 状況的に、自分もいつの間にか倒され、気を失っていたっぽいが……?
 アルテマの目がつつつ……と横に逸れた。
 何かを知っている素振りだが、それよりも。

 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご!!!!

「……おい、この呪い……お前、消せるか?」

 鬼気迫る顔でアルテマが聞いてきた。
 アルテマの気配が少しおかしかった。
 体内の魔素が濁り、暴走寸前になっていた。
 クロードはすぐにその原因に思い当たる。

「アルテマ……お前……まさか魔神を裏切ったのか……?」
「裏切ろうとした。状況的に仕方なかった。お前が目覚めるのがあと一歩遅かったら……私は聖の信仰を受けいていただろうな」

 つまりそれは死を意味していた。
 それほどまでに追い詰められていたということだ。
 クロードは、ボロボロになったアルテマを抱きかかえ身を起こした。

「無茶したようだな」
「……ふん、見積もりが甘かっただけだ」

 自業自得と、アルテマはクロードの腕の中で力を抜いた。

『死にぞこないが……貴様も呪い殺されるがいいっ!!』

 そんな二人を猛々しく睨みつけ、怨霊が牙をむく。
 傷口を広げ、霧の濃さを上げる。
 呪気が上がり、人間たちの命をさらに削っていく。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

「ぐ……うぐぐ……」

 苦痛に呻くアルテマ。
 ほかの者たちも意識は無いが、体がビクンビクンと震えている。

「ぐ……こ、これは……もう耐えられん……!!」

 占いさんの結界もバキバキとひび割れ、崩壊寸前。
 しかしその中、クロードだけは平然と立っていた。
 怨霊はそんな男を異様な目で見る。

『――――?! ……き、貴様……なぜ苦しまぬ。人の身ならば到底耐えられるほどではない呪気を浴びせておるのだぞ』
「人の身か……悪いが」

 クロードは片腕を天に掲げると――パチンッ、と指を鳴らした。
 そして唱える結びの言葉。

「――――リスペル」

 パァァァァァァァァァァァァァァァァ――――。

 辺りに、まばゆい聖の光が降り注ぐ。
 それに洗い流されるように呪いの赤が消えていく。

「俺は人じゃなくてね。神聖なるエルフ族のさらなる上位――ハイエルフだ。我が種族に呪いの類など、一切効くものか」
『なん……だと』

 一度ならず二度までも。
 いとも簡単に消されていく渾身の呪気に、怨霊は奇跡の加護を見る。
 上位悪魔たる自分の術が聞かない?
 そのような存在、いまだかつていなかった。
 エルフだと? 聞いたことがない。
 かつて人間だった頃の記憶をたどっても、そんな種族など思い当たらなかった。

「――――くはっ!! はーーはーー……っ!!」

 苦痛から開放され、アルテマが息を吹き返した。

「解けたか? もう大丈夫だ」

 包み込むような笑みを浮かべて見下ろしてくるクロード。
 急激に楽になっていく精神と肉体。
 アルテマは、薄れていく意識の中でクロードのことを考えていた。

 聖騎士クロード。
 エルフ族は魔法耐性が高い。
 ハイエルフとなればなおさらで、とくに催眠や混乱といった精神魔法への耐性は強い。呪いに対しても同じ。

 しかしこの上位悪魔ほどの呪いとなれば話は別。
 属性を類とする暗黒騎士の自分ですらこうなのだ。
 たとえハイエルフであろうと相当な苦痛を感じるはず。
 クロードのコレは種族レベルの話しではない。
 彼の個人的スキルによる剛耐性だった。

 ではそのスキルとは何なのか?
 ずばり【アホ】というモノである。

 もともと矯正不可能なレベルで常時混乱しているクロードは、いかなる精神攻撃も受け付けない。すでに狂っている者をさらに狂わすなどできないからだ。
 指揮官としては副官泣かせだいもんだいな話だが、戦士と考えればこれも武器。
 クロードは消耗に意識を失いかけているアルテマをそっと地面に下ろすと、

「聖なる加護よ、その御魂を我に――――ロンギヌス」

 落ちていた枝に聖なる加護を付与した。

「上位だろうがたかが悪魔。この俺の敵などではない。後は俺に任せ、お前はもう休んでいろ。アルテマ」

 そして優しく笑う。
 もしもこいつとの関係がライバルくされえんでなかったら。
 もしもこいつがもう少しまともな性格をしていたら。
 いまのでちょっと惚れていたかもしれないが。
 しかしアモンで焼かれたチリチリパーマのその顔で言われても、笑いを堪えるので精一杯だった。
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