黒の瞳の覚醒者

一条光

文字の大きさ
上 下
277 / 463
エピローグ

永遠に寄り添う

しおりを挟む
「航君、朝ですよ。ほら起きないと! 今日は実験があるって言ってましたよね?」
「いいよ……眠いし、今日のは本当にただのだから」
 あれから八年近くが過ぎようとしている。最初の一年は絶望の年だった。能力すら失い悲しみのドン底にいる俺に追い討ちをかけるように世界からバッシングを受けた。大きな利益を、可能性を逃したと。ヴァーンシアで見つかったもので難病に効く薬を作れる可能性があったりと様々な期待が持たれていた事で俺一人が戻り異世界への道が閉ざされた事への非難は大きかった。更には外国の圧力か有耶無耶になっていた罪を理由に拘束されたりもした。

 次の年は再び立ち上がる為の年だった。大きなショックのせいで喪失者となった俺は再び異世界の道を作るために協力するならばと釈放され能力を取り戻す為に様々な投薬や実験を受けた。その結果と言えるのか、それとも綾さんの献身的な支えのおかげか能力は取り戻した。

 三年目、能力を取り戻し前進したように思ったがここからは停滞の時間だった。研究者による様々な試みがなされたが七年目の今もこの世界という檻からは出られない。
「それでも、行かないと。何が切っ掛けになるか分からないじゃないですか」
「ん~……綾さんが揉ませてくれたら考える」
「……もう、仕方がないですねぇ」
 決断早いなぁ……エロ気持ちいいクッションにダイブ。綾さんは能力が戻らない事に絶望して死を選ぼうとしたのを止めてくれて、以来一緒に暮らし傍で支え寂しさを紛らわせてくれている。苦しくて辛くて寂しくて、縋れるなら誰でもよかったのかもしれない。でも今は本当に感謝している。おかげでまた立ち上がり歩き出せたのだから。

 いつもとは違う投薬を受け、好ましい結果が得られなかった事を研究者に責め立てられ実験を終える。俺が一度拘束され喪失者にもなった事から彼らはどうにも俺を見下し成果の出ない責任を押し付ける。自分の世界を繋ぐ能力が不完全なものであるのは分かっているがこうも毎度だと辟易する。
「いやー、今日も激しい責めだったねぇ」
 研究者の一人が飄飄とした態度で声を掛けてきた。過負荷を与え擬似的に追い詰める実験の方が楽だと感じる程度には毎度この八つ当たりは鬱陶しい。
「自分たちが無能なくせにな。あの薬本当に効くんですか?」
「言うねぇ。勿論――レベルの高い覚醒者たちの変化した血中にある成分を培養して作った擬似覚醒者剤、実際に異世界に行っていない者が微弱ではあるが能力を発現させたというのは教えただろう? 覚醒者に使用すれば僅かだが能力段階が上がる。君が使用すれば世界を繋ぐ力が増して単体で繋げる! ……に違いない」
 尻すぼみじゃねぇか。まぁ実際喪失者状態から回復したのは研究者たちの投薬の効果もあるかもしれないから全否定は出来ないが。

「まぁ進歩のない期間が長いからね。僕はいっそ君が子作りに励めばいいと思ってるよ」
「……男が覚醒者の場合能力持ちにはなりませんよ」
「それは知っている。では両親共に覚醒者の場合は? しかも君は最もレベルの高い覚醒者だ。同じ能力を受け継ぐとは限らないが可能性が無いとは言い切れない。一人女性が傍に居るんだろう? 彼女も中々レアな能力の持ち主とか、試してみては? 実際上は宛がう女を探したりしているようだしね。そのうち実験じゃなく性交に変わるかもね。実験性交! なんて――ああ!? せめて何か言ってくれよ」
 馬鹿馬鹿しさに苛立ち研究所を出た。そんな目的の為に綾さんが傍に居る事を受け入れたんじゃない。
 すぐに戻る気にもなれず町中を歩き回っていると懐かしい相手からメッセージの通知が来た。時間もあるので返信して指定の場所に向かった。

「お兄さん久しぶり」
「へぇ大きくなったな真紀――もう高校生だもんな。進学おめでとう。俺もおっさんになるわなぁ」
「え~、まだまだ若いよ~。おじさんに見えないもん」
 一度は助けられなかった少女も成長して今では高校生、死んでいた期間があるから学年がズレたり蘇ったという事で戻った当初はかなり大変な思いをしてたみたいだが今は表情も良いし元気そうだ。
「友達、出来たか?」
「ふふ、なんかそれお父さんみたい。中学はダメだったけどね、高校に入ってから声を描けてくれる子が何人か居たんだ。だから今は楽しいよ。それもこれもお兄さんが助けてくれたおかげなんだよ。ありがとう」
「そうか……よかったよ。さ、奢りだから好きなもの頼めよー」
 カフェテラスで注文したケーキをやけ食いする。このままあの研究所に居ていいものか……強化系統の能力で強化しても電力が上がるだけだったし、やっぱり扉が必要なんじゃないのか? 擬似覚醒者剤を使ってティナの能力に類似した覚醒者を作ろうともしているようだが進展は無いようだし、かといって他の研究機関なんてない。

「あっ、航が女子高生を引っ掻けてる」
「お前失礼だな」
「あはは、偶然だね。真紀ちゃんも久しぶり」
「お久しぶりです優夜さん」
「仕事帰りか? この時間だと早くないか? ――そういえば瑞原とはどうなんだ?」
「毎日忙しいって元気にしてるよ。因みに今日は休み、綾乃の両親に会ってきたんだ」
 スーツを着た優夜がサムズアップする。結婚の挨拶が上手くいったってところか。あれから優夜たちもこちらに戻って遅れを取り戻し今では立派に働いている。瑞原の方はヴァーンシアで貰った金貨を元手にケーキ屋を作って経営していると言っていた。
「それにしてもケーキ食べるならうちに来てくれればいいのに」
「今度な」
「そう言っていつも来ない人いるんだけどなぁ」
 ヴァーンシア向こうでの経験を共にした人間と会うとどうしてもあちらを思い出して苦しくなるから避けてしまう。綾さんは例外になりつつあるけどたまにどうしても辛くなる。やっぱりこのままもう二度と会えないのではないかと。
「さてケーキも食ったし俺はそろそろ――」

「見ーつーけーたーっ!」
「っ!? 親方! 空から女の子が!」
「誰が親方!? というかそれいいの!?」
 突っ込む優夜など構っている暇もなく小さな女の子が俺の上に降ってきた。
『きゅぅ~』
 頭にもさを乗せて。
『もさ!?』
 え? ちょっと待てどういう事だ? なんでもさがこっちに居るんだ? それにこの子――紅い瞳、それにフードで隠しているが耳が尖っている。エルフ、なのか?
「見つけた、見つけた、見つけたー! やーっと見つけた! やったよもさありがとう~」
 周囲の反応なんてお構い無しに少女は歓喜する。俺に気付いた人たちが集まり始めている。
 元々有名にはなってしまっていたが、記憶のメディア化で向こうでの戦いの一部を映画化して儲けている人が居るせいで完全に知れ渡り目立ちすぎる。これはちょっとマズいな――。
「優夜あと頼む」
「え!? ちょっと、僕もヤバいんだけど!」
 人が集まり始めるのを恐れて俺は少女を連れて撤退した。状況は分からないが、今は進展がないせいで異世界に繋がる可能性があるものには過敏な者が多い。無茶をしかねないほどに。

「それで連れて帰ってしまったと?」
 自宅に戻って早々綾さんに玄関で正座させられる俺……ここ俺の部屋なのに。
「はい……」
「航君、知らない女の子を連れ去ったら誘拐です」
 ごもっとも!
「誘拐じゃないよ。に付いてきただけだもん」
『父様ぁー!?』
「そだよ。母様はティナ、ほらほら似てない? 髪は父様の黒なんだよ。黒は珍しいから好きなんだ~」
 フードを剥いだ少女は自慢げに長い黒髪を撫でて見せる。確かに言われてみれば自信満々なティナの面影があるように感じるが――。
「ちょっ、ちょ、娘!? ティナとの!?」
 あれが当たったのか? その娘がなんでこっちに? 唐突過ぎて頭が追い付かず唖然と少女を見つめる。ティナとの娘……俺に子供が? だとするとそんな状態で家族を放置してきたのか。

「お名前を聞いてもいいですか?」
 少女に目線を合わせて綾さんが優しく問う。
「私如月ティリア。お姉さんは惧瀞、だよね? 写真で見たよ。綺麗だね、父様が寂しくないように一緒に居てくれたんだよね。ありがとう」
「本当に娘?」
「うん。父様のが大当たりでが生まれたって母様が言ってたよ」
 意味は分かってないんだろうけど娘に何言ってんだティナのやつ……らしいっちゃらしいが。
?」
「うん。娘十二人」
 娘十二人!? なにその驚愕の事実……あ~でもそれだけの可能性が出来るだけの事はしたか、本当に大当たりだったんだな。必殺必中か……。
「十二人?」
「そ。アスモママだけ外れたんだって」
 俺凄くね? 意思でもあるの!? それにしてもアスモママ、ね。馴染んでるのか……少し複雑だ。
「それでティリアはどうやってここに来たんだ?」
「跳んできたんだよ。こうやって――ね?」
 跳ぶ仕草をした瞬間にノーモーションで空間を跳躍して背後に現れた。切る動作が要らない分レヴィの能力に近いかもしれない。流石ティナとの娘ってところか? だがそんな事より――。
「これで帰れる! ティリア頼む、俺をヴァーンシアに連れて行ってくれ」
「父様ごめんね。私の能力は私にしか効果がないの、私だと一緒には帰れない」
「そう……か」
 舞い上がった気持ちは一気に叩き落され砕ける。喜んだ分落胆も大きい……でも、それでも、娘が会いに来てくれたのだ。それだけでも喜ぶべき事だ。ティリアが来なければ俺は自分に子供が居る事すら知らないままだった。知れて良かった、他の子には何もしてやれないが想う事くらいしたいから。

「よく来てくれたなティリア、でもどうして俺が生きていると思ったんだ? 死んだと思われてると思ってたんだけど」
「えっとねー、リュエルが父様の夢を見たの! リュエルは色んな事を夢で見れるんだよ。でも普通の夢も見るから母様たちは信じてくれなくて、だから私が確かめに来たんだよ」
「リュエルってのは?」
「リュンヌママの娘だよ」
 そうか、リュン子も異界者だから娘も覚醒者になったのか。予知夢みたいなもので俺の生存を知ったんだな。なら尚の事子供達には寂しい思いをさせただろう、生きているのに傍に居てくれない父親を恨みはしなかったんだろうか憎しみに変わりはしなかったんだろうか――いや、俺なんかとは違うか。ティリアからはそんな後ろ暗い気持ちは感じない、ただ真っ直ぐに俺を見つめている。他の子もそうなんだろう。
「やっぱりリュエルは間違ってなかった! 父様は生きてたんだ。これで家族全員で暮らせるね!」
「え……? ティリアの能力だと帰れないんだよな?」
「うん。私のは無理! でもアウラの能力なら父様も帰れるよ」
「っ!? 本当にみんなに、会えるのか?」
 他の娘にも世界を越える能力が宿っているのか? ティリアの無邪気な笑顔は帰還が嘘ではないと物語っている。心臓が跳ねて呼吸が荒くなるのを必死に抑える。

「会えるよ。その為に私たちは頑張って来たんだから、絶対に連れて帰るよ。アウラはね、ナハトママの娘でね。触った事があれば何でも自分の所に引き寄せるの。世界も越えるんだよ! 引き寄せるものに触ってたものも一緒にね、何回も実験したから絶対に成功する」
 帰れる、帰れる帰れる! みんなに会える。会える、会えるんだ! まさか自分の子供たちが俺たちを繋いでくれるなんて思いもしなかった。
「ありがとうティリア! 本当によく来てくれた。最高の娘だ」
「えへ、えへへへへへへ……褒められちゃった。ふに!? にゃにひゅるにょとうひゃま」
 みょーんと柔らかい頬っぺたをつまみ上げる。
「それはそれとして、危ない事したら駄目じゃないか。異世界には危険なものだってあるんだぞ」
「大丈夫だよ。私は父様と母様の娘なんだよ? 強いし逃げ足だって一番なんだから……フィオママ達にも死ぬほど鍛えられてるし……それにもさ連れてるから危ない所には出なかったよ」
『きゅぅ、きゅぅ!』
 良い仕事してるだろ? ってな感じでもさが二足立ちして尻尾を振る。ティリアを守ってくれたんだな。
「世界を跳ぶ時はまだランダムになっちゃうから|父様の居る場所に来るまで長かったけど……でも、えへへ、父様私が大事だから怒るんだよね? 天明君見てるから分かるよ。嬉しいなぁ、私にもちゃんと父様が居るんだ」
 ランダムって……ほんと無事でいてくれてよかった。幼いからかティナの子供だからか恐れ知らずな行動をしているな。もさが居ても尚ランダムなのは危険だと思うし戻ったら話し合って言い聞かせないと駄目だな。

「天明の所にも子供が居るのか?」
「うん。あとね、天明君の国はクロエママのお手伝いとかいっぱいしてくれたんだよ」
 ディア大陸の復興……クロ頑張ってるんだな。俺が居なくなっても折れる事なく進んでくれたんだ……支えになってくれた天明にも礼を言わないと。
「ありがとうなティリア。頑張ってくれてありがとう、危ない事がなくても知らない世界に行くんだ、怖い思いだってしただろう。不安だってあっただろう、ごめんな。傍に居てやれなくて」
 そっと抱き上げると娘の頬を涙が伝った。行動力はあってもまだ七歳の子供だ、知らない場所に不安を抱かないはずがない。それを押し殺して何度も試行錯誤を繰り返したに違いない。
「父様……父様、もうずっと一緒だよ」
 恐れ知らずなんじゃない。ただただ俺を想って頑張ってくれたんだ。寂しい思いをさせたに違いない……自信はないが、それでもこの子が誇れる父親になりたい。

「ところでティリア、いつ頃帰れるんだ?」
「アウラと決めたのは明日だよ。だからそれまでお買い物しよ! 一番のお土産は父様だけどこっちのお菓子とか食べてみたいし」
 時間はあるのか……それなら頑張ってくれた娘を労うのも悪くない。ずっと頑張ってくれてたんだから目一杯楽しませてやりたい。土産だって山ほど用意して他の子たちも少しでも喜ばせてやりたい。
「いいじゃないですか航君、ティリアちゃん黒髪ですしもさ耳フードを被ってればハーフエルフなのはバレませんよ」
「よし、行くか」
「いってらっしゃい――」
「お姉さんも行こうよー」
「いいの? せっかくお父さんと水入らずなのに」
 遠慮しようとする綾さんの手をティリアが取った瞬間景色が消え去り別の、懐かしい景色へと切り替わった。

 我が家の玄関口で手をにぎにぎしているナハト似の少女がドヤ顔で胸を張っている。隣ではリュン子似の娘がVサイン。帰って来た……本当に帰って来たんだ。願っても祈っても、何をしても届かなかった愛しい世界が目の前に広がっている。
「ちょっとアウラ早い! 明日って決めてたでしょ!」
「リュエルがお昼寝でティリアが父様に会った夢を見たからな、ばっちりだろ?」
「そうじゃなくてお菓子がぁ…………」
「母さーん! 父さんが帰ったー!」
 リュエルが無邪気に家に駆け込み玄関口で大声を上げている。元気な子に育ってるんだな。
「まったく、リュエルいい加減にしないと母さん怒っちゃうぞ。ワタル君は――わわわ、ワタル君だー!? みんなー! 大変だー!」
 動揺しまくったリュン子の半分悲鳴に近い叫び声に反応してフィオ以外の全員が飛び出てくる。あの頃と全く変わらない姿で。
 言いたい事は山ほどあるはずなのに言葉が支えて出てこない。それは互いに同じなようで俺たちは震えながら触れあい涙を流す。あたたかい、ちゃんと触れる、それを確かめていく。俺は自分の居場所ここに帰れたんだ。張りつめていたものが切れて心から安堵する。
「ワタル……? っ!」
 俺が戻ったなど信じていない様子で出てきたフィオは目を見開き、神速で飛び付きそのまま俺を押し倒し口を塞いだ。失った時間を求める様な激しくも懐かしい口付けは少ししょっぱい涙の味だった。
「もう放さない。絶対に一人にさせない。私から離れたら許さない。愛してたなんて過去形は許さない。毎日、毎日毎日ちゃんと言ってくれないと許さない……絶対……絶対、なんだからぁ」
「ああ、
 娘たちに冷やかされても離れようとしないフィオ抱き上げて家に入る。俺は帰ってきたんだ。オレの居場所に――。
「ただいま」
『おかえりなさい!』
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

庭師見習いは見た!お屋敷は今日も大変!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:448pt お気に入り:4

婚約破棄ですか。別に構いませんよ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:489pt お気に入り:7,523

兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:446

【R-18】虐げられたメイドが、永遠の深愛を刻まれ幸せになるまで。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:144

あわよくば好きになって欲しい【短編集】

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,819pt お気に入り:1,500

処理中です...