黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

終局

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「ワタ――っ!?」
 俺の顔を見たティナが息を呑むのが分かった。今の俺は一体どんな顔をしているんだろう? 身体の奥が熱い、殺意と怒りが渦巻いていて頭の中がじりじりと痺れるような感覚がする。そして酷く胸が痛い、この痛み…………これが嫌で、この痛みを感じるのが怖くて他人と関わる事から逃げ回っていたのに、なんでまたこの痛みを感じている? ……決まっている、失ったからだ。どれだけ避けていてもそれなりに長い時間を一緒に居た、自分で意識していなくても大切なものに変わっていたんだ、それに気付かないフリをして逃げていたからこんな事になっている。フィオに何度助けられた? フィオがあの状況に飛び込んでくる事だって考えられたんだ…………俺のせいだ。こんなに痛い、大馬鹿だ俺は、自分を壊したい衝動に駆られる、今はまだ駄目だ。フィオに助けられた命、簡単には捨てられない。今必要な事をする。
「ティナ、フィオを連れてここを離れてくれ」
「ワタルは――」
「俺はやる事がある」
 酷く冷たく、感情のこもらない低い声が出た。
「…………なら今度こそちゃんと約束して、勝ちなさい。ただ勝つんじゃない、勝って無事に戻って来て、でないと――」
「行ってくる」
「ワタル! ――」
 何かを言いかけたティナを振り返ると口を噤んだ。辛そうな悲しそうな表情をしていたが、俺はもう止まれない、止まるつもりもない。
「フィオを頼むな」
 それだけ言ってその場を離れた。もう抑えが利かない、殺意と怒りと共に力が溢れてくる、意識して出しているわけでもないのに身体に電撃が纏わりついてバチバチと音を立てている。無理に抑え込もうとしたら爆発してしまうんじゃないかと思うくらいに力が身体を巡っている。

「ハァ、ハァ、ハァ…………まだ蛮行を繰り返しているのか」
 ヘリが墜落したなんて結構な大事だろうに、そんな事どうでもいい事の様に女を犯し、男を痛めつけて喜んでいる。英語なんて理解出来ないが大声で蔑むように怒鳴りつけているジャップとイエローモンキーという単語だけは聞き取れる。猿か、同じ人間だという認識がないからあれだけの事が出来るのか…………けだものと罵るくせにそれと交わるのかよ、お前らの方がよっぽどけだものだろうが、心は煮えたぎっているのに頭は冷めていて、いかに苦しめて処理するかを考えている。纏う電撃の立てる音が激しさを増して、流石に俺の接近に気が付いたようだ。すぐに警戒を露わにして犯していた相手に銃口を向けて俺を威嚇してきた。俺が足を止めた事に気をよくしてニタニタと笑みを見せている、同様に後ろで他の女を囲っていた連中も笑っている。さっきまでの、一般人を気にして動きが制限されていた状態だと思い込んでいて、人質がいるから自分たちが圧倒的に優位に立っていて安全だと思い込んでいるらしい。
「お前らみたいな下種に大切なものを奪われたと思うと虫唾が走る…………そして亡くすまで大切なものに気付きもしなかった自分にも! 人様の国で好き勝手しやがって、いい加減にしろ屑ども!」
 アスファルトに出来た血溜まりを踏み付け電撃を流した。
「ガァアアアアアアアアアアアッ!?」
「きゃぁあああああああっ!」
 そこら中に血溜まりがあって、それは殺しをしていた兵士の足元にまで繋がっていてそれを踏んでいた兵士は倒れ込んで痙攣している。倒れた一番近い兵士に無言で近付いて行く、血溜まりを踏んでいなかった兵士たちが遠ざけようと銃撃してくるが意図的に作り出した電撃の障壁に当たって溶けていく…………今更こんな事が出来ても、亡くしたものは戻らない! 最初に人質に銃を向けた兵士の元まで来て見下ろす、兵士も人質も生きている。これだけ力が溢れてきていると加減が出来るか不安だったが上手くいったらしい。
「う、うう、ぐぅ…………」
「簡単な死など与えない、ボロボロになった何も出来ない身体で苦しみながらこの現実じごくを生き続けろ。罪人に逃げる為の脚なんて要らない」
 兵士の瞳に少しの恐怖が窺える、でもそんなものじゃ足りない。戦う力もなくいきなり銃を突き付けられて蹂躙された人たちの恐怖と苦しみはこんなものじゃなかっただろう。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 右手の剣で両脚の付け根から斬り落とし、電熱で高温に加熱した左手の剣で傷口を焼いて出血を止める。
「大事な者を抱きしめる腕も必要ない、そして愛する者を映す瞳も」
 脚と同様に腕も肩から先を斬り落として傷口を焼いて塞ぎ、兵士の持っていたナイフで眼球を抉り出してその辺に投げ捨てた。
「お前たちのやってきた事だ――反省の色がないな」
 手足を斬り落とされた兵士の絶叫で火が付いたのか、他の兵士が怒号を上げて連射してくる。足元に仲間が居るのを忘れているか、それとも殺すのを気にしていないのか……どちらにしてもここに居ると人質まで巻き込む。車の陰に隠れながら建物の壁を駆けて距離を詰める、自分でも驚くほどの速さだ。なんであの時この速さがなかった? 今更過ぎる自分の力に対して怒りが込み上げてきて、同時に溢れ出す力も増した。使い続けないと暴走しそうだ。駆けていた壁を強く蹴り空中で回転しながら銃撃してきていた兵士たちの背後に着地した。
「裁きの時間だ。断罪してやろう…………」
 攻撃してきていた兵士たちに囲まれたが全方向に電撃を放って薙ぎ倒した。立っていた者、感電して倒れていた者も例外無く最初の兵士と同じように達磨にして転がしていく。
「タス、タスケテ、シニタクナイ――」
「お前たちが虐げた人たちは同じ事を言わなかったのか? ……因果応報だ、黙って受け入れろ」
 本心では殺してしまいたい、だがそんなものでは生温い、簡単に終わりなんて、安易な死など与えない。何も出来ない、死という逃げすら許されない状態で苦しみ続けさせる、それが俺の選んだ方法だ。

「これだけの事をして、自分たちにもかなりの被害を出しておいて、まだ飽きる事無く蛮行を続けるのか」
 嫌悪に反応して纏う電撃が激しさを増してバリバリと音を立て始める。近付く俺に対しても怯える事無くニタニタと笑いながら人質に銃を突き付ける。
「性懲りも無くまだその卑劣な行動をするのか――お前たちに慈悲なんて不要だ。存分に苦しめ!」
 動きを封じる程度に威力を抑えて周囲を飲み込む程の広範囲に電撃を放つ。避けたのもいるが問題ない、人質にされていた人たちも感電して立っている事が出来ずに倒れている。これなら人質にしたまま連れて逃げる事も出来ない。電撃を回避した兵士たちから無数の銃弾を浴びせられるが障壁に阻まれて俺に届く事は無い、それに構わず倒れている者の処理を開始して達磨にしていく。
「逃がすかっ」
 俺の始めた処理に怯えた数人が逃げ出そうとしたのを障壁を広げて周囲をドームの様に覆う事で阻止した。
「もうお前たちはこの檻からは出られない、大人しく自分が断罪される時まで待て――無駄な事――これだけ広範囲に障壁を作って更にもう一枚作ると流石に効力が薄くなるか…………」
 逃げる為には俺を殺すしかないと判断して発砲してきた銃弾が数発自分の周りに作った障壁を抜けて腕や頬、脇腹を掠めて行った。この程度の痛み……フィオが受けた物に比べたら全然足りない。
「どうした? 殺す気があるならさっさと壊してみせろ! 出来なきゃお前たちは達磨だ」
 ここは数が多いな、さっきまでに遭遇していたのは十数人だったのに対してここに居るのは数十人……本隊か? 他所からも銃声が聞こえるからこれで全部ではなくてもこいつらを片付ければ大方終わるか。
「止せっ、止めろ。属国の、ジャップの分際で、今までお前ら猿を守ってきてやった恩を仇で返すのか!? 恩知らずの蛮族がっ!」
 偉そうに他の兵士に檄を飛ばしていた奴に近付いて見下ろす。
「へぇ、お前は日本語喋れるのか……なら他の連中に降伏するように言え、これ以上蛮行を続けるな――」
「ふざけるなっ、小さな島国に巣くう猿ごときに超大国アメリカの兵士が降伏などするか! 況して自分から銃弾の雨に飛び込む馬鹿女一人が殺された程度で絶叫するような軟弱な奴に負け――フガッ!?」
「今のはフィオの事を言ったのか? お前はまた一歩地獄に近付いた…………壊れたか、脆いな、俺の身体は」
 フィオを馬鹿にされて反射的に身体が動いて、よろよろと立ち上がっていた兵士の顔を左手で殴り飛ばした。筋力が強化されていたからだろう、それなりに吹っ飛んで顔が歪んでいる。その代わりに殴り付けた左腕の動きが悪く、手は上手く動かず握れそうにない、骨折でもしたか……どうでもいい。
「殴ったなっ!? 猿の分際でこの俺を、世界唯一の超大国、正義の国アメリカをっ! 世界を敵に回す気か!?」
「お前らの意思が世界全体の意思とは思えないが……フィオを奪ったお前らを、こんな事を善しする世界なら、いくらだって敵に回してやる! そんな世界俺は要らない」
「く、来るなっ、化け物モンスター! 悪魔デーモンっ! 知性の足りない猿が人間にこんな事――ガガガガァァァアアアアアアアッ!?」
「黙ってろ、気が散って上手く削げなくなる。化け物? 悪魔? お前らが起こしたんだ、手を出さなけりゃ被害なんて無かっただろうに……起こしたからにはしっかり相手しろよ」
「ゆ、許してくれ、同じ人間だ。こんな残酷な事、お前だって心が痛むだろう? こ、降――」
「あれだけ散々言っておいて……化け物の心は痛まない。お前らは削がれる、それだけだ」
「やめ――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
 一際煩い。だからこそ他の兵士にも影響があったようだ。俺を見る瞳にはありありと恐怖が浮かんでいる。片言でごめんなさいと叫んでいる者もいるが、今更だ。お前たちはもう助からない。展開している障壁を収束させて逃げられる範囲を狭めてこちらに来るしかない様に仕向けて追い込む、中には障壁に突っ込んで感電して倒れる者も居た。障壁を縮めた分自分の防御に回してる障壁が強力になって貫通してくる銃弾が無くなった。
「馬鹿の一つ覚えだな…………いい加減にしろよ」
 倒れていた人に銃口を向けて笑っている兵士が一人、笑っているが余裕は感じられない。
「殺す事は望まないが、今の俺は別段気を遣う気もないから無意味、だ!」
「ギャァァァアアアアアアッ!? アッ、アア、アアア、ア、ア…………」
 日本語を喋っていた兵士の目を抉ったナイフを電撃を纏わせ投げ付けて人質を取っていた兵士の目に当てた。目から血を流して跪いた兵士の顔を蹴り上げて仰向けに転かして解体する。発狂して弾切れになった銃のトリガーを繰り返し引いて叫んでいる者、武器を捨てて祈り始める者、亡骸に向かって乱射する者…………何をしようと止まるつもりはない。

「まだ居るのか」
 本隊らしき集団の処理を終えても他所からは銃声が聞こえてきている。まだこんなくだらない事を続けている、なんでこんな事が出来る? 酷い血と硝煙の臭い、吐き気なんか通り過ぎてしまうほどの目を覆いたくなる光景――? なにか、こことは別に濃い血の臭いがする? …………なんだ?
『おい、退くぞ。世界唯一の超大国の兵士様も殆ど全滅だ――いい加減にしろ、もう充分に満たされただろうが、さっさと扉を開け、早く基地に戻るんだよ! もう魔族は俺とお前だけ――』
『マダ食イ足リナイ、コレ程怨嗟ト憎悪ノ渦巻ク場所ハソウソウナイ、モウ少シ食ベレバ他所ノ世界ニモ行ケル』
 血の臭いを辿ると異形が二匹、ハイオークか……一匹は人間を食い漁り、醜悪な顔で笑っている。扉? 他所の世界? ティナと同じかそれ以上の能力持ち?
「面白い話をしてるな、詳しく聞かせてもらおうか」
『グガッ!? ガフッ――ゴホッ』
 食い漁っていた方の頭を背後から串刺しにして、状況に驚愕して尻餅をついたもう一匹を見下ろす…………雑魚か。
「基地に戻ると言っていたがどういう意味だ?」
『あ、あぁ、アメリカ軍の基地だ。奴らが接触してきて、奴らに協力する代わりに俺たちは奴らの保護下にあったんだ。それを殺したんだ、戦争は免れんぞっ!』
「魔物が人間に保護?」
『いくらお前たち人間が俺たちに劣っていようとこの世界に生きている魔族はもう俺とこいつだけだった、その上こんな武器まで作り出している奴らを相手するのは面倒なんでな! ――なっ!? 何故だっ!?』
 強気に懐から拳銃を取り出して発砲したが障壁で蒸発して無意味に終わった。それにしても、良い事を聞いた、残りがこの二体だけで一体は既に死んだ。この世界に残っているのは目の前にしゃがみ込んでいるこいつだけ、これで終わる……終わるのに、フィオ…………。
「無駄な事は止めて質問に答えろ、米軍はなんでお前たちに接触した。何故こんな事を引き起こした?」
『ふん、そんな――ガァァァアアアアア!? わ、分かった、話す、だから身の安全を――』
「さっさと答えろ、お前で最後なんだ。多少の疑問なんて放っておいてこのまま殺すぞ」
『異世界だ! こ、こいつは見た事のある能力を真似る事が出来たんだ。だから女エルフの能力も使えた、その上怨念や憎悪なんかの感情を食らうと力も増すんだ、そうすれば異世界への移動も不可能じゃない。この世界の連中は異世界に利を求めているんだろ? この際大国でなくても構わん、お前の国で――ぎぃいい!? くぅ、ひぃ!?」
 無駄口をたたくハイオークのエルフ譲りの耳を削ぎ落して黙らせた。
「アメリカはそんな事でこれほどの蛮行に踏み切ったのか? それと兵士の動きが普通の人間と違ったのは何故だ?」
『…………動きが通常の人間を凌駕していたのは俺たちから採取した成分から妙な薬を作っていたからだろ、一時的にだが人間の身体能力が増すらしい。そして行動に踏み切った理由は奴らの理性を俺の能力で壊してやったからだ。人間も魔族も変わらぬ、他種を嫌悪し醜い欲望を抱えている、その枷を外してやったんだ。勘違いするなよ? この行動はあいつらが元々抱えていたものが原因だ、俺が植え付けたものでも増長させたわけでもない。枷を外して欲望に忠実にさせてやっただけだ。この能力は欲望を抱えている生き物なら簡単に操れる、異世界に行けなくともこの世界を牛耳るには充分なのうりょ――が? あへ? 視界、が…………』
 くだらない事を喋り続けようとするハイオークの頭を両断した。終わった、この世界での魔物退治は終わった。それでもまだ戦い続けている連中がいる、愚かだ、底無しに。

「おい! おい聞いてんのか――ちょあぁ!? 危ねぇだろうがっ! 目ぇヤベぇぞ、ちゃんと意識あるのか? おい、如月!」
「あ? ……これ、は…………?」
「お前がやったんだよ、米兵と自衛隊の交戦中にお前が現れて斬り刻み始めた。こいつらも最後まで銃ぶっ放して投降の気配も無かったのも問題だが、お前もこっちの呼び掛けには応えやしねぇし……もう大丈夫か? 暴れねぇか? 必要なら拘束しねぇといけないんだが」
 血に染まった両手、返り血を浴びて血塗れの身体、血の臭いが充満している……大切なものを失うまで気付けず、失った怒りで人を傷付ける事を躊躇していた、フィオが他と違うから気に入っていると言ってくれた俺もいなくなった。身体から力が抜けてその場にへたり込んだ、あれだけ溢れてきていると感じていた力も鳴りを潜めている。終わらせた、フィオを殺した連中の始末は付けた…………あと一人以外は、最後は自分を終わらせてめでたく終了――。
「おい何してやがるっ、殺し合いだったんだ。それに酷い状態だが全員どうにか生きて――」
 自分に突き立てようとした剣を遠藤に蹴り飛ばされた。
「当然だ……苦しみ続けられるように傷口を焼いて塞いで死ぬ事を許さなかったんだ。外界との繋がりを殆ど奪って、それでもこの現実じごくに存在し続ける様に……俺が死にたいのはあいつらにした行為に罪悪感があるからじゃない、フィオが死ぬような状況を作り出した自分を壊したいからだ」
「は? ……お嬢が死んだ? 冗談だろ? お前よりも圧倒的だったじゃねぇか、お前が軽い怪我で済んでるんだ。お嬢だったら無傷とかで――」
「俺を庇ってヘリからの銃弾の雨を浴びた」
「…………」
「分かったろ、俺は自分を壊して復讐を終わらせる」
 自分を赦せない、そして何よりこの痛みを抱えたまま生き続ける事なんて出来そうにない。特殊な能力を得ようと中身は弱いまま、成長なんてしてなかった。だから、こんな事に…………ごめん。
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