黒の瞳の覚醒者

一条光

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七章~邂逅ストラグル~

自業自得

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「いっつー……どこだ? ここは…………ッ!? あったまいてぇー」
 思わず頭へ伸ばした右手に血がべっとりと付いた。頭を怪我して――ッ!? そうだった、左肩も怪我、というか穴空いてる……これどうにかして押さえておかないと失血死するな。
「上着でどうにか縛ってはみたけど、これでいいのかは分からんな。免許取りに行った時の応急処置の授業でやったのを覚えてればなぁ」
 頭の方もそれなりに出血していたが、今は止まっているから大丈夫なんだと思いたい。強く打ち付けていて中に異常があったらどうしようもないけど…………。
「んで、ここは恋が言ってた地下通路って所か?」
 今居る場所は少し広い空間になっていて天井が高い。天井に空いた穴から見える空が夕焼けに染まり始めている。
「あの穴から跳び出るのは今の状態じゃ厳しいかなぁ」
 大した痛みじゃないが脚の方にも鈍い痛みがある。跳んでみて届かなければ着地時にかなりの負担が掛かる、そうなった時歩く事も出来なくなったりしたら詰む。もう少し天井までの距離が近い場所まで行って天井をぶち破る方が良い……んだけど…………。
「何本か伸びてる通路は当然ながら全て真っ暗、天井から差し込む光も空が夕焼けになっている以上すぐに消え去る。ライトの類は今は持ってない、こんな状態でダンジョン探索かよ…………」
 腕を帯電させてその光を利用して、って感じで進むしかないか。幸い伸びてる通路は人ひとり分程度、恋が魔物が居るとか言っていたが大きいサイズの面倒な魔物は居ないだろうし、負傷していて片手だろうが何とかなる……はず。
「救援はあり得ないし、自業自得だから自分でどうにかしないとな。頭の怪我で途中でぶっ倒れないかだけが心配だ――ん? 何かくちゃくちゃと、微妙に聞き覚えのある嫌な音が…………」
 天井から差し込む光だけで、仄暗い空間の隅の方、崩れた天井の瓦礫の陰で何かが蠢いている。その周囲には俺が首を斬ったミノの死体も転がっているが、俺が斬ったのより細かくなって骨が飛び出ている。明らかに喰ってるやつが今、ここに居る……それも複数だな。気配が一つじゃない。今の状態じゃ極力戦闘は避けたい、気付かれていないなら今の内に――。
『ギギギッ』
「っ!? おいおいおいおいおいおいおい!? 勘弁しろよ。なんで、なんでゴキだーっ! 気色悪い、気色悪いーっ! こっち来んなー!」
 通路に抜けようと歩き出した瞬間、すぐ脇にある瓦礫から人間大のゴキブリが出てきた。それだけなら電撃で排除して済ませられるが、人間と合成してある、黒光りする体から昆虫の手足の様に生えた人間のものの様な手足、昆虫と人間を混ぜ合わせた不快な面、握り拳よりも大きい一対の複眼と額にはペットボトルキャップ位の単眼まで付いてやがる。
「速いっ!? ゴキ人速い! こっち来んなー! ――ぎゃぁあああああっ!?」
 大声が悪かった、俺に気付いていなかった奴まで俺を追いかけ始めた。あんなの声出すなって方が無理だろ! あんな面をした奴が昆虫の気味悪い口にミノの腕を銜えて現れたんだ、叫ばずにはいられない。走りながら後ろへ向けた右手からコントロールなんて全く出来ていない電撃がゴキ人を倒し、天井や壁を破壊して崩していく。通路が塞がり、あの大きさでは恐らく追って来られないと頭では分かっていても逃げる足が止まらなかった。

「迷った……完全に…………」
 無茶苦茶に走り回った挙句に妙な通路に辿り着いた。人がギリギリ通れる程度の幅しかなく天井も低く、もう少し背の高い人間ならしゃがまないと通る事も出来ないだろう。まぁ、地下に作られているんだからそのくらいは別にいい、奇妙なのは天井や壁の石材、さっきまでは電撃を明かりにして移動していたが、今は電撃を使っていなくてもある程度明るい。天井や壁が薄っすらと光っているからだ。
「他の通路にはこんな石材使われてなかったと思うけど……わざわざ変えてるって事は当たりの通路か? ――ッ!?」
 何か音がした。先程までほぼ闇の中に居て視界を奪われたような状態だったからか、聴覚が鋭くなっている気がする。奴らの気配に過敏になってるだけかもしれないが…………。
「疲れた、一旦休もう。ここは狭いから奴らも一体ずつしか寄ってこれないだろうし、前後合わせて二体なら…………何とか我慢して対処しよう」
 頭がズキズキする……視界がはっきりしていない中走り回ったせいで何度か身体をぶつけている。脚の痛みも増してきている、早めに城へ辿り着いて治療を受けないと…………ゴキの餌だけは絶対に嫌だ! ヤバい、休みたかったのに心臓がバクバクし始めた。
 緊張が解けず、ロクに休めない状態なのに動き出せないまま時間だけが過ぎてしまった。時間的には相当経った気がするけど、少なくとももう日は暮れて夜になっているだろう。
「絶対騒ぎになってる、よなぁ。その上相当な迷惑になってる……何やってんだ俺は…………」
 怨みなんて捨ててしまえばいい、そう思うが切り離せない。あいつを怨まなくなるのが怖い、許容するのが嫌だ。そんな感情が枷になる。
「愚かだな」

 せめて脚の痛みが落ち着くまではと移動を控えたら、恐らく一日近く経ってしまった。おかげで脚の痛みは殆ど取れたが、逆に肩の痛みは増しているし、血を流し過ぎている。
「ぶっ倒れる前に城に辿り着かないと」
 来たのとは反対の方向へ光る通路を進む。これが当たりじゃなかったら、この地下で死んでゴキ人たちの餌か…………。
「こんな所で死ねるか、まだ何もしてない」
 薄暗いが全く見えないという訳じゃないおかげで幾分気分が楽で、能力を使っていないというのも気が楽な要因かもしれない。この通路がハズレだとは思いたくない――。
「おっ! 梯子…………」
 直角に折れた通路を曲がるとかなり古そうな金属製の梯子が天井に向かって伸びていた。先が見えないが、上に行くんだからハズレって事は無いだろ。
「これを上り切ればあの牢に出るのか?」
 …………よく考えたら方向も分からずに走り回ったんだ。この通路が正解の通路だとして、この出口が城の中へのものなのか、町の別の場所、若しくは町の外へのものなのかも分からない……真反対だったら…………。
「いや、地上に出られさえすればどうにかなるだろ――うぐ……久々に片腕しか使えない状態って辛いな」
 最初こそ平気に感じたが、ある程度上ってくると右手にだけ体重が掛かる状態ってのは楽じゃない。脚を引っ掛けて休みつつだがこれも膝裏が痛くなる。その上梯子がギシギシいうのが不安を掻き立てる。
「上までは来たが、これ持ち上がらないぞ?」
 恋は剥がせるとか言ってたし、女の子が剥がせる程度なら右手だけでも行けると思ったんだが、びくりともしない。梯子に脚を引っかけた状態で手を離して短剣で天井を突いてみたら破壊出来そうだった。
「よしっ、切り裂いて脱出!」
「わきゃぁああああああああっ!?」
 っ!? な、なんだ? 天井の先から変な悲鳴が――。
「ああーっ! 先輩なんでこんな所から帰って来てるの!? もう死んだとか異形にされたとかみんな騒いでたんだよ――って酷い傷! 早く上がって」
 天井が突然開いたかと思えば、恋が顔を覗かせて俺を引き上げた。
「お前この床石に乗ってたか?」
「うん。そしたらいきなり足の間から剣が生えてきてびっくりしたよ! ――ってそうじゃなくて、治療しないと、大輝呼んでくるね」
「待てまて、先に芦屋に伝えてくれ。怪我して戻ったなんて広まったら不安を煽る事になりそうだし、知られるのは少数の方が良い」
「もうとっくに煽ってると思うけど?」
「ちょっと事故で地下に落ちてダンジョン探検してましたで済ませればいいだろ。負けたとかじゃなけりゃ誤魔化せるだろ」
「そんなもんかなぁ?」
「魔法陣の原因とか異形の原因を探してるんだから怪しい所を探してて不思議はないだろ」
「…………実際は?」
「崩落に巻き込まれて普通には帰って来れませんでした」
「先輩って混血の子たちより凄かったはずだよね? 落ちた所から跳び上がるとかしなかったの?」
「お前これ下りた事あるか? かなり深くまで続いてるんだぞ?」
 そう言って出てきた穴を指す。
「ないよ。だって暗くていんきんだもん」
「…………陰気って言いたいのか?」
「そうそう! ……あれ? じゃあいんきんってなに?」
「いいから芦屋呼んで来い、血を流し過ぎてそろそろ限界だ」
「うえぇ!? 呼んでくる、呼んでくるから戻ってきた時死んでないでよ!」
 大慌てで走り去って行った。はぁ~、どうにか帰り着いた。人が異形に変えられているものは見ていたが、まさか魔物がベースで人の姿をとっている物まで居るとは思わなかった。地下通路もあんな感じだったし、今の王都で王城以外で生き残るのは不可能って事だろうか。
「どうにか生きているみたいね。突然飛び出した挙句に皆を不安に陥れた気分はどう?」
「真矢お姉ちゃん、お話しの前に治した方がいいんじゃないの? お兄ちゃん顔色凄く悪いよ? 血もいっぱい付いてるし」
 牢の入り口に怒りの形相の芦屋と、目覚めた時に治療してくれた少年の大輝が現れた。大輝は俺の状態を見てこちらが心配する程に顔を青くしている。
「……そうね、お願いできる?」
「う、うん。お兄ちゃん触るよ? 傷に近い場所を触る方が治りやすいから」
「血が付いてないところでいいぞ、気持ち悪いだろ?」
「う、ううん、平気、傷が見えてる方が気持ち悪いから早く塞ぐよ」

 大輝の負担を考えて、肩の傷は外側を塞いで止血するだけに止まった。かなり痛みはあるが自業自得だからしょうがない。頭の傷は完治してもらったんだし良い方だ。
「ありがとな、疲れさせて悪いな」
「ううん、戦える人が居なくならなくて良かったよ。また元気になったら治すね」
「反省してもらわないと困るから暫くはこのままでいいのよ。疲れたでしょう? 大輝は戻って休んで、それとこの事は内緒よ?」
 痛みが伴った方が反省しやすいとは思うが……痛過ぎる。まぁ、なにか失うような事が無かっただけマシと思うしかない。
「みんなが怖がらないように、だよね? 分かってる!」
「大輝おっつかれ~」
「恋ちゃんまたねー」
「あなたも出ていきなさい」
「えー、いいじゃんよー。私が見つけたんだよ? それにここって私の部屋みたいになってるし」
「そんな許可が出た覚えはないけど……はぁ、もういいわ」
 芦屋はしかめっ面をしていたが、恋を追い出すのが面倒になったのか居座る事を認めるようだ。

「それで、怨んでいる父親を見つけて暴走しそうになったから飛び出したと?」
「はい…………」
 石畳の床に正座させられ、穴を塞いでいた床石を膝に乗せられた状態で聴取されている。宛ら石抱の様な光景だな。
「はぁぁー、馬鹿々々しい。あなたに期待している人たちが居るのを知っているはずね? この状況でその希望がどれだけ大切かも分かっているはず、食糧なんかの心配はまだないとはいえ、不安を抱えている人は多い。今は落ち着いているけど家族と同じ場所に行くと、一時期は城から出ようとする人だっていた。感情は伝染する、希望を持っている人が居れば沈んでいる人の気分だっていくらかマシなものになる。特に子供からの影響は顕著、そしてその子供が懐いていたあなたが居なくなったら! 形だけでも励まそうとする親ならまだ良い方、もう駄目だと自棄になる人だっているから行動は慎重にと話し合ったはずよね?」
「はい…………」
「それがどうして――」
「真矢さんそんなに怒んなくてもいいじゃん。大っ嫌いなクソ親父を見つけたのに我慢して外で暴れてきて魔物まで倒したんだから全然いいじゃん。私は先輩の気持ちわかるなぁ~、いい加減で最低な親なんて顔も見たくないもん」
 俺の話を聞いてから恋が自分の事のように怒っている。こいつも親と何かあったんだろうか?
「……そもそも、それに誤解はないの? こうしてヴァーンシアに来ているんでしょ? 帰らないんじゃなくて、帰れなかったんじゃないの? 本当は家族の事を、あなたの事を想っているかもしれないでしょ?」
「あの人っていつから王都に居るんだっけ? 私が初めて来た時に見かけたから結構前だよね。真矢さんなら分かるんじゃない? クロイツの異界者はみんな一度は王様と謁見しないといけなくてその時に一緒に居るんだよね?」
 王様の謁見に同席するって……恋が出世しているとか言ってたが、本当に滅茶苦茶出世してるんじゃないか!?
「如月竜也、よね? あの人とは謁見時以外は顔を合わせてないからはっきりとは覚えていないけど……たぶん三年近くだと――」
「実は家族を想っている? あり得ないな」
「どうして――」
「先ず、蒸発したのは俺が小学校の頃、十年以上前だ。これで異世界に来てたから帰れないってのは無い。母さんの葬儀が済んだ後に文句の一つでも言って墓の前に引き摺って行こうと戸籍と住民票を辿ったら結婚離婚を何度も繰り返していて転籍も数度してやがった。そんな奴が家族を想ってる? それこそ馬鹿々々しい。最新の結婚が四年前だったはずだからそれまでは奴はあっちに居たよ、呆れ果てて途中で辿るのを止めたけど」
「うわぁ、それは間違いなくクソ親父だね。天罰下しちゃおう!」
「待ちなさい」
「ふぎゃっ!? ――止まった! 今一瞬呼吸止まったよ!? 死んだらどうするの!?」
 手をバチバチさせながら走り出した恋の襟を芦屋が掴んで止めた。
「事情は分かったけど今揉め事を起こすのは駄目、覚醒者の力は怖がられているのを知ってるでしょ? 魔物を倒す事に使ってる分には許容できても、一度人間に向けてしまったら確実にパニックが起こる。話し合いで済ませるのがいいけど、無理ならこの状況が打破されるまでは会わない事」
「ええー、そんなの先輩が可哀想じゃん! 少しくらいなら仕返ししたって――」
「いや、会う気も関わる気もない。奴に関する事でこれ以上揺れたくない、俺の目的はそれじゃないから」
「そう、ならいい。じゃあ地下探索の武勇伝を聞きましょうか」
「は?」
「探索していて帰りが遅くなった事にするんでしょう?」
「あぁ、そういえばそんな事言ったか……フフフフフフフ、話してもいいのか? 聞かない方がよかったと後悔する事になるぞ?」
 あれを思い出しながら話さないといけないと思うと吐き気がするから出来れば勘弁してほしいが――。
「話して、詳細を聞かれた時に説明が食い違うと困るし」
「あっそ…………」

「最悪」
「うえぇぇぇー、私出て行ってればよかった…………大掃除が終わるまで私絶対に外に出ない」
 詳細にと言うので、擬態魔物の気持ち悪さとゴキ人の捕食風景を余すことなく語った。話し終わると、もういいと言われて石抱からも解放された。
「もう夜だったのか……結局一日半くらい地下に居たって事か? 長かったなぁ、もう二度と行きたくない」
 愚痴りながら部屋に辿り着いた。硬い石の上じゃなくベッドで眠れる。地下じゃ寝てるのか起きてるのか分かんない状態で休めたとは言い難いし、さっさと寝てしま――。
「うおっ!?」
 異変に気が付いてベッドから飛び退いた。掛け布団の中で何かがもぞもぞしているんだが……まさかゴキ人じゃないよな? …………違うよな? 入って来れるはずないとは思いつつも剣を抜き、布団に手をかけて一気に引いた。
「…………」
 中からは、こっちの世界に戻ってきた時にも見た踊り子衣装のクロエさんが出てきた。この人、他人のベッドで何してんの?
「んぅ? ワタル……様? …………ワタル様! よかった、ご無事だったのですね! 私心配で心配で――」
 飛び付いて、涙を滲ませてこちらを見上げながらそう言ってくれるが…………。
「その割には他人のベッドで寝てましたよね?」
「こ、これは、その……崩落が起こってからずっと起きていたらシロナに少しは寝ないといけないと言われてしまって、寝ようとしたのですが眠れなかったので……ワタル様の匂いに包まれていれば安心できるかと…………」
「それで忍び込んだと」
「はい、すみません」
 よく見ると目の下に隈が出来てしまっている。寝ていなかったのは本当らしい。
「あ~…………心配かけてごめんさない」
「そのようなこと、構いません。ご無事に帰って来てくださっただけで嬉しいですから」
 涙をぬぐいながら向けてくれた笑顔はとても優しいものだった。
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