黒の瞳の覚醒者

一条光

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十章~平穏な世界を求めて~

上位種

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「ふぇぁ~、終わったぁ~。身体いてぇ、クーニャもっと大事に扱ってくれ。揺れると痛い」
「そんなころひわれへも、はるじがくひの中で黒らひをつはうはら儂とへふひょうの身だ。くひがピリピリしへおう」
「ははっ、何言ってるか分かんねぇ」
 俺の態度が気に食わなかったらしく雷帝様はぶすっとしてそっぽを向いてしまった。機嫌直しに帰ったらリオ達におでんでも頼むかぁ。ヘカトンケイルを討った影響か、鎮静化しつつある戦いの音を聞きながら脱力する。みんなまだ戦ってんのにダメだなぁなんて思いつつも自分の役割は果たしたように思う、身体は痛いが前回に比べたら全然マシなレベルだと思うし生き足掻く事も止めなかった。最善を尽くしたはずだ、というのに――。
「そんな顔するなよ、ちゃんと生きてるだろ?」
「これは……仕方ないでしょう! ワタルがぐちゃぐちゃに磨り潰されたんだと思ってたんだから! しかも今回は私の不注意のせい、悔しくて苦しくて自己嫌悪と悲しみで頭がどうかなりそうだったんだから!」
 剣の回収に成功したらしいティナがクーニャの手中に現れ俺を見下ろす。その顔は涙に濡れて気を抜けば鼻水まで垂れてきそうなくらいにくしゃくしゃだ。姫様がなんて顔してるんだ……やれやれ、生き延びても結局泣かせてしまうのはどうにかしないとだな。
「やっぱり生きてた」
「ん~? フィオは泣いてないんだな、大絶叫だったのに」
 ティナに続いて飛び込んできたフィオが俺を確認して安堵の表情を浮かべている。
「潰れたと思ったけど、飛び散ったものがワタルの匂いじゃなかった。それに、倒れた後からクーニャの様子が変わったから何かあると思ってた――」
「だったら言いなさいよ! 私がどれだけ苦しかったと思ってるの!」
「いや、ヘカトンケイルに感付かれたらマズかったし黙ってた方が――」
「わ・た・し・は! めちゃくちゃ苦しかったのよ! 胸が張り裂けそうな程に! それなのに――こんなのズルいわ。何も言えなくなるじゃない」
 興奮して伸し掛かるようにして捲し立てるティナを自分の胸に抱き寄せ心臓の音を聞かせながら頭を撫でる。効果はそれなりにあったようであっという間に大人しくなった。
「怖い思いさせて悪かった。ちゃんと生きてるから許してくれ」
「……ええ。ワタル、助けてくれてありがとう。面倒をかけてごめんなさい、次はこんな事がないように私も訓練に励むから」
「姫様がそれってどうなんだろう?」
「いいのよ、ワタルの傍に居る為ならなんだってするんだから」
「そっか」
「ええ」
 お互いに微笑みこれでこの件は終わりに……はならなかった。
「なーにをいい雰囲気になっておるのじゃ!」
「そうだ! なんでティナだけが甘えているんだ! 私たちとてさっきの事でどれほど胸を痛めたか、分かっているのか!」
「はいごめんなさい!」
 よじ登ってきた二人の視線が妙に冷たい……そして落ち着いたはずのティナが離れようとしない。それどころか俺の首に腕を回して身体をすり寄せるもんだから密着度が増して全員の視線が更に冷たいものへと変わっていく。
「ちょっとあなた達! 何暢気な事してるのよ! さっきから大人しくなりかけてた魔獣がどんどん群がって来てるんだけど! さっさと処理手伝いなさいよ」
 下で一人で魔獣を狩り続けているアリスから怒声が飛んできて全員がハッとしたように気まずそうな笑みを浮かべる。
「クーニャ、アリス回収して飛んでくれ。目的は達成したし今日はこんなもんでいいだろ、残りは他に任せて俺たちは戻ろう。治療も必要だしな?」
 喋るのが辛いのかこくりと頷くと俺たちを乗せているのとは反対の手でアリスを引っ掴み大空へと飛翔した。勢いの落ちた量産ディアボロスが追撃してくるが動き自体はクーニャの方が速い上近寄ろうとするものは皆ナハトが焼き尽くして消し炭となって落下していった。
「ちょっとー!? なんで私だけ掴まれてぶら下がり状態なの!? 私も普通に乗せなさいよー!」
 ぎゃあぎゃあと賑やかに騒ぎながら(主にアリスが)俺たちは帰還した。それからは魔獣母体の破壊とヘカトンケイルの討伐に触発され纏まりがなくなっていた兵士達の士気が上がり紅月達が一気呵成に殲滅へと打って出た。

 魔獣母体の破壊及びヘカトンケイルの討伐から一月、聖樹の花粉を大量散布の中魔物と魔獣の討伐は急速に進み破竹の勢いで掃討していった。三分の一位は四散して逃げ出したりして討ち漏らしもあるにはあるが王都近くに押し寄せていたものは粗方処理が完了した。前回と違い一箇所に纏まって居たことや黒雷の強化、クーニャが居たことなんかも処理が早かった要因かもしれない。魔獣母体の破壊に参加しなかった優夜や紅月が張り切っていたというのも大きいだろう、と言っても完璧ではない為東部に人が戻るにはもうしばらくは掛かるだろうし完璧な安全はまだまだ先だ、とはいえ目前に迫る脅威は排除したと言っていいだろう。そして、今は戦勝記念の祝祭の真っ最中だ。報せを受けて西部から王都へと人が押し寄せ魔物への二度目の勝利をどんちゃん騒ぎで大いに祝う、王都全体が祝賀ムードでそこかしこから笑い声が聞こえてくる。さっきまでは勲章の授与やら堅苦しい空気もあったが今はもう城の方も無礼講のお祭り騒ぎだ。そんな様子をこっそり抜け出して聖樹の上から眺める。荒らされた土地の復興やらやる事はまだまだあるだろうが、ようやく魔物の恐怖から解放されたんだ。一日くらいこんな日があってもいいだろう。
「でも、勝つには勝ったけどまだ終わりじゃないんだよな。ディーを、奴を倒さないとまた同じ事が繰り返される――」
「貴方はその首魁を倒せるとお思いですか?」
「っ!? ――って、え? あ、あぁ…………」
 誰も居るはずのない背後からの気配もなく突然声が掛かった事に驚き聖樹の枝から足を滑らせた。おち、落ちる!? こんな、こんなアホな事で死ぬの嫌ー!
「っ! だ、大丈夫ですか?」
「た、助かりました。マジであのまま死ぬのかと思った……って、ご、ごめんなさい! わざとじゃないです――わ、わ!?」
 落下の直前に不思議な空気を纏ったエルフのお姉さんに抱き寄せられて事なきを得たが知らない人の胸にダイブしてる事に焦り突き放したらまたも落下の危機が!?
「た、度々すいません」
「い、いいえ……ふふふ、面白い方ですね。女性に慣れていないのですか?」
 全然面白くないっす。戦場で生きるか死ぬかを経験してんのに日常でまで死の恐怖を経験したくないっての。突然何なんだこの人……金の瞳に銀に近い薄いブロンド、そしてフィオよりも色素の薄そうな白い肌のエルフは何がそんなに面白かったのか楽しそうに微笑んでいる。なんか……今まで会ったエルフとは雰囲気が違う気がする、上手く言葉に出来ないが……神々しい?
「それで、何か用ですか? どこかで会ったこと、はないですよね」
「はい、お初にお目にかかります。わたくしレヴィリア・リノと申します。本日は魔物の脅威を振り払った英雄に一目お会いしたく――」
「ちょっとタンマタンマ! あの、そんな仰々しい挨拶しなくてもいいですって、それに敬語も俺の方が絶対に年下だから要らないですよ」
 俺の言葉に目をぱちくりさせてレヴィリアさんは首をかしげる。くそぅ、エルフは美人ばかりだがこの人は更に飛び抜けてる気がするだけにこの仕草も破壊力抜群だ。
「あの、たんまとはなんでしょうか?」
「あぁ、こっちじゃ通じないのか。待ってって意味です」
「なるほど、そういう意味なのですね。やはり全てが通じるという訳にはいかないのですね……それにしても、女性を何人も娶っているということでしたからもっと尊大な方かと思っていたのですが随分と謙虚な方なのですね」
 俺ってそんなイメージなのか……市井の人たちからもこんな感じに思われてんのかな、女好きは定着してしまったが尊大も追加なのか? それだとちょいへこむなぁ。
「それで、お姉さん……レヴィリアさんは何の用で俺に会いに来たんです?」
「お、お姉さん、ですか…………」
 なんか急にぽ~っと悦に入ってらっしゃる。今の言葉のどこに喜ぶポイントが?
「あの、大丈夫ですか?」
「はい、お姉さんは大丈夫ですよ」
 結構分かりやすい人だった! さっきまで感じてた神々しさが薄らいだよ! ほんとこの人何しに来たんだ。
「んっん、私がここに来たのは貴方に一目お会いしたかったからです。魔物の首魁を討とうという人間がどのような方なのか、それだけの素養のある方なのか。それを確かめたかったのです」
「そう、なんですか? そんなの確かめてどうするんです?」
「……興味があったのです。自分に関係のない異世界の為に戦おうという人間に、何故貴方は戦うのですか? 同胞を連れ帰る事が目的であればわざわざ魔物の討伐などする必要はないでしょう?」
 心底不思議そうに疑問を投げかけてくるレヴィリアさんの瞳には怪訝の色が強く浮かんでいて理解できないといった様子だ。
「関係ない、誰かが何とかする。俺はこの考え方で一度失敗してますから……それに関係なくないですよ? ここは俺の大切な人たちの世界です。それが荒らされていくのは嫌ですから」
「不思議なものです……その昔、エルフの娘を攫いこの魔物騒動の原因を作ったのは人間、そして今魔物を討ち世界を守ろうとしているのも人間……教えて下さい。冷酷なのか、温和なのか、どちらが本当の人間なのですか?」
「原因を作ったってのはアドラの事ですよね?」
「はい、人間とは簡単に他者を傷付け虐げる、同族同士で争いすらも起こす。我らはそういう風に理解していました。なのに貴方や貴方の同胞は他者を守らんと戦っている、私は正直混乱しています」
 何で今更こんな事を俺に聞いてくるんだ? 今ではこの国にエルフも入ってきて人間とそれなりの交流だってあるはずだし、自衛隊との接触で人間に対する悪いイメージは払拭出来てたと思ってたんだが、違うのか? ……我らはって言ったよな、ナハトやティナ達とは違うコミュニティでもあるんだろうか? 少なくともこの人と同じ考えのエルフが他にも居るってことは間違いないんだろうけど。
「まぁどっちがと言われても、アドラは特殊だから一緒にして欲しくないってのがあるんですけど……それ抜きで答えたとしてもどっちも人間、かな。弱くて、誰かを蔑み傷付けて自分より下が居るって安心しないと生きられないような奴も居るし、醜い欲望に取り付かれる奴も居る。でもそういう奴ばかりじゃなくて自分に得なんてなくても助けてくれたり誰かを気遣える人だって絶対に居る。誰だって色んな面を持ってる、と思う……今は守る為に戦ってますけど俺だって人を斬った事があるし、そういう色んな面があるのはエルフだって同じじゃないんですか?」
「我らの中には自ら進んで他者を害する者などいません。しかし……貴方も他者を傷付ける者だったのですね、私は貴方の行動に感心していたのですが」
 俺の言葉を聞いたレヴィリアさんは心底落胆した様子で俺から目を逸らし小さく嘆息した。その行動は俺もアドラの奴らと同じだと言われているようで少しの不快感を覚えて言葉を続けた。
「大切なものを害されたら誰だって怒るでしょう? それはエルフだって同じはずでしょう。だから今魔物がこの世界に居るわけだし」
「人間に、奪われたのですか?」
「まぁ……そんなとこです」
 それきりお互いに言葉は途切れ沈黙が訪れた。街からは楽しそうな喧噪が聞こえてくるがこの場は何とも言えない気まずさのようなものが支配している。なんでこんな事になっているのか、この人の目的は何なんだろう?
「彼の国の人間たちの事は未だに理解できませんが貴方の事は少しだけ理解出来そうです。……大切なものと世界を守らんとする貴方方に警告を、魔物の首魁とその取り巻きであるハイオークには特にご注意ください。勿論その他の魔物にも」
「ディー以外もですか? ハイオークなら今までに何度か戦ってるし雑魚は数以外は問題ないと思うんですけど」
「それは恐らくエルフやダークエルフとの混血でしょう。彼の者たちはそれらとは違います。エルフには上位種が存在している事をご存知ですか? エルフ達よりも更に優れた身体能力を持ち複数の異能を操る存在、彼の者たちはオークがその上位種を孕ませた結果生まれた者たちです。上位種を襲えるほどに強靭な肉体を持ったオークとハイエルフの混血です、貴方方が知るものとは遥かに手強い相手となるでしょう。貴方が雑魚と侮るものどもも封印の呪縛から逃れ随分と経ちます、本来の力を取り戻しているものも多い事でしょう。油断や過信は命取りになります」
 ハイエルフ? そんな存在が居るのか。そうか、それでか……ディーの能力が複数ある事にもこれで納得がいった。能力の複数持ちか……種類があればいいってもんでもないだろうけど対処は確実に難しくなるだろうな。
「ん? でもならなんでティナ達はハイエルフの事を教えてくれなかったんだ? というよりそんな凄い存在が居るならなんで一緒に戦ってくれないんだ?」
「姫はご存じないのでしょう。ハイエルフが姿を消したのは姫が生まれるよりも昔の事ですから、それにハイエルフはエルフ達から敵対者として追われた身ですから共に戦うというのも難しいでしょう。なにより、今のハイエルフは他種族を信用していませんから」
「追われた? なんで? 上位種といっても同族みたいなものじゃないんですか?」
「ハイオーク産んだ一人の女が望まぬはずのその息子を守ってエルフ達数人を殺めてしまったんです。それに加え、オークがハイエルフの能力に目を付けていた事もあってハイオークが複数生まれてしまったのです。そのせいでハイエルフは敵に内通していると、異世界の存在が押し寄せ攻撃を仕掛けてきていて特に混乱していた時期でしたので内側に敵がいるという疑心は一気に広まってしまいました。そこからハイエルフへの攻撃が始まるまでには然程の時間もありませんでした。同胞たちとの戦いを拒んだハイエルフは姿を消す事で争いを避けました。ですが未だに敵視している者も居るのでしょう、だから新しい世代にはハイエルフの事を伝えていない、といったところでしょう」
 望んでいなかったとしても我が子を守ってしまった、か……親としては正しい当然の事のように思うが、守った存在が今や世界を脅かす存在か。自分たちの上位種が簡単に襲われるはずがないって思い込みもあったんだろうな、そんな中その血を引いた魔物が出てくれば疑ってしまうのも仕方がないのかな。
「ん? なんで魔物じゃなくて異世界の存在? 獣人たちとも戦ってたって事ですか?」
「はい、故郷から引き離され気が立っている状態に加え言葉も通じないその上無差別に襲ってくる魔物まで居ては仕方がなかったと言えます」
「言葉が通じないって、獣人とは言葉が通じなかったんですか!? なら一から勉強したって事ですか?」
「いいえ、ハイエルフの能力で意思疎通が出来るようにしました。そしてヴァーンシアそのものをその力の膜で覆いそこを通過してくる者たちにも同じ効果が及ぶようになっています。それでも全てがすべて通じるという訳ではありませんが、言葉が通じるようになっても暫くは争いがありましたがハイエルフが追われた後に話し合いが上手くいったのでしょう」
 はぁ~、それで言葉が通じたのか。ハイエルフ達がその力を施してくれてなかったら俺はどうなっていたんだろう? 考えるだけでも恐ろしい。言葉が通じる、それだけで安心感は全然違うだろうし言葉が通じなかったらあの時のリオの厚意を素直に受けられたか分からない。最悪逃げ出して野垂れ死にしてたかも。
「そんな凄い事を出来るハイエルフが戦えば魔物の件はすぐに片が付きそうなもんだけど」
「それでも万能ではないんですよ。襲われ子を産んだ後は殺されたりもしていますから数も減っていますし他のエルフと違って繁殖能力が低いので絶対数が少ないのです。ですから数を減らさない為に戦いに出る事はないでしょう。……それでは、私はそろそろお暇いたしますね。機会があればまたお会いしましょう」
「え? えぇええええ!? き、消えた。まさか落ちたんじゃ!?」
 この世界に来てすぐの頃を思い出し足元へと視線を落としていた僅かの間に彼女の姿は消えてしまった。焦って下を覗くも落下中の物体なんかは見当たらない。どこに行ったんだ? これだけ近くに居たのに全く気配なく姿を消すなんて出来るのか? ……ティナと似たような能力とか? いや、あれは珍しくて今はティナしか居ないって聞いてるし……でもそれってエルフやダークエルフの中でって事、あの人がハイエルフだった? 狐につままれたような状況にしばらく動けなくなりフィオが迎えに来るまで茫然と立ち尽くしていた。
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