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本編
ぎこちない「真面目なカップル」
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付き合って早いことでもう1週間。僕はあの感動(?)の告白シーンを思い出して、1人でニヤニヤしていた。
「何にやついてんだよ」
「な、な、なんでもないし!」
「で、本当のところは?」
「……マキがかっこ良すぎるのが悪い!」
「ばかか、おまえ」
そう言いながらもマキの耳は赤くなっている。やっぱり照れている。……かわいい。
だけど——。
あれからマキは一言も原作についていってこない。あの告白の後、マキは「原作には俺らのデートシーンも回想で出てくるから、しっかりデートしないとな」と言っていた。
だが、僕らはまだデートをしていない。これはまずいのではないだろうか。
「ねえ、マキ。原作で『アインハルト』と『マクシミリアン』ってそろそろデートしてたんじゃないかな?」
「ああ、確かにしてたな」
あっさり答えられて、違和感が募る。なぜ知っていたのに言い出さないのか。
そう思ったところで諦める。空はギリギリまでテスト勉強をしないタイプだった。——それでいい点をとってくるのが嫌なところだけど。
きっと今回も言い出さなかっただけなんだろう。
「じゃあ、デートしようよ。原作ってどんな感じだったの?」
「ええと、たしか……ペアリングを買いに行ってた」
「ぺ、ペアリング!? そんな重要なシーン、初っ端から来るの!?」
あまりにも早い進展に思わず声が出る。公式カップル、進展はやすぎやしないか。
でも、なんだか納得もした。きっとマキもペアリングを買うなんて照れて言い出せなかったのだろう。だからなかなかデートのお誘いが来なかったんだ。
「そう、確かお揃いの指輪だったと思う。この世界では『恋人でお揃いのものを身につけるのが普通』って、恋人ができた時の勇者が言ってた気がする」
「ペアリング、しかも指輪が普通なのか……」
「そうそう。普通らしい」
マキは落ち着いていて、これが普通なんだと納得する。というか、なんかやる気満々?
「ということで、今週末買いに行くぞ」
「へっ? 急すぎない!? リングサイズとかあるし……。ていうか、指輪って関係がもっと進展してから買うものだよね!?」
「そんなん待ってたら俺らジジイになるぞ。早いうちにイベント回収しなくていいのか?」
そんなんゲームかよ。そう思ってしまうけど、原作通りにしたいって言ったのは僕だし。
マキの行っていることは間違ってない。
だから、原作でペアリングイベントがあるなら僕らも……。
「じゃあ、その、見に行くだけで、ね?」
「おう、見て、買うんだな?」
「買う前提じゃん」
マキはなんだか自然体だった。僕は原作通りにしなくちゃって緊張しているのに。
ついに来た休日。今日は待ち合わせをせず、マキが迎えに来てくれる予定。
なかなかこないマキ。緊張で何度も鏡を見つめる。今日行く場所は貴族街にある宝石店。だから、服装をビシッと決めている。まだ、自分が自分じゃないみたいで慣れない。
——コンコンコンッ
「アイン、マクシミリアンだ。入っていいか?」
「どうぞ」
入ってきたマキの姿を見て、頬が熱くなる。
マキは僕と同じく白を基調に銀と青を添えた正装でビシッと決めている。それが青い瞳と銀の髪に似合っていて、とてつもなくかっこいい。
「なに赤くなってんだよ」
「そ、そんなことないし! ……マキがカッコ良すぎるのが悪い」
「ははっ! アインもいつもより綺麗でびっくりした」
部屋に入ってきた時はいたずらっ子のような表情だったのに、僕を褒めるときだけ真面目な顔。思わずドキッとしてしまった。
その後、僕の家の馬車留めまでエスコートしてもらい、2人で馬車に乗った。
「また、顔赤くなってんぞー?」
ふにふにと頬をつつかれた。自覚はないけど、そんなに頬が赤いんだろうか。
「アイン、緊張してるのか?」
「確かに、そうなのかも。……でも、今はマキが近すぎてそっちの意味で緊張してる。——えっ、なに」
「殺傷力が高すぎる——!」
マキがいきなり片手を顔に当て、天を仰いだ。手の隙間から見える耳は微かに赤くなっている。
「アインが可愛すぎるのが悪い……!」
「それはこっちのセリフなのに!」
2人で羞恥に悶える謎の時間が出来上がった。
しばらくして、やっと2人で落ち着いた。いつまでもこんなに恥ずかしい話題を続けるわけにはいけない。
馬車から外を眺めると、どんどん景色が移り変わっていく。僕の屋敷を出たすぐは同じような屋敷ばかりだったのに、今は高級感あふれる店が並んでいる。
「ねえ、マキ。今日はどんな店に行くの?」
「えーっと、確か、王家御用達の貴金属・宝石の店だったと思う」
「えっ、王家御用達!?」
王家御用達。それは国の頂点にふさわしい品質を扱う店だけが与えられる名誉ある称号。そして、値段もそれに見合ったものになる。
「そんな……。僕らみたいな仮初のカップルのペアリングなんて、そこらへんの露天商の指輪でいいのに! 王家御用達なんて高すぎる!」
「たとえ仮初の恋人でも、アインは俺の大切な幼馴染だ。その幼馴染に安いものは渡せない。それはわかってほしい」
「マキ……」
マキの真剣な顔に、胸が熱くなる。そんなに僕らの幼馴染という関係を真剣に考えてくれていたなんて思わなかった。
「……じゃあ、おとなしく王家御用達の店で買うことにする。でも、マキの指輪は払わせてね?」
「だめだ。俺が両方買う。彼氏ヅラさせてくれ」
「やだね! 僕も彼氏ヅラしたいもの。彼氏のもの買いたいもの! 観念してほしいね!」
ふんすっと胸を張る。すると、マキは諦めた表情をして、ひらひらと両手を振った。
「そこまで言われたら、仕方ない。じゃあ、互いの指輪の料金を払い合うか」
「うんっ」
なんとか、マキを丸めこめた。心の中で小さくガッツポーズしたところで場所の扉が叩かれた。
「目的地に到着いたしました」
「ああ、わかった。——じゃあ、いきましょうか、俺のお姫様?」
そのセリフと共に、マキが手を差し出す。僕を店までエスコートしてくれるようだ。
なんだか小っ恥ずかしい。僕は男だ。手を突っぱねて1人で降りたって問題はない。
でも——
「……はい、僕の王子様」
どうせなら、カップルらしく。そう思って手を取った。
手をつないだまま馬車から降りると、そこに現れたのは——。
そこは、荘厳な建物だった。
白を基調とした石造りの外壁。そこには金と紺の装飾。
入り口には繊細な細工の重そうな鉄扉。その扉の上には「グラティア宝飾店」と金の文字が輝いている。
いかにも「王家御用達」といった雰囲気の、その店の前に立つ。それだけで、場違い感がひしひしと押し寄せてくる。
「ねえ、マキ……。ここ入って大丈夫?」
「大丈夫だって。俺ら腐っても侯爵子息だぞ? 止められる奴なんていないだろ」
マキはそのまま俺の手をとって進んでいく。
そのままドアマンが開けた扉を潜ると、そこは別世界だった。
上品に奏でられる音楽。シャンデリアの光を受けてキラキラと輝くたくさんの宝石たち。思わずため息をついてしまう。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
話しかけてくる店員の服装も所作も一流だ。なのに、マキは気後れもせず堂々と接している。
「ペアリングを探している。なるべくシンプルで日常使いのできるもの。それでいて質の良いものを頼む」
「かしこまりました」
店員さんは柔らかい表情を浮かべて、僕らをテーブル席に案内した。そして、後ろの方から別の店員さんがベルベットでできた箱を持ってくる。
男2人がペアリングを頼んでも、誰も怪訝そうな顔をしない。この世界では同性愛は一般的なもののようだ。
「こちらが、当店にあるものの中でシンプルなデザインのものでございます。プラチナ、ゴールド、シルバーなど、素材の違いもございます」
「しばらく2人で選ばせてもらってもいいか?」
「もちろんでございます」
マキがそう言って、2人で選ぶことになった。
どれも値札がついていなくて、触る手が震える。
「やっぱマキの髪色に合わせるなら、プラチナかシルバーだよね」
「そうだな。ゴールドは俺ららしくないし、なんか派手だよな」
些細な価値観。それがマキとはピッタリ合って、なんだか口角が上がってしまう。
「じゃあ、二つともつけてみるか?」
「へっ? サイズは?」
「さっき伝えて、これは全部俺らのサイズ」
マキのスマートさに驚きばかりが募る。
「おい、アイン、これつけてみろ」
そう言ってマキは僕の手を取り、リングをはめようとする。
「ちょ、まって……! 自分でつけられるっ!」
慌てて言い返すが、ときすでに遅し。すでにリングは僕の左手の薬指におさまっていた。
「薬指か……」
僕が思わず呟くと、なんだか空気が変わる。
「なに、その顔」
「い、いや……、なんでもない!」
慌てて手を引っ込める。心臓の音が響いている気がする。僕らの関係は原作のための仮初。なのに、本当に結婚するみたいじゃないか。
「俺もどうせならやってもらおうかなー?」
こちらをニヤニヤと見てくるマキになんだかムカつく。
どうせならやってやろうじゃないか。
そう思ってマキの左手を取り、薬指に指輪を滑り込ませる。
「やっぱりプラチナの方が似合うね。こっちにしようよ」
気をつけて平静を装いながら、マキの方を見る。するとマキは馬車の時のように天を仰いでいる。
しばらくそのまま固まっているマキを眺めていたが、マキは突然復活した。
「なあ、アイン。俺ら原作の最後では成人して結婚してるんだ。」
一瞬、思考が停止する。
「け、けけけけけっこん!?」
脳が再起動したときには、爆音が口から漏れていた。
突然特大の爆弾を投下しすぎだろ! 原作だと僕達は結婚する!? しかも今15で、成人が18だから3年後!? 公式カップルすごすぎんだろ。
「ああ。だからきっと俺らも結婚する。そうだろう?」
「けけけけけっこん。げんさくどおりなら、けっこん」
「今日はこのままもらって帰るけど、結婚するときはしっかり刻印入れてもらおうな?」
僕がろくに返事もできない間に、いつのまにか話が進んでいる。
でも、結婚するときには刻印。当たり前に未来の話が出てくることに少し嬉しくなる。
「じゃあ、プラチナな。このままはめて帰らせてもらおう。支払いは互いの家につけもらおう」
「うん……。けっこん……結婚」
それから僕は混乱しっぱなし。やっと自分の中で結婚が受け入れられて正気に戻ったのは、帰りの馬車でのことだった。
ハッとして手を見てみると、しっかりと左手の薬指には指輪が輝いていた。
その行動から、僕が正気を取り戻したことがわかったのだろう。マキが話しかけてきた。
「このあと、まだどこかに行こうと思ってたんだけどな。今日は驚かせすぎた。すぐに帰ろう」
「え、こっちがほんとごめん」
マキは気遣うような表情でこちらを見てくる。とてつもなく申し訳ない。
「いいんだ。今日はゆっくり帰ろう。馬車であれやこれやもできるし、な? ——いてぇ!?」
「あれやこれや」で耳が赤く染まったような気がする。そのあと薪をしばいたのは照れ隠しだ。
「あれやこれやはしません! それはともかく、さっき聞けなかったけど、結婚って詳しくはどういうことなの?」
「どういうもこういうもない。俺たちは真面目なお付き合いをしてるんだ。このあと結婚するのも普通の流れだろう?」
「……確かに」
僕たちは、原作通りに世界を進めるために「真面目なお付き合い」をしている。だから、このまま進んで結婚するのは、普通のこと。
「ちなみに、結婚式は国中を挙げての盛大な指揮になるんだ。王都の教会で貴族みんなを招いてやるんだ。小説だとイラストが見開き1ページ使われるくらいすごい結婚式だったらしい」
「み、見開き1ページぃ!? まじでいってる!?」
「大マジ」
マキの顔は「僕らが付き合っている」と言った時と同じように真剣そのもので。これもまた真実だということを理解する。
「国中を挙げての盛大な結婚式……、けっこんしき、けっこんしき」
そのまま、僕が現実を受け入れないままデートは終わり、いつのまにか家に着いていた。真紀と別れた記憶もない。
僕らの関係はいつのまにか、結婚と盛大な結婚式まで確定してしまった。原作を守ると言っても、このままでは良くない。でも……。
夢のようなひと時。でも、左手の薬指には、確かに夢ではなかった証拠がある。
見つめて、微笑んで、ふと不安になる。
——こんな関係、仮初でいいのか?
「何にやついてんだよ」
「な、な、なんでもないし!」
「で、本当のところは?」
「……マキがかっこ良すぎるのが悪い!」
「ばかか、おまえ」
そう言いながらもマキの耳は赤くなっている。やっぱり照れている。……かわいい。
だけど——。
あれからマキは一言も原作についていってこない。あの告白の後、マキは「原作には俺らのデートシーンも回想で出てくるから、しっかりデートしないとな」と言っていた。
だが、僕らはまだデートをしていない。これはまずいのではないだろうか。
「ねえ、マキ。原作で『アインハルト』と『マクシミリアン』ってそろそろデートしてたんじゃないかな?」
「ああ、確かにしてたな」
あっさり答えられて、違和感が募る。なぜ知っていたのに言い出さないのか。
そう思ったところで諦める。空はギリギリまでテスト勉強をしないタイプだった。——それでいい点をとってくるのが嫌なところだけど。
きっと今回も言い出さなかっただけなんだろう。
「じゃあ、デートしようよ。原作ってどんな感じだったの?」
「ええと、たしか……ペアリングを買いに行ってた」
「ぺ、ペアリング!? そんな重要なシーン、初っ端から来るの!?」
あまりにも早い進展に思わず声が出る。公式カップル、進展はやすぎやしないか。
でも、なんだか納得もした。きっとマキもペアリングを買うなんて照れて言い出せなかったのだろう。だからなかなかデートのお誘いが来なかったんだ。
「そう、確かお揃いの指輪だったと思う。この世界では『恋人でお揃いのものを身につけるのが普通』って、恋人ができた時の勇者が言ってた気がする」
「ペアリング、しかも指輪が普通なのか……」
「そうそう。普通らしい」
マキは落ち着いていて、これが普通なんだと納得する。というか、なんかやる気満々?
「ということで、今週末買いに行くぞ」
「へっ? 急すぎない!? リングサイズとかあるし……。ていうか、指輪って関係がもっと進展してから買うものだよね!?」
「そんなん待ってたら俺らジジイになるぞ。早いうちにイベント回収しなくていいのか?」
そんなんゲームかよ。そう思ってしまうけど、原作通りにしたいって言ったのは僕だし。
マキの行っていることは間違ってない。
だから、原作でペアリングイベントがあるなら僕らも……。
「じゃあ、その、見に行くだけで、ね?」
「おう、見て、買うんだな?」
「買う前提じゃん」
マキはなんだか自然体だった。僕は原作通りにしなくちゃって緊張しているのに。
ついに来た休日。今日は待ち合わせをせず、マキが迎えに来てくれる予定。
なかなかこないマキ。緊張で何度も鏡を見つめる。今日行く場所は貴族街にある宝石店。だから、服装をビシッと決めている。まだ、自分が自分じゃないみたいで慣れない。
——コンコンコンッ
「アイン、マクシミリアンだ。入っていいか?」
「どうぞ」
入ってきたマキの姿を見て、頬が熱くなる。
マキは僕と同じく白を基調に銀と青を添えた正装でビシッと決めている。それが青い瞳と銀の髪に似合っていて、とてつもなくかっこいい。
「なに赤くなってんだよ」
「そ、そんなことないし! ……マキがカッコ良すぎるのが悪い」
「ははっ! アインもいつもより綺麗でびっくりした」
部屋に入ってきた時はいたずらっ子のような表情だったのに、僕を褒めるときだけ真面目な顔。思わずドキッとしてしまった。
その後、僕の家の馬車留めまでエスコートしてもらい、2人で馬車に乗った。
「また、顔赤くなってんぞー?」
ふにふにと頬をつつかれた。自覚はないけど、そんなに頬が赤いんだろうか。
「アイン、緊張してるのか?」
「確かに、そうなのかも。……でも、今はマキが近すぎてそっちの意味で緊張してる。——えっ、なに」
「殺傷力が高すぎる——!」
マキがいきなり片手を顔に当て、天を仰いだ。手の隙間から見える耳は微かに赤くなっている。
「アインが可愛すぎるのが悪い……!」
「それはこっちのセリフなのに!」
2人で羞恥に悶える謎の時間が出来上がった。
しばらくして、やっと2人で落ち着いた。いつまでもこんなに恥ずかしい話題を続けるわけにはいけない。
馬車から外を眺めると、どんどん景色が移り変わっていく。僕の屋敷を出たすぐは同じような屋敷ばかりだったのに、今は高級感あふれる店が並んでいる。
「ねえ、マキ。今日はどんな店に行くの?」
「えーっと、確か、王家御用達の貴金属・宝石の店だったと思う」
「えっ、王家御用達!?」
王家御用達。それは国の頂点にふさわしい品質を扱う店だけが与えられる名誉ある称号。そして、値段もそれに見合ったものになる。
「そんな……。僕らみたいな仮初のカップルのペアリングなんて、そこらへんの露天商の指輪でいいのに! 王家御用達なんて高すぎる!」
「たとえ仮初の恋人でも、アインは俺の大切な幼馴染だ。その幼馴染に安いものは渡せない。それはわかってほしい」
「マキ……」
マキの真剣な顔に、胸が熱くなる。そんなに僕らの幼馴染という関係を真剣に考えてくれていたなんて思わなかった。
「……じゃあ、おとなしく王家御用達の店で買うことにする。でも、マキの指輪は払わせてね?」
「だめだ。俺が両方買う。彼氏ヅラさせてくれ」
「やだね! 僕も彼氏ヅラしたいもの。彼氏のもの買いたいもの! 観念してほしいね!」
ふんすっと胸を張る。すると、マキは諦めた表情をして、ひらひらと両手を振った。
「そこまで言われたら、仕方ない。じゃあ、互いの指輪の料金を払い合うか」
「うんっ」
なんとか、マキを丸めこめた。心の中で小さくガッツポーズしたところで場所の扉が叩かれた。
「目的地に到着いたしました」
「ああ、わかった。——じゃあ、いきましょうか、俺のお姫様?」
そのセリフと共に、マキが手を差し出す。僕を店までエスコートしてくれるようだ。
なんだか小っ恥ずかしい。僕は男だ。手を突っぱねて1人で降りたって問題はない。
でも——
「……はい、僕の王子様」
どうせなら、カップルらしく。そう思って手を取った。
手をつないだまま馬車から降りると、そこに現れたのは——。
そこは、荘厳な建物だった。
白を基調とした石造りの外壁。そこには金と紺の装飾。
入り口には繊細な細工の重そうな鉄扉。その扉の上には「グラティア宝飾店」と金の文字が輝いている。
いかにも「王家御用達」といった雰囲気の、その店の前に立つ。それだけで、場違い感がひしひしと押し寄せてくる。
「ねえ、マキ……。ここ入って大丈夫?」
「大丈夫だって。俺ら腐っても侯爵子息だぞ? 止められる奴なんていないだろ」
マキはそのまま俺の手をとって進んでいく。
そのままドアマンが開けた扉を潜ると、そこは別世界だった。
上品に奏でられる音楽。シャンデリアの光を受けてキラキラと輝くたくさんの宝石たち。思わずため息をついてしまう。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
話しかけてくる店員の服装も所作も一流だ。なのに、マキは気後れもせず堂々と接している。
「ペアリングを探している。なるべくシンプルで日常使いのできるもの。それでいて質の良いものを頼む」
「かしこまりました」
店員さんは柔らかい表情を浮かべて、僕らをテーブル席に案内した。そして、後ろの方から別の店員さんがベルベットでできた箱を持ってくる。
男2人がペアリングを頼んでも、誰も怪訝そうな顔をしない。この世界では同性愛は一般的なもののようだ。
「こちらが、当店にあるものの中でシンプルなデザインのものでございます。プラチナ、ゴールド、シルバーなど、素材の違いもございます」
「しばらく2人で選ばせてもらってもいいか?」
「もちろんでございます」
マキがそう言って、2人で選ぶことになった。
どれも値札がついていなくて、触る手が震える。
「やっぱマキの髪色に合わせるなら、プラチナかシルバーだよね」
「そうだな。ゴールドは俺ららしくないし、なんか派手だよな」
些細な価値観。それがマキとはピッタリ合って、なんだか口角が上がってしまう。
「じゃあ、二つともつけてみるか?」
「へっ? サイズは?」
「さっき伝えて、これは全部俺らのサイズ」
マキのスマートさに驚きばかりが募る。
「おい、アイン、これつけてみろ」
そう言ってマキは僕の手を取り、リングをはめようとする。
「ちょ、まって……! 自分でつけられるっ!」
慌てて言い返すが、ときすでに遅し。すでにリングは僕の左手の薬指におさまっていた。
「薬指か……」
僕が思わず呟くと、なんだか空気が変わる。
「なに、その顔」
「い、いや……、なんでもない!」
慌てて手を引っ込める。心臓の音が響いている気がする。僕らの関係は原作のための仮初。なのに、本当に結婚するみたいじゃないか。
「俺もどうせならやってもらおうかなー?」
こちらをニヤニヤと見てくるマキになんだかムカつく。
どうせならやってやろうじゃないか。
そう思ってマキの左手を取り、薬指に指輪を滑り込ませる。
「やっぱりプラチナの方が似合うね。こっちにしようよ」
気をつけて平静を装いながら、マキの方を見る。するとマキは馬車の時のように天を仰いでいる。
しばらくそのまま固まっているマキを眺めていたが、マキは突然復活した。
「なあ、アイン。俺ら原作の最後では成人して結婚してるんだ。」
一瞬、思考が停止する。
「け、けけけけけっこん!?」
脳が再起動したときには、爆音が口から漏れていた。
突然特大の爆弾を投下しすぎだろ! 原作だと僕達は結婚する!? しかも今15で、成人が18だから3年後!? 公式カップルすごすぎんだろ。
「ああ。だからきっと俺らも結婚する。そうだろう?」
「けけけけけっこん。げんさくどおりなら、けっこん」
「今日はこのままもらって帰るけど、結婚するときはしっかり刻印入れてもらおうな?」
僕がろくに返事もできない間に、いつのまにか話が進んでいる。
でも、結婚するときには刻印。当たり前に未来の話が出てくることに少し嬉しくなる。
「じゃあ、プラチナな。このままはめて帰らせてもらおう。支払いは互いの家につけもらおう」
「うん……。けっこん……結婚」
それから僕は混乱しっぱなし。やっと自分の中で結婚が受け入れられて正気に戻ったのは、帰りの馬車でのことだった。
ハッとして手を見てみると、しっかりと左手の薬指には指輪が輝いていた。
その行動から、僕が正気を取り戻したことがわかったのだろう。マキが話しかけてきた。
「このあと、まだどこかに行こうと思ってたんだけどな。今日は驚かせすぎた。すぐに帰ろう」
「え、こっちがほんとごめん」
マキは気遣うような表情でこちらを見てくる。とてつもなく申し訳ない。
「いいんだ。今日はゆっくり帰ろう。馬車であれやこれやもできるし、な? ——いてぇ!?」
「あれやこれや」で耳が赤く染まったような気がする。そのあと薪をしばいたのは照れ隠しだ。
「あれやこれやはしません! それはともかく、さっき聞けなかったけど、結婚って詳しくはどういうことなの?」
「どういうもこういうもない。俺たちは真面目なお付き合いをしてるんだ。このあと結婚するのも普通の流れだろう?」
「……確かに」
僕たちは、原作通りに世界を進めるために「真面目なお付き合い」をしている。だから、このまま進んで結婚するのは、普通のこと。
「ちなみに、結婚式は国中を挙げての盛大な指揮になるんだ。王都の教会で貴族みんなを招いてやるんだ。小説だとイラストが見開き1ページ使われるくらいすごい結婚式だったらしい」
「み、見開き1ページぃ!? まじでいってる!?」
「大マジ」
マキの顔は「僕らが付き合っている」と言った時と同じように真剣そのもので。これもまた真実だということを理解する。
「国中を挙げての盛大な結婚式……、けっこんしき、けっこんしき」
そのまま、僕が現実を受け入れないままデートは終わり、いつのまにか家に着いていた。真紀と別れた記憶もない。
僕らの関係はいつのまにか、結婚と盛大な結婚式まで確定してしまった。原作を守ると言っても、このままでは良くない。でも……。
夢のようなひと時。でも、左手の薬指には、確かに夢ではなかった証拠がある。
見つめて、微笑んで、ふと不安になる。
——こんな関係、仮初でいいのか?
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