傲慢溺愛王子様は僕を孕ませたいらしい

鳥羽ミワ

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5 フラエの職場

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 フラエとミスミが連れ立って寮へ戻る頃には、雪の月の早い日没が訪れていた。ミスミはフラエの荷物を暖房の効いた部屋まで運搬し、「植木鉢は研究室に戻しておこうか」とふさふさ茂った葉を摘まむ。

「いいよ。それくらい、僕がやる」

 フラエは植木鉢を受け取り、ミスミは「じゃ」と軽く手を挙げて部屋を後にした。フラエは革靴をつっかけて研究棟へ向かい、明かりの灯った「生体魔術研究室」と書かれた部屋の扉をノックする。

「リンカーです」

 すぐに扉は開かれ、同僚であるカシエが顔を出した。中肉中背の彼はフラエに「お疲れ」と気安く声をかけ、入室を促すように身体をどける。フラエは軽く会釈して入室し、実験道具や書類の山をかきわけて進んだ。その中でも一際散らかった自分の机の横に、植木鉢を置く。コートを脱いで椅子の背もたれにかけて、一息ついた。

 フラエが産んだ種子は、あともう一株発芽させたものの他は、検体としてエーテル漬けにされていた。発芽させた一株は普段温室で管理されており、面倒なので明日戻そうと思う。そういえば、自分がもらっている標本棚がそろそろ限界を超えそうだった。少しは棚を整理して、置き場に余裕を持たせた方がいいかもしれない。

「研究発表、どうだった?」

 背中をぽんと叩かれて振り返ると、ミジーが資料を手に立っていた。彼女は商家出身で、噂に耳ざとい。くりくりとした青い瞳を細め、人懐っこく笑う。

「色々大変だったみたいだね」
「そうなんだよ」

 げんなりした声を出せば、「リンカーはそういうの、苦手そう」と彼女は肩を竦める。フラエは「やっぱり、分かる?」と頭を掻き、ミジーは気安い様子で「後で話を聞かせてよ」と言いながら書類を差し出した。

「実験してたフラスコ、特定魔力属性と指向性付与だっけ? 詳細な分析が終わった報告が返ってきてたから、渡しておくね」

 ありがとう、と受け取ると、低くねっとりとした声がフラエへかけられる。

「血統書つきはいいよなぁ、簡単に研究ができて」

 フラエを揶揄する、椅子に座ってニヤニヤしている筋肉質な彼はギック。貧しい生まれからここまでのし上がってきた彼は、何かと貴族出身のフラエを目の仇にしていた。フラエは彼にどうしてそんなことを言われたのかが心底分からないので、腹も立たないし、不思議に思って首を傾げる。

「僕の実力が優れているから、研究が簡単にできるように見えるだけなんじゃないか?」

 その言葉にギックは顔をしかめ、「お貴族様なら嫌味のひとつくらい分かれってんだ」と吐き捨てる。見かねたミジーが「ひがむのもいい加減にしなさいよ」と口を挟み、ギックは気まずそうに口をつぐんで退散した。研究室内で、ギックがミジーに片思いしていることは暗黙の了解だった。知らないのは、フラエとミジー本人だけだ。

「幼稚だな」

 フラエが言うと、リンカー、とミジーが咎めるように言った。フラエは首を横に振り、「もったいない」と続ける。

「ギックは僕よりずっと優秀なんだから、血筋がどうとか、気にしなくていいのに」

 ミジーはそれに呆れたように笑って、自分の机へと戻っていく。フラエが書類を整理しようとしたら雪崩が起こったので、ひとまず植木鉢を窓際に避難させる。

 生体研究室の標本室は研究室の隣であり、部屋の奥に取り付けられた鉄扉から出入りする必要がある。重たい扉を開けて標本室へ入ると、暖かい部屋よりもひやりと冷えた空気が肌を撫でた。四隅の魔導ランタンが燃えている以外の光源のない薄暗い部屋だ。研究員一人あたりに、一つの棚が割り当てられている。

 フラエは自身の棚に並べられた瓶を整列させ直していく。大まかな種類を分別し、日付ごとに並べていった。今度、ラベルをつけ直した方がいいかもしれない。淡々と透明なエーテル体が満ちた重たい瓶を並べ、すべてを整列し終えて立ち上がると、丁度エイラが入室するところだった。

「所長」

 声をかけると、エイラは眼鏡をかけ直して「リンカー君か」と不愛想に言う。フラエは彼に寄っていって、「今日はありがとうございました」と礼を言う。怪訝な顔をしたエイラに、「研究発表のとき、助けていただきましたから」と笑みを向ける。彼は、ああ、と気のない返事をして、首を横に振る。

「学者として当然のことをしたまでだ」

 その言葉に、フラエは痺れてしまった。エイラは生体魔術の第一線で研究成果を上げ続けている、フラエが学生時代から憧れ続けている研究者だ。その彼に認められたということは、フラエの自尊心を大いにくすぐった。

「僕は、学生時代からずっと、所長に憧れているんです」

 胸を張って、エイラを見上げた。なかなか人と目を合わせないエイラは斜め下を見ているが、フラエは気にせず続ける。

「所長のように研究成果をあげ、世の役に立つことが、僕の目標です」

 その言葉にエイラは首を横に振り、「役に立たないことも研究するのが、学問だよ」と呟いて、部屋の奥にある彼の棚へと向かっていった。かっこいいな、とフラエは思う。
 鉄扉を開けて研究室へ戻ると、カシエがちょうど入れ違いに標本室へと入っていった。中をのぞくと、カシエはエイラと親しげに話しているようだった。何やら白熱しているようで、エイラはカシエの顔を真っすぐ見つめ、熱弁を振るっている。

 少しだけ胸が切なくなって、フラエはすぐに扉を閉じた。カシエはエイラのお気に入りで、だからそれが何だということはないのだ。
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