傲慢溺愛王子様は僕を孕ませたいらしい

鳥羽ミワ

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14 回想:フラエの通過儀礼

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 フラエが入団して三ヶ月経った頃、蕾の月の終わり。数日後には二十歳になるフラエは、班行動でのダンジョン攻略に挑んでいた。新人の通過儀礼である。

 フラエは案の定、上級貴族の子息たちと組まされてげんなりしていた。三男や四男といった、後継になることはまずないが、家柄のために名誉はある男子たち。彼らにとりあえず役職を持たせるため、どこかの騎士団に放り込むのがこの国のならわしだ。
 少なくとも魔力量はフラエ以上に豊富な彼らは、何かにつけてニヤニヤとフラエを揶揄してくる。いつもの気のいいおじさんたちが恋しかった。

「か弱い者を守るのは騎士の務め。リンカーくんは後ろで控えていなさい」

 特に班長のディール=ヘイリー。白々しくフラエの肩を叩く彼は、今年の入団試験を圧倒的な好成績で通過し、首席合格した実力者だ。ヘイリー侯爵家の三男で、公爵家より爵位は低いものの、家格は彼の方が一般的には上だとされる。

 そもそもフラエの家が公爵に叙されたのは、祖父の代に隣国との和平を成し遂げた功績を受けてのことだ。それまで一地方領主(とはいえそれなりの名門ではあったが)だった歴史の浅い家門など、建国当初から重臣を輩出してきた彼の実家に比べれば格下である。

 素直であけすけで、自分をかわいがってくれるおじさんたちを思い出して遠い目をするフラエ。ディールはそれが気に入らないのか、「おい」と乱暴にフラエの肩を掴んだ。それを鬱陶しげにはたき落として、フラエはずんずん進んでいく。ディールはフンと鼻を鳴らして、フラエの先を進んだ。

 山道を進み、ダンジョンの入り口に到着する。土属性のダンジョンらしく、そこはうっそうとした緑で覆われていた。雪解け水でぬかるんだ地面には点々と動物たちの足音が残っている。フラエは躊躇いなく泥の中に膝をつき、それを凝視した。消えかけたシカの蹄やウサギの足跡を上書きするように、狼、熊といった肉食獣の比較的新しい足跡が残っている。つまり。

「草食獣がダンジョンの中に入って、それを追って肉食獣が……?」

 ひとりブツブツと呟くフラエを置いて、他の班員たちは早々に武器を抜く。

「水の精のいと高き御名を呼ぶ、我が贖いに応えよ」
「風の精のいと高き御名を呼ぶ、我が贖いに応えよ」
「地の精のいと高き御名を呼ぶ、我が贖いに応えよ」

 そして一際大きな声で、ディールが高らかに唱える。

「火の精のいと高き御名を呼ぶ、我が贖いに応えよ」

 彼がそう唱えた瞬間、彼の剣が炎を纏う。メラメラと火柱をあげるそれをフラエへ存分に見せつけるように振るい、フラエは「この人はすごく幼稚なことをしているな」と思った。彼は得意げに、炎を収めて鞘に刀を戻した。

「早く剣を出したまえ。時は夏の氷より儚い」

 ため息をついてフラエも剣を抜き、身体の正中線に沿わせるように縦に持つ。

「……はじめに精霊ありき。火のことわりは熱であり、火の精霊は鉄を喰み、火が喰む鉄を人は打つ。火の精霊のいと高き御名を唱え、我が命を捧げん」

 ニヤニヤしている班員たちを無視し、丹念に唱える。

「汝創世の獣、ことわりの精霊、我が贖いに応えかし」

 そう唱え終えると、フラエの剣が熱を持つ。しかし薄く炎を纏うだけのそれに、ディールが微笑んだ。

「リンカー。君は一番後ろに控えていたまえ」

 風属性の騎士がフラエの肩を叩き、「君の活躍は、きちんと僕らが報告するさ」と微笑みかける。

「嫌味はもっと上手に言いなよ。僕に気づかれないくらい」

 それを負け惜しみと取ったのか、彼らは微笑む。馬鹿馬鹿しくなって歩き出すと、フラエよりずっと身体の大きい他の四人は大股に歩き、あっという間に抜いていった。

 それでもフラエを一人で置いていったりしない辺り、彼らも悪辣になりきれないらしい。ダンジョンで襲いかかるモンスターたちを派手な攻撃魔法で倒す彼らに対し、フラエはほとんど自らの剣技と身体能力で戦った。時折味方側の炎の息吹きや風、水の刃、植物の鋭い枝が身体を掠めたが、特に気にすることではない。

 ただ、フラエの髪の先をディールの炎が焼いたときに、彼ははっとした顔をした。そしてフラエを、じっと凝視した。

「……なに」

 睨みつければ、ディールは「別に」とそっぽを向いた。そうだね、とフラエは頷いて、彼に取り合わないことにした。焦げた髪の臭いは不快だが、仕方ないのでそのまま放置する。

 ダンジョン攻略は順調に進んでいた。順調に進みすぎている、とフラエは感じた。
 獣の足跡は確かにダンジョンの中へと続いており、ダンジョン内でも地面を確認すれば足跡を見つけられる。
 しかし、まるで獣を見かけないのだ。

「……妙だな」

 ディールの言葉に、胸の内だけで同意する。他の班員たちは「順調じゃないか」と戸惑っているが、ディールは首を横に振った。

「順調すぎる。ここまで強敵とでくわしていないのは、いくらなんでも不自然だ」

 彼は考え込むように顎に手を当てる。「食肉植物」と、これまでずっと黙っていたフラエは口を開いた。怪訝な顔でこちらを見る四人に、フラエは淡々と続ける。

「入り口に、獣の足跡があった」

 彼らは地面に膝をついていたフラエを思い出したのだろう。自分たちの足元を見下ろし、点々と見える獣の足跡にようやく気づいたようだった。

「ダンジョン内で変異が進んだ植物が、食肉性を獲得することが稀にある。花弁が変異した部分から誘引香を撒いて、主に草食動物を誘い、それを狙った肉食動物も呼び込む。そしてさまざまな手段で、食らう」

 壁面を拳で叩く。ぽろぽろと土が剥がれ、壁に這う太い根があらわになる。

「地属性のダンジョンには、大抵ボスとなる植物性モンスターが一体から数体いることは、君たちも騎士学校で習っただろう。そういう個体には、これまで遭遇していない。僕が思うに、最深部には相当変異が進行したものがいるはずだ」

 その言葉を聞いてディールは黙り込み、他の者たちは「でも、そこまで変異が進んだダンジョンを新人にあてがうか?」と疑問の声をあげた。フラエはなおも続ける。

「多分、上官たちが確認した時には発生したばかりだったんじゃないかな。でも、こういう気温が上がる時期には、植物の成長が急激に早くなって」
「リンカー」

 ディールが遮る。彼はじっとフラエを見つめた後、いつものように取り巻きたちへ微笑みかけた。

「不安になっても仕方ない。みんなの言う通り、そんなに変異が進行したダンジョンを、新人にあてがうわけがない」

 その言葉に、緊張がゆるむ。そうだよな、と他の騎士たちが同意し、一人が声をあげた。

「仮に食肉型がいたとしても、訓練を積んだ僕らの敵じゃないさ」

 にわかに空気が浮つく。フラエはそれを、じっと見つめた。
 雪解けの季節には植物が冬眠から目覚め、急成長する。土属性のダンジョンは特にその影響を受けやすく、植物の変異が急激に進むことがある。そして基本的に、モンスターは変異が進むほど強力になる。

 生物学の教科書の隅に載っていた文章を、フラエは飲み込んだ。自分の考えすぎだ、と判断した彼らに、ひとまずは従うことにした。

 その判断が、後に自分の首を絞めるとも知らず。
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