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15 回想:フラエの受難
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ダンジョンの深部へ進むにつれて、強力なモンスターも現れはじめた。しかし魔力と体力にあふれる若い騎士たちは難なく攻略を進め、すっかりフラエに対する嘲りの雰囲気も復活していた。
「リンカー、自分が役に立てていないからって僻んで、僕らに適当を言ったのか?」
揶揄する彼らを無視する。フラエは正直、無事に帰還できればそれでいいのだ。自分が進言したことが、杞憂であればそれに越したことはない。
しかし、ディールだけは違った。彼はフラエを嘲る仲間に便乗せず、黙々と攻略を続けていた。地属性の騎士がだんまりの彼に「返事をしたらどうだ」と横柄に言った瞬間、ディールが立ち止まる。フラエは彼の視線の先を見て、無言で剣を構えた。
「来る」
ディールが呟いた瞬間、男の太腿ほどもある太いツタが彼へ襲いかかった。剣で応戦する彼の前方に回り込んだフラエはツルを渾身の力で切断し、「前方警戒!」と叫ぶ。油断し切っていたほかの三人はあっという間にツルに絡め取られ、悲鳴を上げながらもがいていた。剣が取り落とされ地面に叩きつけられる金属音に、フラエは思わず舌打ちした。
「ご自慢の魔術を使いなよ!」
しかし恐慌状態に陥った彼らは呂律が回らないらしく、魔術詠唱ができない。そのまま、ずるずると奥へと引き摺られていく。
「炎よ!」
咄嗟にディールが放った炎がツルへ向かう。焼け焦げた部分から草の嫌な臭いが立ち、騎士たちを取り落とした。受け身も取れずに落下した彼らは痛みに悶絶しており、再度彼らを狙うツルをフラエが両断した。
「クソッ」
貴族の子息らしからぬ言動に、ディールが目を剥いた気がした。それを無視し、魔道具を使って魔力盾を展開する。渾身の力を込めて、雪のように儚い盾で全員を覆った。長くはもたないぞ、とフラエは叫ぶ。
「はやくデカいのをぶっ放せ!」
フラエの呼びかけに応じたのは、ディールだけだった。彼は剣を胸の前で真っ直ぐ構え、詠唱を始める。
「火の精霊のいと高き御名を唱え、我が命を捧げん」
途端にディールの周りの空気が熱を帯び、剣を中心に炎が巻き起こった。慌てて風属性を操る騎士が続く。
「風の精霊のいと高き御名を呼ぶ、我が贖いに答えよ」
ディールの周りに風が起こり、空気を孕んだ炎がさらに高く燃え盛る。同時にフラエの魔力が尽き、盾が消えた。しかしツタは火柱の熱を警戒し、五人の周りをぐるぐると巡っている。倒れ込むフラエを、誰も気にしなかった。それほどまでにディールの炎は圧倒的だった。
「はじめに精霊ありき。火の精霊は風を呑み、火の精霊は蹂躙し、火の精霊は燃やし尽くす。汝創世の獣、ことわりの精霊、我が贖いに答えかし――!」
半ば絶叫の詠唱が終わると同時、炎の壁が迫り上がる。炎はツルをつたい、あっという間に奥へと走り、焼け焦げていくツルがのたうつ。
まるで咆哮するように、ダンジョンが揺れる。立っている三人の騎士も転ぶほどの、強い揺れだった。ディールは崩れ落ちるように地面へ倒れ込み、だらりと弛緩した手足が、地面の揺れに従っていた。
やがて揺れは収まり、騎士三人は「ディール」と意識のない彼に駆け寄る。
フラエは震える手で、魔力回復用のポーションを開けた。飲み下せば手足の痺れと眩暈がなんとか治まり、一息つく。ディールを振り返ってみれば、彼はぐったりと気絶していた。呼びかけにも反応していないようだった。
あれほど大きな魔術を使えば仕方ないが、主戦力の彼がいなくては、帰るのに困る。フラエは少し考え込んで立ち上がった。
彼を囲む取り巻きたちに「ちょっと失礼」と割り込む。簡単に容体を確認すると、意識はないものの呼吸は安定しているようだ。恐らく単純な魔力切れであり、他に不調はなさそうだ、と判断する。
フラエは躊躇いなく、自分に支給されている貴重なポーションの一本を開けた。それを口に含み、横たわるディールの口へ唇をつける。とろみのあるそれを彼の咥内へ流し込めば、彼は無意識に飲みこんだが、まだ目を覚まさない。突然の行為に呆気にとられる他の騎士たちを置き去りにして、フラエはもう一本ポーションを開けた。
結局、フラエが自分の持っている最後の一本を飲ませた後になって、ディールは目を開けた。フラエは口元を拭いながら「目が覚めたようで何より」と彼の顔を覗き込む。彼は自分のべたつく口元を確認し、フラエの濡れた口元を見て、顔を真っ赤にした。
「ま、まさか」
「まさかって何? ポーションを飲ませていただけだよ」
フラエが淡々と言えば、顔を赤くした彼は黙って俯いた。取り巻きたちは怒涛の展開についていけず、呆然と彼らを見守っている。
フラエは騎士団で受けた応急手当の指導を思い出しながら、ぺたぺたと彼の身体を触る。肋骨は折れていない。眼球はおかしな揺れ方をしていない。脈は速い。脚の骨は、と確認したところで、彼の股間が張っていることに気づいた。布の盛り上がりから無関心に目を離し、「魔力酔いしたみたいだね」と、ディールから離れた。
「酔いが醒めたら出発しよう」
取り巻きたちは、非常に気まずかった。陰で「あいつなら抱ける」と噂されている可憐な同期が、街では女性からひっきりなしに声をかけられる色男に、口移しでポーションを飲ませた。この時点でかなり気まずかった。
今はその色男が可憐な男に頬を染め、おそらく彼への興奮もあって勃起している。同じ男として複雑な気持ちが湧き上がり、そっと目を逸らし、帰り道へと意識を逃がした。
だから、全員油断していたのだ。
フラエの耳に空を切る音が聞こえる。咄嗟に剣を抜いたが間に合わず、胴体に太いツルが巻きついていた。
「ぐっ」
強い力で締め付けられ、身体がミシミシと軋む。思わず剣を取り落としたフラエを、ツルが引きずっていく。その速さは先ほどのもてあそぶような動きとは、比較にならない。
「リンカー!」
ディールの叫び声が聞こえた。フラエは何とか身体強化魔術をかけようとするが、それも間に合わずツルに口元を塞がれる。魔力盾を展開しようにも、魔力が足りない。
どうする、と思考を巡らせる。拳でツルを叩いたところで、当然のようにビクともしない。
「リンカー、自分が役に立てていないからって僻んで、僕らに適当を言ったのか?」
揶揄する彼らを無視する。フラエは正直、無事に帰還できればそれでいいのだ。自分が進言したことが、杞憂であればそれに越したことはない。
しかし、ディールだけは違った。彼はフラエを嘲る仲間に便乗せず、黙々と攻略を続けていた。地属性の騎士がだんまりの彼に「返事をしたらどうだ」と横柄に言った瞬間、ディールが立ち止まる。フラエは彼の視線の先を見て、無言で剣を構えた。
「来る」
ディールが呟いた瞬間、男の太腿ほどもある太いツタが彼へ襲いかかった。剣で応戦する彼の前方に回り込んだフラエはツルを渾身の力で切断し、「前方警戒!」と叫ぶ。油断し切っていたほかの三人はあっという間にツルに絡め取られ、悲鳴を上げながらもがいていた。剣が取り落とされ地面に叩きつけられる金属音に、フラエは思わず舌打ちした。
「ご自慢の魔術を使いなよ!」
しかし恐慌状態に陥った彼らは呂律が回らないらしく、魔術詠唱ができない。そのまま、ずるずると奥へと引き摺られていく。
「炎よ!」
咄嗟にディールが放った炎がツルへ向かう。焼け焦げた部分から草の嫌な臭いが立ち、騎士たちを取り落とした。受け身も取れずに落下した彼らは痛みに悶絶しており、再度彼らを狙うツルをフラエが両断した。
「クソッ」
貴族の子息らしからぬ言動に、ディールが目を剥いた気がした。それを無視し、魔道具を使って魔力盾を展開する。渾身の力を込めて、雪のように儚い盾で全員を覆った。長くはもたないぞ、とフラエは叫ぶ。
「はやくデカいのをぶっ放せ!」
フラエの呼びかけに応じたのは、ディールだけだった。彼は剣を胸の前で真っ直ぐ構え、詠唱を始める。
「火の精霊のいと高き御名を唱え、我が命を捧げん」
途端にディールの周りの空気が熱を帯び、剣を中心に炎が巻き起こった。慌てて風属性を操る騎士が続く。
「風の精霊のいと高き御名を呼ぶ、我が贖いに答えよ」
ディールの周りに風が起こり、空気を孕んだ炎がさらに高く燃え盛る。同時にフラエの魔力が尽き、盾が消えた。しかしツタは火柱の熱を警戒し、五人の周りをぐるぐると巡っている。倒れ込むフラエを、誰も気にしなかった。それほどまでにディールの炎は圧倒的だった。
「はじめに精霊ありき。火の精霊は風を呑み、火の精霊は蹂躙し、火の精霊は燃やし尽くす。汝創世の獣、ことわりの精霊、我が贖いに答えかし――!」
半ば絶叫の詠唱が終わると同時、炎の壁が迫り上がる。炎はツルをつたい、あっという間に奥へと走り、焼け焦げていくツルがのたうつ。
まるで咆哮するように、ダンジョンが揺れる。立っている三人の騎士も転ぶほどの、強い揺れだった。ディールは崩れ落ちるように地面へ倒れ込み、だらりと弛緩した手足が、地面の揺れに従っていた。
やがて揺れは収まり、騎士三人は「ディール」と意識のない彼に駆け寄る。
フラエは震える手で、魔力回復用のポーションを開けた。飲み下せば手足の痺れと眩暈がなんとか治まり、一息つく。ディールを振り返ってみれば、彼はぐったりと気絶していた。呼びかけにも反応していないようだった。
あれほど大きな魔術を使えば仕方ないが、主戦力の彼がいなくては、帰るのに困る。フラエは少し考え込んで立ち上がった。
彼を囲む取り巻きたちに「ちょっと失礼」と割り込む。簡単に容体を確認すると、意識はないものの呼吸は安定しているようだ。恐らく単純な魔力切れであり、他に不調はなさそうだ、と判断する。
フラエは躊躇いなく、自分に支給されている貴重なポーションの一本を開けた。それを口に含み、横たわるディールの口へ唇をつける。とろみのあるそれを彼の咥内へ流し込めば、彼は無意識に飲みこんだが、まだ目を覚まさない。突然の行為に呆気にとられる他の騎士たちを置き去りにして、フラエはもう一本ポーションを開けた。
結局、フラエが自分の持っている最後の一本を飲ませた後になって、ディールは目を開けた。フラエは口元を拭いながら「目が覚めたようで何より」と彼の顔を覗き込む。彼は自分のべたつく口元を確認し、フラエの濡れた口元を見て、顔を真っ赤にした。
「ま、まさか」
「まさかって何? ポーションを飲ませていただけだよ」
フラエが淡々と言えば、顔を赤くした彼は黙って俯いた。取り巻きたちは怒涛の展開についていけず、呆然と彼らを見守っている。
フラエは騎士団で受けた応急手当の指導を思い出しながら、ぺたぺたと彼の身体を触る。肋骨は折れていない。眼球はおかしな揺れ方をしていない。脈は速い。脚の骨は、と確認したところで、彼の股間が張っていることに気づいた。布の盛り上がりから無関心に目を離し、「魔力酔いしたみたいだね」と、ディールから離れた。
「酔いが醒めたら出発しよう」
取り巻きたちは、非常に気まずかった。陰で「あいつなら抱ける」と噂されている可憐な同期が、街では女性からひっきりなしに声をかけられる色男に、口移しでポーションを飲ませた。この時点でかなり気まずかった。
今はその色男が可憐な男に頬を染め、おそらく彼への興奮もあって勃起している。同じ男として複雑な気持ちが湧き上がり、そっと目を逸らし、帰り道へと意識を逃がした。
だから、全員油断していたのだ。
フラエの耳に空を切る音が聞こえる。咄嗟に剣を抜いたが間に合わず、胴体に太いツルが巻きついていた。
「ぐっ」
強い力で締め付けられ、身体がミシミシと軋む。思わず剣を取り落としたフラエを、ツルが引きずっていく。その速さは先ほどのもてあそぶような動きとは、比較にならない。
「リンカー!」
ディールの叫び声が聞こえた。フラエは何とか身体強化魔術をかけようとするが、それも間に合わずツルに口元を塞がれる。魔力盾を展開しようにも、魔力が足りない。
どうする、と思考を巡らせる。拳でツルを叩いたところで、当然のようにビクともしない。
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