傲慢溺愛王子様は僕を孕ませたいらしい

鳥羽ミワ

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16 回想:フラエの末路

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 ダンジョンの最深部へと引き摺り込まれると、そこには大きな空間があった。下には甘ったるい臭いを放つ池があり、そこからツルが何本も伸びている。くらりと酩酊して、身体が熱くなりはじめた。ツルはフラエを乱暴に池へと引きずりこみ、深く沈める。

 苦しいのに気持ちいい。絶望感と多幸感で身体が跳ねる。もがくフラエの四肢にツルが絡みつき、フラエの命の灯火が、激しく燃え尽きようとしていた。
 必死に精神の力で抗おうとしても、頭が生物的な死の恐怖に敗北する。じんわりと絶望を通り越した甘い快感を覚えはじめ、フラエはたしかに絶頂した。絶頂の中死にゆくフラエの頭の中は真っ白だ。

 誰かの手が伸ばされて、まぶたがわずかにわなないた。

 気づけば、陸へと引き上げられて、地面へと転がっていた。視線を横に向ければ地属性の騎士は地面に蹲っており、彼の足元には何本もポーションの空き瓶が転がっている。水属性の騎士も、青い顔でポーションを煽っていた。

「リンカー!」

 焦った顔のディールが、フラエを覗き込んでいた。そして気まずそうに視線を逸らし、顔を真っ赤にしている。僅かに呼吸は荒く、彼もあの液体にあてられたのだと悟った。

「あいつが、ツタを操作してくれたんだ。僕はそれに捕まって、君を引き上げた。……で、そっちは、池の水を洗い流してくれた」

 どうやら彼らが、フラエの命の恩人らしい。なんとか礼を言えば、彼らは気まずそうにそっぽを向いた。風属性の騎士は、ぐったりしている彼らの介抱をしていた。

 わざわざ死の池に飛び込んだらしいディールの目は熱っぽく潤んで、フラエを一心に見つめていた。フラエはその瞳に既視感があって、そういえばグノシスがこんな目で僕を見ていたな、とひとごとのように思った。

 彼の顔が徐々に近づく。まつ毛が長い。フラエ、と熱っぽく囁く吐息が唇にかかった。キスされるのだ、と悟る。
 そして目を瞑った彼の横っ面を、フラエは勢いよく拳で殴った。動揺で心臓がバクバクと跳ねている。
 油断していた彼は呆気なく吹っ飛ばされ、地面へと倒れ込んだ。ディール! と取り巻きたちが焦った声を上げる。極限の緊張状態の中、彼らは顔を見合わせた。そして理不尽への怒りが、不満が、フラエへと向いた。
 地属性の騎士が言う。

「ディールが俺たちのために、どれだけ尽くしてくれたか忘れたのか!」

 水属性の騎士が言う。

「彼のおかげで、君も僕たちも生きてるんだぞ!」

 ディールは殴られた衝撃で、再び昏倒してしまった。そして混乱の最中、誰かが、こう言い出した。

「リンカー、君はこうなるのを分かっていたんだろう!」

 フラエが驚いて口籠ると、「図星なんだな」と鬼の首をとったかのように、未熟な正義感に燃える騎士が言う。

「君は途中、最深部がこうなっていることを予想していたにも関わらず、進言しなかった」

 したよ、とフラエが反論しても、悪人に裁きを与えたい使命感に燃える若者が、胸ぐらを掴み上げる。一人、比較的冷静な風属性の騎士が「さすがにやりすぎだ」と止めようとしたが、彼は止まらなかった。

「下賤な民と交わるうちに、高貴な精神も失ったか!」

 その瞬間、張り詰めていたフラエの中の糸が切れた。獣のような唸り声をあげて殴りかかり、それを止めようとする騎士にも噛みつく。三人を相手に大立ち回りするフラエは、気づけば、上官を前に跪かされていた。足元には三人の騎士が転がっていて、少し離れたところに、ボロボロのディールが立っている。彼は上官に「ちがうんです、リンカーは」と何やら弁明していたが、彼は聞き耳を持たず、フラエを拘束するよう命じた。

「何を泣いている」

 無表情の上官に言われて頬を撫でれば、肌がびっしょりと濡れていた。

「……いえ。何も」

 そう呟くフラエの手に、縄がかけられる。ディールが「リンカー」と呼ぶので顔を上げると、彼はぐしゃぐしゃに顔を歪めていた。

「君が彼らを殴ったなんて、嘘だよな」
「本当だよ。それに、みんなを助けてくれた君も殴り飛ばした」

 間髪入れずに答えたフラエに、ディールはショックを受けたようだった。

「僕はダンジョンの最深部がこうなっているのに気づいていて、黙っていたからね」

 その言葉に、彼の顔色がみるみる悪くなる。僕の判断ミスなんです、フラエは悪くない、と言い募る彼。それを後目に、フラエの口に、魔術詠唱を防ぐための猿轡がかけられた。こうして、フラエは一人連行された。ディールとは、それっきりだった。

 最終的には、フラエと三人の騎士たちの両方に罰がくだされた。
 フラエには、四人を殴り、昏倒させた罰。
 騎士たちには、フラエに濡れ衣を着せようとした罰。
 騎士団内の規則の下、フラエには二カ月の謹慎と三ヶ月の減俸が下された。騎士たちは三ヶ月の減俸らしい。
 だけどフラエは、謹慎が明けても騎士団に戻るつもりはなかった。

 花の月の真ん中。北方のリンカー公爵家領でも花が満開に咲き誇る頃、フラエは騎士団の寮を引き払った。そしてリンカー公爵家の屋敷へ自らの所有品を全て手放す旨を伝え、父親からは「二度と帰ってくるな」という返事をもらった。

「お嬢、本当に行っちまうのか」

 王都行きの船に乗ろうとするフラエの見送りには、たくさんの下級騎士たちが駆けつけてくれた。フラエは彼ら一人ずつに抱きつき、「元気でね」と背中を叩く。

 亡くした娘とフラエを重ねていた男は、泣き腫らして糸のようになった目をしていた。フラエは最後に彼に抱きついて、「僕は大丈夫だよ」と、強く背中を叩く。

「こんなことってねぇよ」

 おいおい泣く親愛なるおじさんたちに、フラエは胸を張って「僕は、元々研究者になりたかったんだ」と笑った。

「だけど実家がこうだから、騎士団に入らなくちゃいけなかった。王都に行ったら試験を受けて、どこかの研究所に入るよ。遠回りしたな」

 そう言うフラエに、誰かが笑った。みんなが泣き笑いの顔で、フラエにおめでとうと言ってくれた。フラエも涙で滲む視界で、彼らを見た。

「だから、これは、僕の門出なんだ」

 とうとう涙腺が決壊したフラエに、小汚いハンカチが差し出される。それで目元を拭いて返し、振り返らずに船へと乗り込んだ。
 フラエの乗った船は川を降り、王都近くの港へ向かう。そして船の帆が見えなくなるまで、彼の父親は、屋敷の窓からそれを見ていた。
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