29 / 48
29 断章:盲目
しおりを挟む
ディールは王宮騎士団からダンジョン攻略者の選考会について打診が来たとき、一も二もなく参加を決めた。命の保証すらない場所へ赴くフラエを、いちばん近くで守ることができるところにいたかったから。
フラエが危険な場所へ行くことを、止めることはできなかった。それどころか、彼は自分を見くびるなと激怒したのだ。ディールはその強さと美しさに心が震え、フラエが本来持つのだろう、高貴な精神にひれ伏したいような気持ちになる。
彼はディールの花であり、叶うことなら、この気持ちと忠誠を受け取ってほしい。
やる気に満ちあふれたディールは難なく選考を突破した。さらに都合のいいことに、ディールの実力であれば火属性ダンジョン内部で魔術師の補助もいらないだろう、と騎士団側は判断したらしい。明日にはグノシス、フラエとの顔合わせと現場視察を行い、ダンジョン攻略に向けて少しでも鍛錬を行う。幹部たちからは、そう今後の説明を受けた。
すぐに訓練へ合流するよう指示され、騎士としての装備品の有無を尋ねられる。一部は自室に置いてある旨を伝えると、取ってきたまえと彼らはディールを見送った。
荷物を取りに戻る途中、王宮の廊下で若い騎士に呼び止められる。
「ヘイリー殿。選考会での奮戦、拝見いたしました」
立ち止まる。そちらを見れば、選考で一緒だった男だ。彼は、ディールへ真剣な表情で尋ねる。
「あなたは現在、騎士の身ではないと聞いています。それにも関わらず、どうしてそれほどまでに強く、ダンジョン攻略に参加しようと思うのですが?」
彼は、選考に落ちた嫉妬から尋ねているわけではなさそうだった。その純真さにどこか気恥ずかしくなって、目を伏せて答える。
「……大切な人のためです」
彼は「それは……」と口ごもる。戸惑う彼に、ディールは微笑みかけた。激怒していたフラエを思い出すと、少し胸が切ない。
「愛すべき人に忠誠を誓うのは、騎士のロマンでしょう?」
育ちと人の良さそうな彼は、素直に頷く。君主のみならず、愛すべき人に忠誠を誓う恋愛譚は、騎士にまつわる代表的なロマンスのひとつだ。年配者たちは、そうした物語に対して「最近の流行り物は不謹慎だ」と腹を立てることが多い。しかしこうしたエピソードは、今を生きる若者たちには人気が高かった。
彼は純朴に顔を赤らめ、「うらやましいです」と率直に述べる。ディールは、はにかんで彼に応えた。彼の肩を叩いて、「リンカー殿は、私の花なんだ」と囁く。
「応援しております」
騎士は微笑みを返し、立ち去った。これからもまた、訓練があるのだろう。ディールもこれから王宮騎士団の騎士たちに混ざり、身体を動かすことになる。
研究所の方角を見て、目を細めた。春の空気はいつもどこか花のにおいを孕んでいるようで、甘い。北国よりも明るい春の色に、フラエの新緑のような瞳を思い出した。ディールがフラエとともに騎士団で過ごした北国の約三ヶ月は、ほとんどが冬だった。
彼と新しい季節を過ごせる喜びと、彼を守ることができる喜び。ディールは胸いっぱいに空気を吸い込み、歩き出した。
ディールは忘れていない。騎士団にいた頃のフラエの、誰よりも努力し、誰よりも強くあろうとしていた美しい姿を。その姿にずっと目を惹かれていたのに、素直になれなかったことを、ずっと恥じている。
しかし、彼は許してくれた。フラエはディールをあまり気にかけていないようだが、これから彼の世界へ入っていけばいいのだ。彼の可憐なまでに美しい微笑みを思い出すと、自然と背筋が伸びる。
そう浮かれるディールは、気づかない。
なぜ自分がフラエに許されているのか。ディールのことがどうでもよかったからである。
なぜどうでもよかったのか。ディールがフラエを認めていなかったからである。馬鹿にしていたからである。軽んじていたからである。
彼はフラエとの関係で報われておらず、報いを受けてもいた。つまるところ、彼もまた、ひとりよがりなのだ。
彼はいつも胸を張る。誠実であることを心がけているから。彼の誠実さの中身は、他ならぬ彼が決めたことである。そして彼はフラエに、自分が誠実であると認めてもらいたい。ディールは廊下から芝生に降りるとき、一輪の白い花を踏んだ。それを省みることはないし、ディールの顔は変わらず明るい。
フラエが危険な場所へ行くことを、止めることはできなかった。それどころか、彼は自分を見くびるなと激怒したのだ。ディールはその強さと美しさに心が震え、フラエが本来持つのだろう、高貴な精神にひれ伏したいような気持ちになる。
彼はディールの花であり、叶うことなら、この気持ちと忠誠を受け取ってほしい。
やる気に満ちあふれたディールは難なく選考を突破した。さらに都合のいいことに、ディールの実力であれば火属性ダンジョン内部で魔術師の補助もいらないだろう、と騎士団側は判断したらしい。明日にはグノシス、フラエとの顔合わせと現場視察を行い、ダンジョン攻略に向けて少しでも鍛錬を行う。幹部たちからは、そう今後の説明を受けた。
すぐに訓練へ合流するよう指示され、騎士としての装備品の有無を尋ねられる。一部は自室に置いてある旨を伝えると、取ってきたまえと彼らはディールを見送った。
荷物を取りに戻る途中、王宮の廊下で若い騎士に呼び止められる。
「ヘイリー殿。選考会での奮戦、拝見いたしました」
立ち止まる。そちらを見れば、選考で一緒だった男だ。彼は、ディールへ真剣な表情で尋ねる。
「あなたは現在、騎士の身ではないと聞いています。それにも関わらず、どうしてそれほどまでに強く、ダンジョン攻略に参加しようと思うのですが?」
彼は、選考に落ちた嫉妬から尋ねているわけではなさそうだった。その純真さにどこか気恥ずかしくなって、目を伏せて答える。
「……大切な人のためです」
彼は「それは……」と口ごもる。戸惑う彼に、ディールは微笑みかけた。激怒していたフラエを思い出すと、少し胸が切ない。
「愛すべき人に忠誠を誓うのは、騎士のロマンでしょう?」
育ちと人の良さそうな彼は、素直に頷く。君主のみならず、愛すべき人に忠誠を誓う恋愛譚は、騎士にまつわる代表的なロマンスのひとつだ。年配者たちは、そうした物語に対して「最近の流行り物は不謹慎だ」と腹を立てることが多い。しかしこうしたエピソードは、今を生きる若者たちには人気が高かった。
彼は純朴に顔を赤らめ、「うらやましいです」と率直に述べる。ディールは、はにかんで彼に応えた。彼の肩を叩いて、「リンカー殿は、私の花なんだ」と囁く。
「応援しております」
騎士は微笑みを返し、立ち去った。これからもまた、訓練があるのだろう。ディールもこれから王宮騎士団の騎士たちに混ざり、身体を動かすことになる。
研究所の方角を見て、目を細めた。春の空気はいつもどこか花のにおいを孕んでいるようで、甘い。北国よりも明るい春の色に、フラエの新緑のような瞳を思い出した。ディールがフラエとともに騎士団で過ごした北国の約三ヶ月は、ほとんどが冬だった。
彼と新しい季節を過ごせる喜びと、彼を守ることができる喜び。ディールは胸いっぱいに空気を吸い込み、歩き出した。
ディールは忘れていない。騎士団にいた頃のフラエの、誰よりも努力し、誰よりも強くあろうとしていた美しい姿を。その姿にずっと目を惹かれていたのに、素直になれなかったことを、ずっと恥じている。
しかし、彼は許してくれた。フラエはディールをあまり気にかけていないようだが、これから彼の世界へ入っていけばいいのだ。彼の可憐なまでに美しい微笑みを思い出すと、自然と背筋が伸びる。
そう浮かれるディールは、気づかない。
なぜ自分がフラエに許されているのか。ディールのことがどうでもよかったからである。
なぜどうでもよかったのか。ディールがフラエを認めていなかったからである。馬鹿にしていたからである。軽んじていたからである。
彼はフラエとの関係で報われておらず、報いを受けてもいた。つまるところ、彼もまた、ひとりよがりなのだ。
彼はいつも胸を張る。誠実であることを心がけているから。彼の誠実さの中身は、他ならぬ彼が決めたことである。そして彼はフラエに、自分が誠実であると認めてもらいたい。ディールは廊下から芝生に降りるとき、一輪の白い花を踏んだ。それを省みることはないし、ディールの顔は変わらず明るい。
22
あなたにおすすめの小説
死神は結婚生活が楽しすぎて探し物をすぐ忘れる
ユーリ
BL
「俺たち本当の夫婦になろうな」
駆除対象である死神に出された条件は、なんと結婚! 死神は生きるためにその条件を飲むけれどーー
「お前と結婚してよかった」生かす代わりに結婚を条件に出した悪魔×突然変異で生まれた死神「僕の鎌知りませんか!?」ーー死神は落とした鎌を探そうとするけれど、悪魔との結婚生活が楽しくてすぐに忘れてしまい…。
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。
しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです…
本当の花嫁じゃないとばれたら大変!
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
紳士オークの保護的な溺愛
flour7g
BL
■ 世界と舞台の概要
ここはオークの国「トールキン」。
魔法、冒険者、ギルド、ダンジョン、獣人やドラゴンが存在する、いわゆる“典型的な異世界”だが、この国の特徴はオークが長命で、理知的な文明社会を築いていることにある。
トールキンのオークたちは、
灰色がかった緑や青の肌
鋭く澄んだ眼差し
鍛え上げられた筋骨隆々の体躯
を持ち、外見こそ威圧的だが、礼節と合理性を重んじる国民性をしている。
異世界から来る存在は非常に珍しい。
しかしオークは千年を生きる種族ゆえ、**長い歴史の中で「時折起こる出来事」**として、記録にも記憶にも残されてきた。
⸻
■ ガスパールというオーク
ガスパールは、この国でも名の知れた貴族家系の三男として生まれた。
薄く灰を帯びた緑の肌、
赤い虹彩に金色の瞳孔という、どこか神話的な目。
分厚い肩と胸板、鍛え抜かれた腹筋は鎧に覆われずとも堅牢で、
銀色に輝く胸当てと腰当てには、代々受け継がれてきた宝石が嵌め込まれている。
ざらついた低音の声だが、語調は穏やかで、
貴族らしい品と、年齢を重ねた余裕がにじむ話し方をする。
● 彼の性格
• 極めて面倒見がよく、観察力が高い
• 感情を声高に表に出さないが、内側は情に厚い
• 責任を引き受けることを当然のように思っている
• 自分が誰かに寄りかかることだけは、少し苦手
どこか「自分は脇役でいい」と思っている節があり、それが彼の誠実さと同時に、不器用さでもあった。
⸻
■ 過去と喪失 ――愛したオーク
ガスパールはかつて、平民出身のオーク男性と結ばれていた。
家柄も立場も違う相手だったが、
彼はその伴侶の、
不器用な優しさ
朝食を焦がしてしまうところ
眠る前に必ず手を探してくる癖
を、何よりも大切にしていた。
しかし、その伴侶はすでにこの世を去っている。
現在ガスパールが暮らしているのは、
貴族街から少し離れた、二階建ての小さな屋敷。
華美ではないが、掃除が行き届き、静かな温もりのある家だ。
彼は今も毎日のように墓参りを欠かさない。
それは悲嘆というより、対話に近い行為だった。
⸻
■ 現在の生活
ガスパールは現在、
街の流通を取り仕切る代表的な役職に就いている。
多忙な職務の合間にも、
洗濯、掃除、料理
帳簿の整理
屋敷の修繕
をすべて自分でこなす。
仕事、家事、墓参り。
規則正しく、静かな日々。
――あなたが現れるまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる