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43 幕間:生還報酬
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ひとりも犠牲者を出さず、ほぼ単独で竜退治を成し遂げたグノシスは、英雄として熱烈に歓迎された。一度病院で身体の状態を確認することとなり、医師たちからは、ほぼ無傷であることを驚かれた。
「奇跡だ」
騒めいて身体を確かめる医師たちに、そんなことはどうでもいいとばかりに身を乗り出してグノシスは尋ねる。
「フラエは大丈夫なのか」
「彼ですか? 彼は、極度の疲労で眠っています」
本当か、大丈夫なのか、とグノシスは何度も言い募る。
「脱魔力症になっていたから無理矢理シたんだ、腹の中に俺の子がいるかもしれない」
まさか、と医師たちは顔を見合わせた。グノシスはさらに言い募った。
「俺はどうでもいい、フラエを診てくれ。俺を助けるために無理をした。魔力もないのに何本も、ポーションを飲んで、治癒魔術を使った」
グノシスはぐっと指と指を絡め、額に当てる。
「頼む、俺は本当に平気なんだ。フラエの方が、ずっと……」
お願いだ、と絞り出すように言う彼に、誰もが黙り込んだ。この場を支配するひとりの若者はただ、たったひとりの名前を祈るように呼んでいた。
「グノシス、でかしたな」
その沈黙を、場違いに明るい王太子の声が破った。彼は身軽に病院へと訪れ、上半身裸のグノシスに「随分戦いが激しかったみたいだね」と飄々と声をかける。
医師や看護師たちは恭しく礼をした。突然の兄の登場にグノシスは驚いたが、病院側は既に知らせを受けていたらしい。
あにうえ、と口走るグノシスに、彼は目を細める。グノシスは落ち着きなく唇を噛み、一呼吸置いた。そして肩を大きく上下させて深呼吸をし、真っすぐダリアスを見る。
「上出来だ」
グノシスの揺れる瞳に、ダリアスはそう言った。グノシスは激情を抑えて膝をつく。先ほど兄と呼んだ彼に、臣下の礼を取る。これから先の身の振り方は、つまりはそういうことだった。
ダリアスは鷹揚にその礼に応じ、「顔を上げなさい」とグノシスに言う。
「勇者よ。君はこれから先、英雄と呼ばれるだろう。王家はその功績に応じなければならない。褒美に、何か望むものはあるか?」
「何も、望むことはありません。私の地位も、名誉も、褒章も望みません。宣誓の通り政への干渉をせず、一生を王の剣として仕えます」
彼は一息に言い切った。ダリアスは明るい表情で、どこか寂寥の滲む声で、「叶えようとも」と手を打った。
「君とフラエ=リンカーに生まれる子も、中途半端な王子の御落胤より、世に親しまれる勇者の子どもの方が、よっぽど嬉しかろう」
随分な言いようだった。そして彼は、事情を全て理解しているようだった。グノシスは涙をこらえて跪く。
「ありがたき幸せ」
「お前はこの後、のんびり寝ていればいい。起きたときにはこの僕が、お前の願いの全てを叶えてやっているだろうさ」
それはグノシスの命運を握る、絶対的な権力者の言葉だった。だけどグノシスにとって、何よりも信頼し、敬愛する長兄の言葉だった。黙って目礼をする彼に、兄は「立派になったなぁ」と、しみじみと言った。それは紛れもなく弟を思う兄の声だったと、グノシスは思っている。
こうしてグノシスは王族の籍を離れ、臣下へと降ることとなった。爵位は公爵で、姓はフラエと考えるため、今のところ保留だ。これだけは譲れないと姓の決定で駄々をこねたら、呆れて見かねた長兄と(珍しく)次兄がとりなしてくれたのだ。
その後、グノシスは怒涛の戦後処理に追われることとなる。兄を「寝て起きたら叶っているんじゃないんですか」と詰ったら、「僕にだってできることと、できないことが、ある」と血走った眼で言われた。嘘をつくつもりはなかったようなので、グノシスは兄を許すことにした。
次にフラエのもとを訪れることができたのは、数日後。花の月の十六日は、奇しくもグノシスの誕生日だった。
「奇跡だ」
騒めいて身体を確かめる医師たちに、そんなことはどうでもいいとばかりに身を乗り出してグノシスは尋ねる。
「フラエは大丈夫なのか」
「彼ですか? 彼は、極度の疲労で眠っています」
本当か、大丈夫なのか、とグノシスは何度も言い募る。
「脱魔力症になっていたから無理矢理シたんだ、腹の中に俺の子がいるかもしれない」
まさか、と医師たちは顔を見合わせた。グノシスはさらに言い募った。
「俺はどうでもいい、フラエを診てくれ。俺を助けるために無理をした。魔力もないのに何本も、ポーションを飲んで、治癒魔術を使った」
グノシスはぐっと指と指を絡め、額に当てる。
「頼む、俺は本当に平気なんだ。フラエの方が、ずっと……」
お願いだ、と絞り出すように言う彼に、誰もが黙り込んだ。この場を支配するひとりの若者はただ、たったひとりの名前を祈るように呼んでいた。
「グノシス、でかしたな」
その沈黙を、場違いに明るい王太子の声が破った。彼は身軽に病院へと訪れ、上半身裸のグノシスに「随分戦いが激しかったみたいだね」と飄々と声をかける。
医師や看護師たちは恭しく礼をした。突然の兄の登場にグノシスは驚いたが、病院側は既に知らせを受けていたらしい。
あにうえ、と口走るグノシスに、彼は目を細める。グノシスは落ち着きなく唇を噛み、一呼吸置いた。そして肩を大きく上下させて深呼吸をし、真っすぐダリアスを見る。
「上出来だ」
グノシスの揺れる瞳に、ダリアスはそう言った。グノシスは激情を抑えて膝をつく。先ほど兄と呼んだ彼に、臣下の礼を取る。これから先の身の振り方は、つまりはそういうことだった。
ダリアスは鷹揚にその礼に応じ、「顔を上げなさい」とグノシスに言う。
「勇者よ。君はこれから先、英雄と呼ばれるだろう。王家はその功績に応じなければならない。褒美に、何か望むものはあるか?」
「何も、望むことはありません。私の地位も、名誉も、褒章も望みません。宣誓の通り政への干渉をせず、一生を王の剣として仕えます」
彼は一息に言い切った。ダリアスは明るい表情で、どこか寂寥の滲む声で、「叶えようとも」と手を打った。
「君とフラエ=リンカーに生まれる子も、中途半端な王子の御落胤より、世に親しまれる勇者の子どもの方が、よっぽど嬉しかろう」
随分な言いようだった。そして彼は、事情を全て理解しているようだった。グノシスは涙をこらえて跪く。
「ありがたき幸せ」
「お前はこの後、のんびり寝ていればいい。起きたときにはこの僕が、お前の願いの全てを叶えてやっているだろうさ」
それはグノシスの命運を握る、絶対的な権力者の言葉だった。だけどグノシスにとって、何よりも信頼し、敬愛する長兄の言葉だった。黙って目礼をする彼に、兄は「立派になったなぁ」と、しみじみと言った。それは紛れもなく弟を思う兄の声だったと、グノシスは思っている。
こうしてグノシスは王族の籍を離れ、臣下へと降ることとなった。爵位は公爵で、姓はフラエと考えるため、今のところ保留だ。これだけは譲れないと姓の決定で駄々をこねたら、呆れて見かねた長兄と(珍しく)次兄がとりなしてくれたのだ。
その後、グノシスは怒涛の戦後処理に追われることとなる。兄を「寝て起きたら叶っているんじゃないんですか」と詰ったら、「僕にだってできることと、できないことが、ある」と血走った眼で言われた。嘘をつくつもりはなかったようなので、グノシスは兄を許すことにした。
次にフラエのもとを訪れることができたのは、数日後。花の月の十六日は、奇しくもグノシスの誕生日だった。
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