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37 戦い
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途端、全員の頭の中に大声が炸裂した。それは竜の笑い声だった。頭蓋骨が壊れそうなほどうるさいそれを響かせながら、竜は立ち上がる。
『いいだろう、勇者。私と戦い、そして死ね』
そう言って、それは深く、息を吸い込んだ。
「魔力盾展開!」
誰かが叫ぶ。騎士たちが咄嗟に障壁を張った瞬間、竜の息吹が炸裂した。グノシスは激しい炎を真正面で受けながら、側近の名前を呼んだ。
「全員を連れて退避しろ。これは俺と竜の戦いだ!」
その声に、「全員退避!」と司令官の声が響く。騎士たちはその指示に従い、撤退を開始した。腰が抜けて動けない者、血気盛んに戦いに加わろうとする者も、冷静な者に引きずられて去っていく。
「フラエ……!」
気温調整役をしていたディールはフラエに駆け寄ろうとするが、それは騎士たちによって阻まれる。どうして! と彼は怒号を上げたが、フラエは「行って!」と叫ぶ。
「僕はいい、君は生きて帰って!」
それでも未練がましくこちらを見るディールに、フラエは「お願いだから」と懇願した。
「僕を守るなんて言って、死なれたら、嫌だ!」
頭がぐちゃぐちゃだ。自分は役に立たなかった。グノシスは一人で竜の相手を引き受けようとしている。その上、ディールが自分を庇って死んでしまったら、フラエは本当に立ち直れない。
フラエ、とディールは呟いて手を伸ばす。しかし、他の騎士たちが茫然自失とした彼を引きずっていった。
フラエは自力で魔力を操作し、なんとか温度調整をする。自分の中の生命力に近い部分が、じりじりと削れていく。
全員が撤退していく間も、竜は何度も炎の息吹をグノシスに吹きかけた。彼は盾で防ぎつつも、剣で果敢に切りかかる。強く鋭い剣戟で、紅い鱗が何枚か剥がれ落ちる。しかしそれ以上の損害は与えられず、竜は余裕の表情でグノシスを見下ろしていた。
フラエはどうすることもできない。グノシス、と枯れた声で呟く。せりあがる感情のまま、馬鹿、と罵倒が口をついた。
「あなたは一体、自分を何だと思ってるんだ! 身分を考えろよ! 自分を大切にしてよ!」
フラエの絶叫に、グノシスは「随分な応援だな」と軽口を叩いた。
ふざけるな、と思わず地団駄を踏む。結局自分は役立たずだ。彼は自分がいなければもっと自由に戦えるだろうに、フラエを庇うために大規模な攻撃魔法を使おうとしない。情けなくて涙が出てきた。ぼろぼろ涙を流すフラエに、グノシスはちいさく笑った。
竜の尾がしなり、グノシスを狙う。彼は素早くステップを踏んでそれを避ける。竜は抱きかかえていたフラエを離し、空間の隅へとおいやった。
フラエを完全に蚊帳の外へと押しやって、竜とグノシスは激しく戦った。竜がフラエを離したことで攻撃しやすくなったのか、グノシスが炎の渦を起こす。竜はそれをものともせずに頭からかぶり、そのまま炎の息吹で押し返そうとする。しかし彼はさらに炎の威力を強め、竜の息吹を飲み込んでみせる。
「この程度か、大精霊!」
グノシスが挑発の言葉を吐く。驚くべきことにグノシスと竜は、ほとんど互角に渡り合っていた。
しかし、このままではグノシスがじり貧であることを、フラエは分かっていた。精霊であり、自然界の産物である竜は、周りの魔力を自由に制御できる。それに対し、人のグノシスは、自分の周りの魔力を少し操作できる程度だ。基本的には、有限である体内の魔力で戦うしかない。
形あるものは壊れる。それは魔力から発生した精霊も同じであり、だからこそダンジョン内のモンスターも倒すことができる。理論上は、大精霊である竜も同じだ。
グノシスはそう考えているのだろう。フラエもそう考えはする。しかし、竜という存在はあまりにも圧倒的だった。
フラエにも、説得が通じなかった以上、グノシスが竜を倒すしかないということくらいは分かる。フラエが残って騎士たち全員を逃がしたところで、街がひとつ火の海になることを防ぐことはできない。そしてそれは、今代の勇者である、グノシスにしか解決できない問題だった。
だけどフラエは、グノシスが好きなのだ。愛しているのだ。
「逃げてよ、ねぇ……」
彼は絶対に逃げないと知っていて、そう小さく言う。生きてほしい。怪我をしないでほしい。危険な目に遭わないでほしい。大切な人だからそう思うし、自分がグノシスからそう思われていることも、知っていた。
ぼろぼろと涙があふれる。自分の無力さに絶望した。今この瞬間にもグノシスは命を削って戦っている。自分は、何もできない。それに彼が逃げたところで、史上類を見ない大惨事が起こってしまうのだ。
彼は縦横無尽に駆け回り、竜の息吹を魔力盾で防ぎつつあちこちを切りつける。時に強大な炎の渦を生み出し、竜と渡り合う。竜は時折愉悦に満ちた鳴き声を上げ、その重たい身体を持ち上げる。
背中に畳んだ翼を広げれば、空間いっぱいにそれが広がった。軽く羽ばたいただけで、軽いフラエの身体は飛ばされそうになる。
『気に入った!』
竜が喜ぶ声が聞こえる。はしゃぐように尾を振り回し、グノシスに炎を吹きかける。徐々に疲弊の色が見え始めたグノシスは歯を食いしばり、笑った。
「光栄だ」
そうして尾をかわしながら竜の腹部までたどり着き、渾身の力で横腹に突き立てる。その瞬間、竜の咆哮が身体を震わせた。グノシスが剣を抜けば真っ赤な炎が噴き出し、それが彼の頬をちりちりと焦がす。確かな手ごたえを感じた、次の瞬間。
彼の身体を、暴れる竜の尾が捉えた。彼は脇腹を強かに殴られ、弾かれ、空間の隅まで飛んだ。放物線を描く彼の身体を、フラエは他人事のように見ていた。
『いいだろう、勇者。私と戦い、そして死ね』
そう言って、それは深く、息を吸い込んだ。
「魔力盾展開!」
誰かが叫ぶ。騎士たちが咄嗟に障壁を張った瞬間、竜の息吹が炸裂した。グノシスは激しい炎を真正面で受けながら、側近の名前を呼んだ。
「全員を連れて退避しろ。これは俺と竜の戦いだ!」
その声に、「全員退避!」と司令官の声が響く。騎士たちはその指示に従い、撤退を開始した。腰が抜けて動けない者、血気盛んに戦いに加わろうとする者も、冷静な者に引きずられて去っていく。
「フラエ……!」
気温調整役をしていたディールはフラエに駆け寄ろうとするが、それは騎士たちによって阻まれる。どうして! と彼は怒号を上げたが、フラエは「行って!」と叫ぶ。
「僕はいい、君は生きて帰って!」
それでも未練がましくこちらを見るディールに、フラエは「お願いだから」と懇願した。
「僕を守るなんて言って、死なれたら、嫌だ!」
頭がぐちゃぐちゃだ。自分は役に立たなかった。グノシスは一人で竜の相手を引き受けようとしている。その上、ディールが自分を庇って死んでしまったら、フラエは本当に立ち直れない。
フラエ、とディールは呟いて手を伸ばす。しかし、他の騎士たちが茫然自失とした彼を引きずっていった。
フラエは自力で魔力を操作し、なんとか温度調整をする。自分の中の生命力に近い部分が、じりじりと削れていく。
全員が撤退していく間も、竜は何度も炎の息吹をグノシスに吹きかけた。彼は盾で防ぎつつも、剣で果敢に切りかかる。強く鋭い剣戟で、紅い鱗が何枚か剥がれ落ちる。しかしそれ以上の損害は与えられず、竜は余裕の表情でグノシスを見下ろしていた。
フラエはどうすることもできない。グノシス、と枯れた声で呟く。せりあがる感情のまま、馬鹿、と罵倒が口をついた。
「あなたは一体、自分を何だと思ってるんだ! 身分を考えろよ! 自分を大切にしてよ!」
フラエの絶叫に、グノシスは「随分な応援だな」と軽口を叩いた。
ふざけるな、と思わず地団駄を踏む。結局自分は役立たずだ。彼は自分がいなければもっと自由に戦えるだろうに、フラエを庇うために大規模な攻撃魔法を使おうとしない。情けなくて涙が出てきた。ぼろぼろ涙を流すフラエに、グノシスはちいさく笑った。
竜の尾がしなり、グノシスを狙う。彼は素早くステップを踏んでそれを避ける。竜は抱きかかえていたフラエを離し、空間の隅へとおいやった。
フラエを完全に蚊帳の外へと押しやって、竜とグノシスは激しく戦った。竜がフラエを離したことで攻撃しやすくなったのか、グノシスが炎の渦を起こす。竜はそれをものともせずに頭からかぶり、そのまま炎の息吹で押し返そうとする。しかし彼はさらに炎の威力を強め、竜の息吹を飲み込んでみせる。
「この程度か、大精霊!」
グノシスが挑発の言葉を吐く。驚くべきことにグノシスと竜は、ほとんど互角に渡り合っていた。
しかし、このままではグノシスがじり貧であることを、フラエは分かっていた。精霊であり、自然界の産物である竜は、周りの魔力を自由に制御できる。それに対し、人のグノシスは、自分の周りの魔力を少し操作できる程度だ。基本的には、有限である体内の魔力で戦うしかない。
形あるものは壊れる。それは魔力から発生した精霊も同じであり、だからこそダンジョン内のモンスターも倒すことができる。理論上は、大精霊である竜も同じだ。
グノシスはそう考えているのだろう。フラエもそう考えはする。しかし、竜という存在はあまりにも圧倒的だった。
フラエにも、説得が通じなかった以上、グノシスが竜を倒すしかないということくらいは分かる。フラエが残って騎士たち全員を逃がしたところで、街がひとつ火の海になることを防ぐことはできない。そしてそれは、今代の勇者である、グノシスにしか解決できない問題だった。
だけどフラエは、グノシスが好きなのだ。愛しているのだ。
「逃げてよ、ねぇ……」
彼は絶対に逃げないと知っていて、そう小さく言う。生きてほしい。怪我をしないでほしい。危険な目に遭わないでほしい。大切な人だからそう思うし、自分がグノシスからそう思われていることも、知っていた。
ぼろぼろと涙があふれる。自分の無力さに絶望した。今この瞬間にもグノシスは命を削って戦っている。自分は、何もできない。それに彼が逃げたところで、史上類を見ない大惨事が起こってしまうのだ。
彼は縦横無尽に駆け回り、竜の息吹を魔力盾で防ぎつつあちこちを切りつける。時に強大な炎の渦を生み出し、竜と渡り合う。竜は時折愉悦に満ちた鳴き声を上げ、その重たい身体を持ち上げる。
背中に畳んだ翼を広げれば、空間いっぱいにそれが広がった。軽く羽ばたいただけで、軽いフラエの身体は飛ばされそうになる。
『気に入った!』
竜が喜ぶ声が聞こえる。はしゃぐように尾を振り回し、グノシスに炎を吹きかける。徐々に疲弊の色が見え始めたグノシスは歯を食いしばり、笑った。
「光栄だ」
そうして尾をかわしながら竜の腹部までたどり着き、渾身の力で横腹に突き立てる。その瞬間、竜の咆哮が身体を震わせた。グノシスが剣を抜けば真っ赤な炎が噴き出し、それが彼の頬をちりちりと焦がす。確かな手ごたえを感じた、次の瞬間。
彼の身体を、暴れる竜の尾が捉えた。彼は脇腹を強かに殴られ、弾かれ、空間の隅まで飛んだ。放物線を描く彼の身体を、フラエは他人事のように見ていた。
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