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フラエ、と声をかけると、彼は朦朧とした目でグノシスを捉えた。そして手をゆっくりとグノシスの頬に当て、頬をなぞる。赤く爛れた彼の手から、黄色い体液が跡になってべったりと着いた。
「ねぇ。一晩だけ、ぼくに、ちょうだい」
その一言だけで、彼があの日に囚われているのだと、グノシスは分かってしまった。彼はずっと、自分が石畳へ突き飛ばした日の中で、苦しんでいたのではないか。だからあんなに、態度が冷たかったのではないか。
碧眼から涙があふれた。たまらない気持ちになって、彼を抱きしめる。うん、うん、と必死に何度も頷いた。
「うん、……いや、全部だ。全部やる」
フラエを強く抱きしめる。フラエは「うれしい」と囁いて、グノシスにそっと腕を回した。ねえ、と甘く、舌足らずの口ぶりで、彼は言った。
「あいしてる」
声を聞けば聞くほど、罪悪感と愛しさが募った。グノシスは彼の頭を胸に抱えて、「知ってる」と頬ずりした。
「俺も、フラエを愛してる」
夢と現実の間で漂う彼は、ぱちぱちと瞬きをする。うれしい、うれしい、と繰り返し、何度も頬ずりを返す。そのうちにだんだんと意識が覚醒してきたのか、彼はやがて戸惑うように身をよじらせた。
「グノシス……?」
その口調に芯が戻ったのを見て、「フラエ」と顔を覗き込んだ。彼の顔は血液をはじめとした体液で汚れ、酷い有様だ。痛々しくて目を細めると、彼は上目遣いにグノシスを見上げた。
「その、……ごめんね」
さらに言葉を続けられる前に、「すまない」とグノシスは頭を下げた。地面に頭がつく勢いで頭を下げたため、ごちんという音が辺りに響いた。頭頂部がじんじんと痛む。え? と間の抜けた声を出すフラエに、変わらずグノシスは頭を下げ続ける。
「同意がないまま、お前を抱いた」
はぁ……、と、フラエは気の抜けた声を出した。えっと、と困ったように言葉を選ぶ。
「でも僕、いいよって言ったよね」
「瀕死の人間に、命を盾にして言わせた言葉だ。合意になるものか」
「ええ……」
フラエはそれきり黙り込んだ。グノシスは変わらず、地面に頭頂部をつけ続けていた。しばらくの沈黙の後、「頭を上げてよ」と、彼に促される。
「あなたに頭をさげられるなんて、変な気分だな」
彼はちいさく笑っていた。その笑みが何を意味するのか、グノシスには分からなかった。それでも衝動のままに、腕を伸ばして彼を抱きしめた。
「すまない」
嗚咽を漏らすように言う。
「……ごめんね、あなたに謝られる心当たりが多すぎて、どのことなのか」
彼は戸惑った様子でそう言いながら、グノシスの背中に腕を回してくれた。全部だ、とグノシスは言う。
「このことだけではなく、卒業式のこと、とか……お前がそんなに悲しんでいるなんて、知らなかった」
フラエは黙って、グノシスと目を合わせた。そしてしげしげと顔を見つめ、「ねえ」と神妙な顔で切り出す。
「一発、殴っていい?」
「何発でも殴れ」
そう言って、グノシスは頭を差し出した。フラエは握りこぶしをつくり、遠慮なく右手で、彼の左の頬を殴りつけた。肉のぶつかる凄まじい音が広い空間に響きわたり、グノシスの頬が赤く腫れる。
そして彼が黙って右の頬を差し出したのを見て、フラエは大声で笑いだした。
「馬鹿じゃないのか!」
あまりにも楽しそうに笑うので、グノシスは全く腹が立たなかった。フラエがかわいい、とすら思った。
フラエは一頻り笑った後、掌をひらひらと振って「あー、痛かった」としみじみとした口調で言う。彼の掌は、グノシスを助けた際、火傷で負傷してしまっており、赤く腫れて痛々しい。その掌で殴ったのだから、相当痛かっただろう。グノシスは眉を顰めた。
「大丈夫か?」
「うん。……もう、治癒魔術は使いたくないなぁ」
ひとりごちるフラエ。グノシスは立ち上がり、フラエの前で背中を出してしゃがんだ。
「乗れ。背負っていく」
「うん」
フラエは彼の背中に乗り、腕を首へ回した。グノシスは彼を背負って立ちあがり、ゆっくりと歩き出す。
「ねえ、グノシス」
グノシスの背中に揺られて、彼の声は眠たげだった。先ほどまで土気色で冷え切っていた身体は、今は少し熱っぽい。
「僕のお腹に、グノシスの赤ちゃんがいるの?」
グノシスは直接的な言葉に、欲を煽られるよりも、現実で頭を殴られるようだった。フラエを慎重に背負い直し、「そうだ」と答える。
「悪いが、産んでくれ。一生の責任は、取る」
その言葉に、フラエは嬉しそうに笑った。僕ね、と彼はひそやかな声で言う。
「あなたのそういう、妙なところで義理堅くて頑固なところ、……嫌いじゃないんだ」
グノシスは泣きたくなって、涙を拭うこともできなくて、必死に唇を噛んだ。フラエは「泣かないでよ」とくすくす笑って、グノシスの頬に流れる涙を指の背で拭った。
グノシスが歩みを進めるうちに、洞窟がだんだんと元の姿へと戻っていく。火属性の魔力によって燃え盛っていた火や眩い光は消え、本来の薄暗さへと戻っていく。出口付近にたどり着けば、「戻ってきたぞ」と誰かが知らせる声が聞こえた。
出口へたどり着き、二人は洞窟の外へ出る。暁の近い澄んだ空気が、二人の頬を撫でた。騎士たちは二人の姿に駆け寄り、怪我の有無や、状況についての説明を求めてきた。グノシスはそれらすべてを「後でやる」と跳ねのけて、フラエを背負い直した。この上なく、彼と離れがたかった。
グノシスの我儘はひとまず彼らに聞きいれられた。何はともあれ手当てを、と、彼らは担架を手配しに箸っていった。
「フラエ、着いたぞ」
ん、と彼は夢うつつの返事をして、目を閉じる。つかれた、と言う彼を背負いなおして、「もう、大丈夫だ」と囁きかける。
「フラエ、殿下」
ディールが駆け寄ってきて「僕が連れていきます」と志願する。それにグノシスは首を横に振った。
「彼は、俺と一緒に手当てを受ける。俺も怪我人だ」
ぴり、とした緊張が二人の間に走る。その緊張は、担架が二本運ばれてきたことにより決着がつく。グノシスは担架を断ったが、フラエをそこへ寝かせた。
こうして火属性ダンジョン攻略は、奇跡的に死者を出さずに終了したのだ。
以降、グノシスはこの功績により、立場を大きく変えることとなる。
「ねぇ。一晩だけ、ぼくに、ちょうだい」
その一言だけで、彼があの日に囚われているのだと、グノシスは分かってしまった。彼はずっと、自分が石畳へ突き飛ばした日の中で、苦しんでいたのではないか。だからあんなに、態度が冷たかったのではないか。
碧眼から涙があふれた。たまらない気持ちになって、彼を抱きしめる。うん、うん、と必死に何度も頷いた。
「うん、……いや、全部だ。全部やる」
フラエを強く抱きしめる。フラエは「うれしい」と囁いて、グノシスにそっと腕を回した。ねえ、と甘く、舌足らずの口ぶりで、彼は言った。
「あいしてる」
声を聞けば聞くほど、罪悪感と愛しさが募った。グノシスは彼の頭を胸に抱えて、「知ってる」と頬ずりした。
「俺も、フラエを愛してる」
夢と現実の間で漂う彼は、ぱちぱちと瞬きをする。うれしい、うれしい、と繰り返し、何度も頬ずりを返す。そのうちにだんだんと意識が覚醒してきたのか、彼はやがて戸惑うように身をよじらせた。
「グノシス……?」
その口調に芯が戻ったのを見て、「フラエ」と顔を覗き込んだ。彼の顔は血液をはじめとした体液で汚れ、酷い有様だ。痛々しくて目を細めると、彼は上目遣いにグノシスを見上げた。
「その、……ごめんね」
さらに言葉を続けられる前に、「すまない」とグノシスは頭を下げた。地面に頭がつく勢いで頭を下げたため、ごちんという音が辺りに響いた。頭頂部がじんじんと痛む。え? と間の抜けた声を出すフラエに、変わらずグノシスは頭を下げ続ける。
「同意がないまま、お前を抱いた」
はぁ……、と、フラエは気の抜けた声を出した。えっと、と困ったように言葉を選ぶ。
「でも僕、いいよって言ったよね」
「瀕死の人間に、命を盾にして言わせた言葉だ。合意になるものか」
「ええ……」
フラエはそれきり黙り込んだ。グノシスは変わらず、地面に頭頂部をつけ続けていた。しばらくの沈黙の後、「頭を上げてよ」と、彼に促される。
「あなたに頭をさげられるなんて、変な気分だな」
彼はちいさく笑っていた。その笑みが何を意味するのか、グノシスには分からなかった。それでも衝動のままに、腕を伸ばして彼を抱きしめた。
「すまない」
嗚咽を漏らすように言う。
「……ごめんね、あなたに謝られる心当たりが多すぎて、どのことなのか」
彼は戸惑った様子でそう言いながら、グノシスの背中に腕を回してくれた。全部だ、とグノシスは言う。
「このことだけではなく、卒業式のこと、とか……お前がそんなに悲しんでいるなんて、知らなかった」
フラエは黙って、グノシスと目を合わせた。そしてしげしげと顔を見つめ、「ねえ」と神妙な顔で切り出す。
「一発、殴っていい?」
「何発でも殴れ」
そう言って、グノシスは頭を差し出した。フラエは握りこぶしをつくり、遠慮なく右手で、彼の左の頬を殴りつけた。肉のぶつかる凄まじい音が広い空間に響きわたり、グノシスの頬が赤く腫れる。
そして彼が黙って右の頬を差し出したのを見て、フラエは大声で笑いだした。
「馬鹿じゃないのか!」
あまりにも楽しそうに笑うので、グノシスは全く腹が立たなかった。フラエがかわいい、とすら思った。
フラエは一頻り笑った後、掌をひらひらと振って「あー、痛かった」としみじみとした口調で言う。彼の掌は、グノシスを助けた際、火傷で負傷してしまっており、赤く腫れて痛々しい。その掌で殴ったのだから、相当痛かっただろう。グノシスは眉を顰めた。
「大丈夫か?」
「うん。……もう、治癒魔術は使いたくないなぁ」
ひとりごちるフラエ。グノシスは立ち上がり、フラエの前で背中を出してしゃがんだ。
「乗れ。背負っていく」
「うん」
フラエは彼の背中に乗り、腕を首へ回した。グノシスは彼を背負って立ちあがり、ゆっくりと歩き出す。
「ねえ、グノシス」
グノシスの背中に揺られて、彼の声は眠たげだった。先ほどまで土気色で冷え切っていた身体は、今は少し熱っぽい。
「僕のお腹に、グノシスの赤ちゃんがいるの?」
グノシスは直接的な言葉に、欲を煽られるよりも、現実で頭を殴られるようだった。フラエを慎重に背負い直し、「そうだ」と答える。
「悪いが、産んでくれ。一生の責任は、取る」
その言葉に、フラエは嬉しそうに笑った。僕ね、と彼はひそやかな声で言う。
「あなたのそういう、妙なところで義理堅くて頑固なところ、……嫌いじゃないんだ」
グノシスは泣きたくなって、涙を拭うこともできなくて、必死に唇を噛んだ。フラエは「泣かないでよ」とくすくす笑って、グノシスの頬に流れる涙を指の背で拭った。
グノシスが歩みを進めるうちに、洞窟がだんだんと元の姿へと戻っていく。火属性の魔力によって燃え盛っていた火や眩い光は消え、本来の薄暗さへと戻っていく。出口付近にたどり着けば、「戻ってきたぞ」と誰かが知らせる声が聞こえた。
出口へたどり着き、二人は洞窟の外へ出る。暁の近い澄んだ空気が、二人の頬を撫でた。騎士たちは二人の姿に駆け寄り、怪我の有無や、状況についての説明を求めてきた。グノシスはそれらすべてを「後でやる」と跳ねのけて、フラエを背負い直した。この上なく、彼と離れがたかった。
グノシスの我儘はひとまず彼らに聞きいれられた。何はともあれ手当てを、と、彼らは担架を手配しに箸っていった。
「フラエ、着いたぞ」
ん、と彼は夢うつつの返事をして、目を閉じる。つかれた、と言う彼を背負いなおして、「もう、大丈夫だ」と囁きかける。
「フラエ、殿下」
ディールが駆け寄ってきて「僕が連れていきます」と志願する。それにグノシスは首を横に振った。
「彼は、俺と一緒に手当てを受ける。俺も怪我人だ」
ぴり、とした緊張が二人の間に走る。その緊張は、担架が二本運ばれてきたことにより決着がつく。グノシスは担架を断ったが、フラエをそこへ寝かせた。
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