41 / 48
41 その後
しおりを挟む
フラエが次に目を覚ましたとき、彼は清潔なベッドの上にいた。個室で寝かされており、広々としたそこは、南向きの窓から光が差し込んでくる。明るい部屋だった。
火傷した掌には、軟膏が塗られた上に包帯がされているようだった。入院用のガウンを着ていて、ベッドから降りてぺたぺたと裸足のままで歩く。部屋の中心に置かれた机の上には、ディールの置手紙があった。
彼は明日、改めて見舞いに来るようだった。そして、そこで伝えたいことがあるらしい。
ディールの手紙を一旦机の上に戻した。フラエはどっと疲れて、ベッドに戻って横になる。ディールの気持ちには気づいていたが、自分は、それにどう返せばいいのだろうか。何を返せるのだろうか。
下腹部に手をやり、そっと撫でる。竜が入り、グノシスが種をつけたというこの胎。どうにもむずむずして、自分の身体を大事にしなければいけない、となぜか気負ってしまう。
竜を孕んだということは、不思議と嫌でも怖くもない。ただ現実味がなくて、奇妙な高揚感の中にフラエは漂っていた。
そのとき、病室の扉が開く。飛び込んできたのはミスミだった。
「フラエ!」
身体的接触を避けるきらいのある親友にしては珍しく、彼はフラエに腕を伸ばし、抱きしめた。そして背中をさすり、「生きていてよかったぁ」と涙声で言う。
「お前、大変だったんだってな」
聞いたよ、と彼は言う。どこまで聞いているんだろうと思いながら抱きしめられていると、「大丈夫か?」と、彼は改まった口調で尋ねた。身体を離し、フラエとしっかり目を合わせる。
「すごく不躾なことを聞くぞ。殿下にされたことで、お前は、傷ついていないか」
「どのことなのか分からないね……」
苦笑いすると、ミスミは「昨晩のやつだ」と、静かに言った。フラエは彼の言わんとすることを理解して、首を横に振る。
「あれは、僕を助けるために、仕方なかったんだ」
「……身体は、大丈夫か?」
暗に心も案じる彼に、フラエは「心配性だな」と肩を竦めた。大丈夫だよ、という言葉が、自然と口をつく。
「ミスミは、僕が強姦されたと思ってるかもしれないけど」
その直接的な物言いに、「言い方」とミスミが顔をしかめる。いつものやり取りに、フラエは花のように笑った。
「僕は、別にそう思っていないよ。殿下のことが好きだからね」
ミスミはその言葉を聞いて「お前さ~……」と頭を抱えた。たっぷりとため息を吐いて、膝を叩いて顔を上げる。
「そういう問題じゃないんだが、ま、いいや」
諦めたように、それでいてほっとしたように、ミスミはまたため息をついた。お前だもんなぁ、としみじみと言う彼に、「僕だからね」とフラエは胸を張る。
「僕でなければ、とてもじゃないけど、彼の相手は務まらないよ」
「それは同意できちゃうんだよな」
ミスミは膝に肘を置き、「元気そうでよかった」と優しい顔で言った。フラエは頷き、ありがとう、と礼をする。
「心配してくれて、嬉しいよ」
「そりゃ心配するぞ。友達のことだからな」
その言葉に、一瞬時が止まる。そして二人は同時に弾けるように笑いだして、だんだんとミスミの声が涙交じりになる。彼は頬を伝う涙を手の甲で拭う。
「本当に、つらいことがあったら、言ってくれよな……!」
「だから何もないんだって」
おおよしよし、と大げさに背中を叩いてやる。彼は「フラエは俺と古本屋をするはずだったのに……」としくしく泣き始めた。
「初耳だけど」
「お互い定年まで独身だったら、二人で面白おかしく暮らしたかった……」
それも悪くなかったねぇ、とフラエはのんびり言う。だけど今のフラエは、隣にいたい人がいた。
「古本屋、一人でやってね」
「俺が結婚とかする可能性を捨てるな!」
噛みつくミスミに、また笑い声をあげた。
それから彼はすぐに「じゃあ、俺は戻るわ」と立ち上がる。わざわざ業務を抜けてきていたらしい。あ、そうそう、と置き土産に、グノシスのことも教えてくれた。
「お前が治癒魔術を使ったからか、ほとんど無傷だったって。後遺症なんかはこれからの経過観察で見ていくそうだ」
そっか、とフラエは頷いた。無意識に下腹部を摩り、「会いたいな」と呟く。ミスミは眩しそうに窓の外を見て、「ま、ゆっくり休んでくれや」と立ち上がった。
「また見舞いに来るよ。欲しいものはあるか?」
「果物の盛り合わせ、寮の近くの菓子屋の一番高いケーキ、いつもの定食屋のプリン」
「図々しくてびっくりした」
じゃあな、と手を振って彼は立ち去っていった。残されたフラエはまたベッドに寝そべり、目を閉じる。
気がつくと日がすっかり落ちており、夕食が運ばれてくる時間だった。薄味の粥を啜り、空になった食器を戻す。病院の人々は時折フラエを奇異の目で見るものの、概ね平穏に過ごせそうだ。食べて、寝る。それ以外にやることがなくて、退屈ではある。
「僕は後、何日くらいここに入院しないといけないんですか?」
医者に尋ねると「経過観察次第」という返事が返ってきたので、一日でも早く回復しよう、とフラエは誓った。
その日はすぐに眠り、翌朝は早くに起きだした。食事をとってから病院内を軽く散歩し、花壇を見て回る。ぶらぶらと歩きまわるフラエに、看護師が声をかけた。
「面会の方がいらっしゃっていますよ。ディール=ヘイリーさんとおっしゃるそうです」
火傷した掌には、軟膏が塗られた上に包帯がされているようだった。入院用のガウンを着ていて、ベッドから降りてぺたぺたと裸足のままで歩く。部屋の中心に置かれた机の上には、ディールの置手紙があった。
彼は明日、改めて見舞いに来るようだった。そして、そこで伝えたいことがあるらしい。
ディールの手紙を一旦机の上に戻した。フラエはどっと疲れて、ベッドに戻って横になる。ディールの気持ちには気づいていたが、自分は、それにどう返せばいいのだろうか。何を返せるのだろうか。
下腹部に手をやり、そっと撫でる。竜が入り、グノシスが種をつけたというこの胎。どうにもむずむずして、自分の身体を大事にしなければいけない、となぜか気負ってしまう。
竜を孕んだということは、不思議と嫌でも怖くもない。ただ現実味がなくて、奇妙な高揚感の中にフラエは漂っていた。
そのとき、病室の扉が開く。飛び込んできたのはミスミだった。
「フラエ!」
身体的接触を避けるきらいのある親友にしては珍しく、彼はフラエに腕を伸ばし、抱きしめた。そして背中をさすり、「生きていてよかったぁ」と涙声で言う。
「お前、大変だったんだってな」
聞いたよ、と彼は言う。どこまで聞いているんだろうと思いながら抱きしめられていると、「大丈夫か?」と、彼は改まった口調で尋ねた。身体を離し、フラエとしっかり目を合わせる。
「すごく不躾なことを聞くぞ。殿下にされたことで、お前は、傷ついていないか」
「どのことなのか分からないね……」
苦笑いすると、ミスミは「昨晩のやつだ」と、静かに言った。フラエは彼の言わんとすることを理解して、首を横に振る。
「あれは、僕を助けるために、仕方なかったんだ」
「……身体は、大丈夫か?」
暗に心も案じる彼に、フラエは「心配性だな」と肩を竦めた。大丈夫だよ、という言葉が、自然と口をつく。
「ミスミは、僕が強姦されたと思ってるかもしれないけど」
その直接的な物言いに、「言い方」とミスミが顔をしかめる。いつものやり取りに、フラエは花のように笑った。
「僕は、別にそう思っていないよ。殿下のことが好きだからね」
ミスミはその言葉を聞いて「お前さ~……」と頭を抱えた。たっぷりとため息を吐いて、膝を叩いて顔を上げる。
「そういう問題じゃないんだが、ま、いいや」
諦めたように、それでいてほっとしたように、ミスミはまたため息をついた。お前だもんなぁ、としみじみと言う彼に、「僕だからね」とフラエは胸を張る。
「僕でなければ、とてもじゃないけど、彼の相手は務まらないよ」
「それは同意できちゃうんだよな」
ミスミは膝に肘を置き、「元気そうでよかった」と優しい顔で言った。フラエは頷き、ありがとう、と礼をする。
「心配してくれて、嬉しいよ」
「そりゃ心配するぞ。友達のことだからな」
その言葉に、一瞬時が止まる。そして二人は同時に弾けるように笑いだして、だんだんとミスミの声が涙交じりになる。彼は頬を伝う涙を手の甲で拭う。
「本当に、つらいことがあったら、言ってくれよな……!」
「だから何もないんだって」
おおよしよし、と大げさに背中を叩いてやる。彼は「フラエは俺と古本屋をするはずだったのに……」としくしく泣き始めた。
「初耳だけど」
「お互い定年まで独身だったら、二人で面白おかしく暮らしたかった……」
それも悪くなかったねぇ、とフラエはのんびり言う。だけど今のフラエは、隣にいたい人がいた。
「古本屋、一人でやってね」
「俺が結婚とかする可能性を捨てるな!」
噛みつくミスミに、また笑い声をあげた。
それから彼はすぐに「じゃあ、俺は戻るわ」と立ち上がる。わざわざ業務を抜けてきていたらしい。あ、そうそう、と置き土産に、グノシスのことも教えてくれた。
「お前が治癒魔術を使ったからか、ほとんど無傷だったって。後遺症なんかはこれからの経過観察で見ていくそうだ」
そっか、とフラエは頷いた。無意識に下腹部を摩り、「会いたいな」と呟く。ミスミは眩しそうに窓の外を見て、「ま、ゆっくり休んでくれや」と立ち上がった。
「また見舞いに来るよ。欲しいものはあるか?」
「果物の盛り合わせ、寮の近くの菓子屋の一番高いケーキ、いつもの定食屋のプリン」
「図々しくてびっくりした」
じゃあな、と手を振って彼は立ち去っていった。残されたフラエはまたベッドに寝そべり、目を閉じる。
気がつくと日がすっかり落ちており、夕食が運ばれてくる時間だった。薄味の粥を啜り、空になった食器を戻す。病院の人々は時折フラエを奇異の目で見るものの、概ね平穏に過ごせそうだ。食べて、寝る。それ以外にやることがなくて、退屈ではある。
「僕は後、何日くらいここに入院しないといけないんですか?」
医者に尋ねると「経過観察次第」という返事が返ってきたので、一日でも早く回復しよう、とフラエは誓った。
その日はすぐに眠り、翌朝は早くに起きだした。食事をとってから病院内を軽く散歩し、花壇を見て回る。ぶらぶらと歩きまわるフラエに、看護師が声をかけた。
「面会の方がいらっしゃっていますよ。ディール=ヘイリーさんとおっしゃるそうです」
52
あなたにおすすめの小説
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。
しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです…
本当の花嫁じゃないとばれたら大変!
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
ギャルゲー主人公に狙われてます
一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる