野犬公の愛人

鳥羽ミワ

文字の大きさ
22 / 35

21. 木こりの親子

しおりを挟む
 エリックはハンネスの後について、山へと入った。
 目指す場所は、中継機のひとつが埋められたポイントだ。
 黙々と山道を行き、ハンネスが「あそこ」と指さした。そこには一転をぐるりと囲むように杭が打たれており、さらにロープで結ばれている。
 目印であり、通信水晶保護のための結界だ。
 エリックはそこへ駆け寄り、杖で地面を叩く。魔力を走らせ、通信水晶を起動させた。
 遠隔操作になる。集中するために、目を閉じた。

「センセ、何してんの?」

 ハンネスの質問に、エリックは振り向かずに答える。

「仕込みをしてます」

 唇を舐めた。頭を回転させる。
 呪文は、世界との契約書だ。嘘をつくことは許されないし、誤魔化しは効かないし、定義に曖昧なところがあれば意図せぬ結果を生む。
 だから誤解の余地がないように、ひとつひとつ、論理を詰めていく。

(通信水晶に干渉するなら、直接操作するか、通信水晶をもう一機用意して、そこから通信する必要がある。そして僕以外に親機へ触っていないとしたら)

 生唾を飲み込んで、一際大きな声で呪文を唱える。

(どんな形であれ、僕の知らない通信水晶が、こちらに持ち込まれているはずだ。そして僕は管理室を出禁になったから、あちら側から、ここへ不法侵入したことを知らせてもらうしかない)

 唱え終わって、長いため息をついた。
 仕上げに、杖でとんと地面を叩く。

「これでよし。ハンネスさん、次に行きましょう」
「おう。仕込みって、どんなことしてたんだ?」
「罠の仕込みです。次同じことをしたら、すぐ分かるようにしました」

 へーえ、とハンネスは首を傾げる。

「よく分かんねえけど、いいんじゃないか? 獣も、同じ道を通ることが多いしな」
「狩りですか。いいですね」

 ふふ、とエリックは笑う。ハンネスもにこりと笑って、「次行こうか」と歩き始めた。
 こうして二人は、中継機が埋め込まれた場所を巡った。最後の中継機にまじないをかけた時には、すっかり日が暮れようとしていた。
 ハンネスは空を見上げて、「遅くなっちまったな」と呟く。

「そろそろ危ねえや。センセ、身体は大丈夫?」

 エリックは息も絶え絶えになりながら、身体強化を重ね掛けする。頷いて、ハンネスの後に続いた。

(これ、明日が怖いなぁ)

 二人は山を下りた。夕暮れの道は足元が見えづらく、エリックは何度か足を滑らせそうになった。そのたびにハンネスが支えてくれたが、途中で足首をくじいてしまった。

「いった」

 顔をしかめるエリックを、ハンネスは「仕方ねえ」と言っておぶった。エリックは身体を精一杯縮こまらせながら、うなだれる。

「すみません。足手まといで……」
「うんにゃ。気にしなくていいよ」

 ハンネスの返事に、エリックはほっと息をついた。大人しく運ばれて、山を下りる。
 出迎えたオットーは背負われたエリックを見て、「何やってんだ」と呆れたように言った。面目ない、とエリックは目を伏せる。
 オットーは首を横に振った。

「まあ、いい。ほら降りろ。手当してやる」

 エリックはハンネスの背中から降ろされ、ブーツを脱がされる。オットーはぶつくさ文句を言いながら、薬を足首へ擦り込んだ。

「こんな靴で山へ入るなんて、何考えてるんだって、ずっと物言いたかったんだ」
「すみません。これも魔術師の装備として、規定で決まっていて……」
「は? 山をナメてんじゃねえ」

 叱られている。とはいえ実際、靴がきちんとしたものであれば、この怪我は負わなかったかもしれない。はい、はい、と頷いて、オットーの言葉へ耳を傾けた。
 オットーは包帯を巻いて、エリックの足を離す。エリックはブーツを履いて、「ありがとうございます」と礼を言った。オットーは頭をかいて、まったく、と吐き捨てる。

「調子狂うなァ」

 そして、ハンネスを呼ぶ。小屋の扉を指さした。

「お前、こいつをお屋敷まで送っていってやれ。どうせ歩けやしねえんだ」
「おう。分かった」

 ハンネスは二つ返事で受ける。エリックが物を言おうとする前に、「しばらくは大人しくしとけよ」とオットーがエリックをにらむ。

「俺らみたいなのがちょっと怪我するのはいいが、お前みたいにひょろっとした奴の怪我はしんどいだろ」

 どうやら、心配してくれているらしい。エリックはほっと息をついて、「はい」と頷いた。
 ハンネスはエリックを支えつつ小屋の外へと連れ出そうとする。
 扉をくぐる前に、エリックは身体ごと振り向いて、オットーを見た。最大限の感謝を示すために、片膝をついて、礼をする。

「お、おい。お前、やめろよ。足が痛いだろ」

 オットーが慌てて立たせる。エリックは彼に、にこりと微笑みかけた。

「ありがとうございます。おかげで、僕も、レオポルト殿下に報いることができそうです」

 そうか、とオットーは頷く。そして、もごもごと話し始めた。

「レオポルト様は王族だけどよ。俺にとっちゃ、妹の忘れ形見なんだぜ。……あの子に心から味方してくれる奴がいて、俺ぁほっとしたんだ」

 オットーは「まあ、なんだ」と口ごもる。そして、わずかに目を伏せた。

「これからも、レオポルト様をよろしく頼む。今更、親戚ヅラなんかできねえけどよ……」

 その実直な言葉に、エリックは「はい」と頷くことしかできなかった。
 エリックはハンネスに支えられながら、馬に乗った。手綱を握るハンネスに抱き込まれる形だ。そして日の沈みかけた街を、ハンネスと駆けていく。
 風が前髪を乱して、冷たくて、でも心地よかった。ぼんやりと夕やけを眺めていると、ハンネスが「なあ」と呟く。

「センセって、レオポルト様のこと、どう思ってんの?」

 どうして、そんなことを聞くのか。エリックは首を傾げつつ、即答した。

「大事な人ですよ」
「そっかぁ。なんかいいな、そういうの」

 その声色にはどこか、うらやむような響きがあった。エリックは目を閉じて、「そうですね」と微笑んだ。

「すっごく、大切です」
「ふうん。そりゃ熱烈だ」

 からかうような言葉に、「内緒ですよ」とエリックは念を押す。ハンネスが「なんでぇ」と首を傾げる気配がする。

「……男同士でこういうの、とやかく言われやすいから」

 ちいさな声は、風に掻き消されてくれただろうか。ハンネスはしばらくうなって、それきり黙り込んだ。
 やがて、屋敷が近づいてくる。窓の明かりを見ながら、ハンネスが言った。

「男同士がどうとか、俺はよく分からないけどさ」

 先ほどの言葉は、聞こえていたらしい。首をすくめるエリックに構わず、ハンネスは静かな声で言った。

「なんか……いいよな。レオポルト様も、センセのこと、きっとすごく大事に思ってるぜ」

 頬が熱くなる。エリックがうつむくと、だからさ、とハンネスは言った。

「お互い、仲良くな。喧嘩しちゃダメだ」

 屋敷の前にたどり着くと、人影があった。
 その人は色の濃い金髪をわずかな明かりにきらめかせて、「エリック」と名前を呼ぶ。

「レオポルト殿下」

 エリックが声をあげると、ハンネスが馬をとめる。先に降りて、エリックをひょいと担ぎ上げて降ろした。

「わ、ありがとうございま」

 礼を言う声は、レオポルトに抱き寄せられて途切れた。腕の隙間からハンネスをちらりと見ると、彼は肩をすくめている。

「じゃあね、センセ」

 ひらりと手を振って、馬へまたがった。その駆けていく背中を見送る間もなく、レオポルトがエリックの手を引く。
 ずきり、と足首に痛みが走った。

「いった」

 エリックの言葉に、レオポルトがぴたりと動きを止める。青い瞳が揺れながら、エリックを見下ろした。

「怪我をしているのか」
「ちょっと、足をくじいちゃって」

 えへへ、とごまかし笑いを浮かべると、身体が浮いた。レオポルトが、エリックを横抱きにしたのだ。

「で、殿下。そんなことしなくても」

 横で控えていたヘンケルに、助けてもらおうと目配せをする。しかしヘンケルは、そっぽを向いてエリックを見捨てた。エリックは仕方なくレオポルトの首に腕を回して、抱き着く。

「……ヘンケル殿に、伝言は頼んでいました」
「今日こんなことがあったばかりで、俺が心配しないわけないだろう」

 いつになく硬い声だった。エリックは黙って、レオポルトの首筋に懐く。柑橘の香りと、汗のにおいがした。
 心配させてしまった、と目を閉じる。

「申し訳ございません」

 あっという間に、二人の部屋に着いた。レオポルトはそっとエリックの身体を降ろして、椅子へと座らせる。
 手ずからブーツを脱がせて、足首を診た。

「手当はされているのか」

 そして、じろりとエリックをにらみ上げる。エリックは両手を挙げて、うなだれた。

「説明させてください」

 レオポルトは「許す」と鷹揚に言って、エリックをまた持ち上げた。そして、二人掛けのソファに座る。エリックは、レオポルトの膝へ横座りになった。
 観念して、エリックは口を開く。

「気になることがあって、中継機を見に行ってきたんです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

BL
 同性婚が認められて10年。世間では同性愛に対する偏見は少なくなってきた。でも結婚自体、俺には関係ないけど…  缶ビール片手に心を許せる親友と一緒に過ごせればそれだけで俺は満たされる。こんな日々がずっと続いてほしい、そう思っていた。  30歳の誕生日、俺は親友のガンちゃんにプロポーズをされた。  「樹、俺と結婚してほしい」  「樹のことがずっと好きだった」  俺たちは親友だったはずだろ。結婚に興味のない俺は最初は断るがお試しで結婚生活をしてみないかと提案されて…!?  立花樹 (30) 受け 会社員  岩井充 (ガンちゃん)(30) 攻め   小説家

憎くて恋しい君にだけは、絶対会いたくなかったのに。

Q矢(Q.➽)
BL
愛する人達を守る為に、俺は戦いに出たのに。 満身創痍ながらも生き残り、帰還してみれば、とっくの昔に彼は俺を諦めていたらしい。 よし、じゃあ、もう死のうかな…から始まる転生物語。 愛しすぎて愛が枯渇してしまった俺は、もう誰も愛する気力は無い。 だから生まれ変わっても君には会いたく無いって願ったんだ。 それなのに転生先にはまんまと彼が。 でも、どっち? 判別のつかないままの二人の彼の愛と執着に溺死寸前の主人公君。 今世は幸せになりに来ました。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...