淫の陰陽師—式神と夜の契り—

よしの

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第二十五話 謎は微笑む

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「『三隠者』…ですか」

 調査を終えた晴人たち一行は、再び鶴原の執務室へと戻り、事の経緯を報告していた。鶴原は、ソファにゆったりと腰を掛けながら、秘書が持ってきたコーヒーを啜っている。
 三毛猫の姿になった百八は、自分が戦況を撹乱したことなど全く気にしていないかのように、晴人の左肩で呑気にあくびをした。

 ——こいつ…二人になったらマジで説教してやろう

 晴人は、いまだに冷たい表情を浮かべるミヤビの横で萎縮しながら、とりあえず余計なことを言わないよう、自分の気配を消すことに意識を集中させる。

「ええ、私は初めて耳にしたのですが、局長にお心当たりは?」

 レイが、鶴原に向かって尋ねる。鶴原は、ソファに体を沈み込ませながら、腕を組んで唸るような声を上げた。

「残念ながら、私も耳にしたことがありませんね。新たなもののけたちの勢力でしょうか?」

「さあ…現段階では私には分かりかねますが…ただ、カグラが復活の兆しを見せているのに、一役買っているのは確かかと」

「そうですね、しかしその情報を引き出しただけでもお手柄です。今回は報酬にプラスアルファ分を上乗せしておきましょう」

「ありがとうございます」

 そう言って頭を下げるレイとミヤビの姿に倣いながらも、晴人は複雑な気持ちを抱いていた。

 ——俺は現場で何もしていない。それどころか…二人の邪魔をしてしまった。それなのに、報酬なんてもらって良いんだろうか。

 そんなことを考えていると、タイミング悪く、鶴原が晴人に話を振ってきた。

「晴人様、いかがでしたか?第4グループとしての初の『お仕事』は?」

 何と答えていいか分からず、言葉に詰まりながらも、晴人は「はい…」と返事をした。

「…あの、大変勉強になりました」

「そうでしょう、そうでしょう」

 晴人の心境を知ってか知らずか、鶴原が笑顔で大きく頷く。

「試験と実戦は全くの別物です。これからあなたにはますます活躍してもらわなければならない。まだ第一歩を踏み出したばかりで、不安はおありでしょうが…」

 鶴原がそう言いかけたところで、ミヤビが横から口を開いた。

「局長」

 その硬質で険しい声色に、執務室内の空気が一変するのが分かる。

「どうされましたか、一ノ瀬様?」

「『彼』のことで、ご相談があります」

 そう言って、ミヤビは晴人の方にチラリと視線を向けた。皮膚を刺すようなその視線に、晴人は思わず肩をびくりと震わせる。

「おや、何でしょうか?」

「僕は…やはり、彼をこのグループに加入させるのは、まだ早いのではないかと思っています」

 鶴原は笑顔のままカップを机に置き、「なるほど」と言った。

「理由を——お伺いしてもよろしいですか?」

「はい。彼はまだ、自分の式神をろくに操ることもできません。実際、現場ではそのせいで一時混乱が起きました。第4グループの任務は、いや、もののけ祓いの仕事は常に命懸けです。僕らのためだけじゃなく、彼のためにも、もう少し経験を積んでからの方が良いのではないかと」

「なるほど、鴻巣様、あなたのご意見はいかがです?」

 鶴原がレイに視線を向けると、レイはほんの少し眉を動かし、こう答えた。

「確かに、ミヤビの言う通り、彼はまだ未熟です。ほとんど素人と言っても良いくらいに」

 ——そこまではっきりおっしゃいますか…

 晴人はだんだん体が縮こまっていくのを感じながら、ソファの上で顔を俯かせた。

 ——俺だって、分かってるよ。自分が足を引っ張ったことくらい…だけど…自分から志願したわけじゃないんだし…

 しかし、次の瞬間、卑屈な気持ちになる晴人の耳に、レイの発する意外な言葉が飛び込んできた。

「ですが…」

 レイは言った。

「完全に不要かと言われると、私はそうは思いません」

「鴻巣さん!」

 ミヤビが、驚きに目を見開きながら、レイの方へ顔を向ける。

「だって、彼は現に僕の邪魔を…」

「ミヤビ、理解していますか?私たちはチームです。チームの目的は、『誰が活躍するか』ではなく、『どのように目的を達成するか』です」

「それは、そうですが…」

「実際、晴人さんの式神が現場を混乱させてくれたおかげで、敵は完全に油断していました。彼の式神にも、一応使い道があることは確かです」

 ——それって褒め言葉に聞こえないんですけど…

 晴人は、ほろ苦いコーヒーの味を口の中に感じながら、心の中でツッコミを入れる。

「もちろん、まだ修業が足りていないのは事実ですが、今の時点で彼の進退を判断するのは、やや時期尚早のような気がいたします」

「なるほど」

 鶴原が、テーブルに肘をつき、手の甲に顔を乗せるあのポーズを取りながら、じっと晴人の方を見める。
 目の笑っていない笑顔が、かえって晴人の心を不安にさせる。

「お二人のおっしゃりたいことはよく分かりました。しかし私個人としては——鴻巣様のご意見に賛成です」

「っ…!」

 ミヤビが、珍しく露骨に、苛立ちの表情を浮かべる。

「正直に申し上げて、私は晴人様がすぐに実戦でモノになるとは考えておりません」

 ——ええええ、そうでしょうとも

「ですが、人材としては間違いなく必要だと考えております」

「…それは、どのような理由ですか?彼が安倍の家の血筋を引いているから?」

 ミヤビが鶴原に向かって尋ねる。鶴原は、姿勢と表情を保ったまま、しばらく沈黙した後、ただ一言、こう答えた。

「——勘です」

 一瞬、執務室内に完全な沈黙が流れる。その静寂の中、鶴原だけがニコニコと笑っていた。

「勘…?」

 拍子抜けしたような声で、ミヤビが尋ねる。

「ええ、私はこれまでに何百という数の陰陽師の方々を見てきました。中には、一ノ瀬様のように早い段階で頭角を表し、ご活躍されている方々もいらっしゃいます。あ、第4グループのメンバーは皆さんそんな方ばかりですね。しかし…」

 鶴原はそこで言葉を切ると、晴人の方を真っ直ぐ見ながら言った。

「時には、ある時点から飛躍的に力を伸ばすタイプの方もいらっしゃる。私の勘が正しければ、晴人様はまさにそのような『伸びしろ』があるタイプに見える」

「…それなら、成長した段階でメンバーに加入してもらった方が良いのでは?」

 ミヤビがなおも食い下がると、鶴原は言った。

「それでは遅いのです…」

「遅い?」

「ええ、これ以上は申し上げられませんが、彼にはこのグループに加入してもらい、働いて頂く必然性がある。そのことだけは、頭に入れておいてください——」

 ——俺に必然性がある?一体どういう意味だろう?

 晴人だけでなく、レイやミヤビの顔にも、クエスチョンマークが浮かんでいるのが分かる。
 しかし、そんな空気はもろともせずに、鶴原は笑顔を崩さずにこう言った。

「ひとまず、差し当たっての目標は、『三隠者』について調査することですね、鴻巣様、一ノ瀬様、そして晴人様、引き続き、頑張って核心に辿り着いてください——」

 不安で胸がいっぱいになる晴人をよそに、百八の大きなあくびが、執務室内に響き渡った——
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