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《第5章》シュゼンハイド王国

第1話:本音と建前

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《第5章》シュゼンハイド王国
第1話:本音と建前

腰がいうことを聞いてくれない。
首都シェインに到着した次の日の朝。リズは目覚めと同時に、酷使された体が訴える激痛に顔をしかめた。


「酷い顔ですね」

「シシオラたちのせいだもん」

「おや、それは光栄です」


扉をノックする意味があったのか。それを疑問に思えば、毎回その意味を尋ねなければならなくなる。代わりに、リズは朝の支度のために顔をだしたシシオラをシーツに埋もれながら出迎えることにした。


「今日は無理なの」

「なにがです?」

「ずっとベッドの中にいたい」

「朝から熱烈なお誘いですね」

「ちがっ、そうじゃなくって。声はかすれてるし」

「リズ様がそう仰られると思いまして、喉に良い飲み物をご用意しました」

「んっ・・・ぁ・・・ッ」


頭からすっぽりかぶったシーツごと首を抱え込まれて口づけられる。
拒否権はない。その証拠に、喘ぎすぎてかすれた喉をシシオラが口に含んだ薬湯が流れていく。何度も、何度も。繰り返されて息が出来ない。
体をくるむシーツが邪魔だと何度同じ朝を迎えれば会得するのだろう。
防衛どころか攻防にもならない結果に、リズは身動きのできないままシシオラのキスに深く埋もれていく。


「も・・・ぃ・・い」

「まだ、半分しか飲んでいませんよ」

「もぅ・・・ァッ、ぁ・・んっ」

「そのままで結構ですので、ほら口を開けてください」


すり寄って放つ甘い声にほだされる。薄いシーツの中でどれだけ悶えても、シシオラに指一本触れることは叶わない。大きな手で、それこそ衣服すら乱さず、薬を飲ませてくる執事相手に勝てる方法はどこにもない。


「~~ッ、んぁ・・ンッ・・・ぁ」


キモチイイ。
口内を巡るシシオラの舌に溶かされて、自分の舌まで溶けた熱を帯びてくる。液体の混ざる音が耳に届いて、逆に言えば、それ以外は何も聞こえずに。焼けた鉄で残す刻印のように、痺れが内部をうずかせる。


「しし・・お・・らッ・・んっ」

「そう急かさななくても、最後まで飲ませて差し上げます」

「ちがッん、ぁ・・んん・・くっァ」


このままではシーツにくるまれた遺体になってしまいそうだと、リズは潤んだ瞳でシシオラと意思疎通を図っていた。成功した試しはない。今回も例にもれず、シシオラの気のすむまで「介抱」という言葉を盾にした蹂躙は続くだろう。


「はぁ・・・ぁ・・はぁ・・・はぁ・・・」


朝からひどい目にあった。おかげで息がまともに出来ない。このままベッドにいてはシシオラの思うつぼだと、ようやく危機感が目覚め始めた本能に触発されてリズはシーツから這い出る。


「・・・うぅ、でも、体は痛い」


泣き言は、声になって漏れたかどうかすら定かではない。リズの認識では心に浮かんだ程度の、頭で考えた程度の声量も、この場合は相手が悪い。


「では今朝はその体をほぐすところから始めましょう」

「え?」

「遠慮はいりません。お任せください」


甘える相手を間違えた。それこそ今更だと言えるが、時間は進むことはあっても巻き戻ることはない。結果的にリズは、シシオラから丹精込めて全身をほぐされる羽目になっていた。


「はぁ・・ァ・・ンッァ」


何の液体かは知らない。聞くのも怖い。
平然と媚薬を盛ってくるような男に、塗りたくられる液体の正体を聞いたところで、まともな答えは返ってこないだろうとも思う。


「ヤッぁ・・ぁ・・イクッぁ・・そッなっ」


自分で自分の体にすべる。力がうまく入らない。昨晩、四人の猛獣を受け入れた体はたった一人でもこうなのだからおかしくもなる。肌をぬめりを帯びた液体がおおい、その上からざらついたシシオラの手のひらが何度も強弱を変えて往復する。
呼吸、鼓動、血脈を誤魔化せる能力を持っていれば、群青兎という生物に対抗できたのかもしれない。


「ヒッぁ・・ンッく・・ぁ・・ダメッぁアッ」


割られた足の中心部にあてがわれたのはシシオラの雄。


「ッ!?」

「絶頂間際の挿入はいつも声が出なくなりますね」


意地悪に見下ろしてくる顔が、下半身に力を込めて笑っている。何か反論をしたくても、実際に痙攣した秘部が喜んでいるのだから仕方がない。
シシオラに突かれて、最奥の部屋の扉は壊れた。オスのように白濁の液を飛ばせるなら、リズは間違いなくシシオラの目の前でそれを飛沫させていた。


「イクいくっ・・ひッ・止まっ・・イクゥぅッあアァ」

「リズ様、本日は喉の調子が悪いようですし、あまり声を出すのは感心しません」

「ヤッぁ・・ん・・・抜いッぅ、ぁあ」

「抜きません」


力を込められる場所がどこもない。すべる液体のせいでベッドは沼。底なし沼と同じ。リズの体は沈んでいくばかりで逃げだせることはない。肌は溶けて、ついでに脳を巡る思考回路まで馬鹿にされてしまった。


「それぁまたっ・・イクッ・・ァッだめ、ぁ~~~くっ」

「静かに出来ないのでしたら、その口を塞いで差し上げましょうか?」


平行に重なり落ちてきた美麗な顔が、腰を深く挿入したまま提案の瞳を見せつけてくる。
黄金色の瞳に、自分によく似た顔の女が、知らない女の顔で映っている。半開きの口で、火照った頬に潤んだ瞳。時折何かを呟いているが、リズの耳に聞こえるのは「イク」の短音だけ。


「はしたなくイかれるくらいでしたら、一緒に連れて行ってくださればよろしいのに」


群青色の毛に頭から包まれる。リズの足は天井を蹴り破る勢いで張り詰めていても、揺れる体はその場所から一歩も動かない。捕食される哀れな肉塊は、その内部に隠した蜜のすべてをかき乱されていく。


「もぉ・・や・・ァッ、あっ、シシオらぁ・・ぃッあ、ヤッ」

「昨晩はあれほど素直でしたが、一度眠るとリセットされるところは相変わらずですね」

「そこ、イッ・・ぁッやぁぁ助け・・ぁアッ」


快楽から戻ってこれない恐怖にリズは、シシオラの腕の中で助けを乞う。自由になる場所は声以外ないのに、その声もシシオラの気まぐれで奪われては、酸素だけを与えられるの繰り返し。シシオラが動かなくても、痙攣した膣は伸縮したまま絶頂に喘ぎ続けている。
なぜ。
こういうとき、自分が人間であることが、か弱い人間であることが、恐ろしくて泣きたくなる。


「本当に可愛いですね。このまま鎖で繋いで、永遠に飼い殺したい」

「止まっァ・・それ、ヤッ」

「お嬢様はどうにも聞き分けが悪いようですので」


上半身を起こしたシシオラの手に、口が塞がれる。
獣亜人の手。獣の腕。藍色の鋭利な爪を持つ巨大な手の平で押さえられた口は、震える吐息でさえも許さない。


「ああ、そんな顔をされると。まるでこちらが無理矢理犯しているみたいで興奮します」


この状況の何がそれと違うのか。確認したくてもそれは出来ない。
ただ呆然と視界に映るシシオラの顔が喜びに歪み、埋まる自身の先までリズを堪能しようと膨張している。


「もっとこうして独り占めしたいのですよ、リズ様」


声の優しさと凶行がまったく合わない。「いきたくない」「助けて」そう叫んでいる声が聞こえているはずなのに、シシオラは聞こえないふりをして律動の波に揺れていた。


「ッふ・・・ん・・・っ」

「声を出すのも出さないのも、すべて支配して、自分がいないと簡単に死んでしまうほど、しつけて愛で尽くしたい」

「~~~~ッ・・ン・・~~」


自分の口を押さえつけるシシオラの手首にリズは爪をたてて快楽を飲み込んでいく。それの何に火がつくのだろう。


「こんな醜い欲望を聞いてなお、イッてしまわれるのですか?」


普段見せないシシオラの笑みは、こういうときばかり無駄に発揮されるからイヤになる。


「リズ様、その音は反則です」


雰囲気の変わったシシオラの気配に、リズは声にならない叫び声をあげながらその瞳を眺めていた。ゆっくり、二重人格を疑うほど確実に、シシオラの端整な顔が優しく微笑んでいく。


『望み通り、今日は外を歩けないほど、たくさん注いでやる』


* * * * *


「リズは?」


開口一番にそう尋ねたのは、リズの所在を不審に思ったゼオラの声。
首都シェインにあるグレイス伯爵の別邸は富裕層のなかでも貴族たちにしか立ち入ることのできない領域に建築されている。隣家との距離はそれなり。リズがひとり、快楽地獄の助けを求めたところで聞こえることはない。


「本日はベッドのなかで一日を過ごされるとのことです」


神に愛された至高の結晶とはこういう存在をいうのかと、見えるはずのない輝きに満ちたシシオラがゼオラの質問に答える。
聞かなくてもわかっていた。
今朝、屋敷に残ったのは眠るリズとシシオラの二人。この展開は想定済みだと、ゼオラは嘆息ついてその長く結わえた髪を揺らした。


「だから俺、リヒドについていくの嫌だったんだよ」

「リヒド様の傍にいて四六時中まともにいられるのはゼオラくらいですから」

「お前らがわざとそうしてるってことくらい、わかってるっつーの」

「それで?」


口を動かして手が止まるようでは執事とはいえない。
昨夜に続いて使い物にならなくなったシーツは、晴天に恵まれた青空のしたでシシオラの腕に伸ばされている。群青兎が燕尾服を着て、巨大なシーツの洗濯物を干す。なんとも滑稽な姿だが、ここでは最低限の人員しかいないのだから、これくらいは日常の一部。何も問題はない。問題があるとすればそれは別のことだと、シシオラの耳がゼオラに傾いている。


『リヒドとリズの結婚の日取りは、まだ決まりそうにない』

『王家に認められなければ叶うものも叶わないらしいですからね。人間の世界では』

『その王家ってのが、面倒すぎる』

『まったく同感です。グレイス家とマキナ家が結びつくことを脅威だと感じる時点で、その程度の王だというのに。何に対して守る義理があるのか。いっそ、反乱でも起こして国ごと乗っ取るほうが話は早い』

『反乱ねぇ』

『群青兎が本気で力を貸せば一瞬ですよ』

『ルオラはしないだろ』

『ええ。あれこそリズ様以外に興味ありませんから』


風にはためく真っ白のシーツが、同じ色の兎を思い出させる。生まれたときから王として存在し、存在そのものが常識を破壊する白兎。


『番の世話をするのに、窮屈な服を着て、体裁を保たなければならない。そうしているのは、天秤にかけるまでもなくリズ様がすべてだからこそ』

『人間は未だに理解できていない』

『至極簡単なことなんですけどね。滅亡も繁栄もリズ様の望みひとつだと』


獣亜人が種族間で交わす言語を人間が理解するのは難しい。群青兎=ブルーラビットも例にもれず、シシオラたちもリズやリヒドの前以外では独特の鳴き声で会話していた。とはいえ、話題はいつもリズのこと。
それは人間も理解している。
だから狙われる。リエント領の屋敷だろうと、首都シェインの屋敷だろうと、それはなにも変わらない。
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